第34話 閑話5 パンドア神聖暦999年
これは大異変で文明が一度途切れてしまったので、大異変の翌年を新暦としたものである。
もちろん、初期は文明が原始時代まで戻ってしまったかのようで記録も何も残っていないが、近年神託で100年ごとに魔物の氾濫が起きると判明したため、過去に遡って制定された暦である。
この暦では下二桁が99年のときに氾濫が起きるとされている。
今年は大異変からちょうど千年後。
神託でも大異変と同規模の氾濫が起きると預言されていた。
各国首脳陣は大慌てで対策に奔走した。
中でも苦労したのは勇者召還を担当したブレスト王国だろう。
神聖暦998年の年末までには、年が明けてすぐに大氾濫が起きても問題ないように準備したいところなのだが、教会の意向か神託が甘くないのか、召還の儀式ができたのは初冬であった。
しかも問題は続く。
勇者は5人の予定が6人召還された。
そのうち5人が予定の勇者らしく、神の加護がステータスに付いていたが、何しろ態度が最悪である。真面目に訓練を受けようともしない。
また残りの一人は態度こそ好感を持てたが、ステータス判別器も魔力測定器も反応しなかった。不審に思った教会が神託の儀式を執り行い、異端者と断定した。
この判断に国も異論を挟めず、唯々諾々と受け入れ、上層部は懸念されていた魔大陸との境にあるダンジョンに奴隷とした異端者を送り込み、実験体として廃物利用することを決定した。
これは、この異端者が魔力を持たずにこの世界で活動できているからで、問題のダンジョンには『魔力食らい』と呼ばれる咆哮を聞くだけで魔力切れになってしまう人間の天敵がいるのだ。
もしこのダンジョンが氾濫し、『魔力食らい』が一番近いブレスト王国を襲ったら大きな被害が出るのだ。
この廃物利用の実験は、一部に反対者が出たものの、順調に進められ一応の成果は出た。元勇者候補は確かに『魔力食らい』の咆哮に耐えた。
しかしその後ダンジョンの罠に嵌り行方不明である。片腕を引き千切られているので生還は期待されていない。
しかし悪いことに、そもそもこの実験は勇者たちすべてが魔力切れに対して耐性があるだろうとの希望的観測から始まっていて、反対していた宮廷魔術師団総長の目を盗んでの強行だったのだが、その総長がこともあろうに正式な勇者はこの世界の人間と同じく魔力切れになれば行動不能になると証明してしまった。
ブレスト国は、異端者とされたものの『魔力食らい』に対抗でき得る唯一の駒を失ってしまった。一人の老臣の忠誠心とともに。
すでに年が改まって数ヶ月。
昨年から徐々に魔物の報告数が増えてきていたのが、このところ急激に増えているのが書類だけ見てもわかった。
魔物の大氾濫の予兆であると誰もが理解した。預言は正しかったのだ。
だからといって神に感謝している場合ではない。
「勇者どもの状況は?」
「はい。各地のダンジョンを巡って、大穴を除いてですが、魔物の間引きに従事しております」
「5人固まってか?」
「はい。本人たちの強い希望で。効率的にも差はありませんので」
「本当に差はないのか? では、あれはどうした? 各国から勇者を派遣しろって催促は」
「あれは断りました。もともと魔族が氾濫に乗じて南下してくる可能性に対しての防衛策として各国の同意の下呼んだ者共です。ほかの国に派遣したあと魔族がやってきたら本末転倒ですからな」
「そうか。ほかの国には悪いがウチの国だけは何とかなりそうだな。ったく、勇者呼ぶんなら国の数だけ呼べばいいものを。教会がケチなのか? それとも……」
「陛下。それ以上は。皆が聞いております」
「こんな非常時に陛下もクソもねえだろ? で、その勇者も手が出せねえ大穴ダンジョンについて教会は何か言って来たのか? 神託で対策を聞いてくれって頼んだんだろ?」
「それが、何も連絡がありませんので……」
「神頼みも通じねえか……仕方ねえ。この前出た計画を許可する」
「魔力食らいがダンジョンの外に出た場合は魔大陸のほうに誘導する、という案ですな。確かに成功すれば魔族も牽制できて一石二鳥ですな」
「だが、犠牲はでかいだろ? たとえ奴隷でも。その奴隷も去年からの魔物被害の犠牲者だっていうじゃねえか」
「為政者とはそんなものです」
「俺は為政者とやらを辞めたいよ……辞めたいといえば、爺さんはどうしてる? 会いに行ったんだろ? このクソ忙しい中」
「何を突然……まあ、元気でしたよ、機嫌は最悪でしたが」
「まだ怒ってんのか。俺はあの時初めて会っただけだからよく知らねえが、よっぽど気に入ってたのか、あの異端者のこと」
「私もよくは知りませんが、騎士団長らの話によると礼儀正しくて理知的で学院の教授も務まりそうだとか。あと、前の国では準貴族相当で国政に参加していたとか」
「おい! 最後のは聞いてないぞ!」
「証拠はありませんから。それに彼の国には貴族がいないとも聞いております。共和制に近い形態なのでしょうな」
「何にしても他国の役人クラスを拉致して奴隷にしたわけかよ。そのうえ生死不明と来てる。ウチの国大丈夫なんだろうな?」
「教会の意向に従ったまでのことです。仮にあの時老師と一緒になって反発していたらどうなっていたでしょうね?」
「そりゃあ……よくってステータスが見られなくなって国民が蜂起して俺の首でおしまいだろ? 悪けりゃ各国が連合組んでこの国は地図からなくなるんじゃねえか?」
「では陛下は国を守るという職務を立派に果たしたということです」
「……爺さんが不機嫌になるわけだ……どうせ防衛に失敗したら滅ぶんだ。好きにやりゃあよかったぜ。いまさらだがな」
「本当にいまさらです。後悔するよりも失敗しないように今後の指示を出してください」
「クソッ、正論で来やがって……特にねえな。これまでどおり冒険者と協力して魔物の間引き、東北の監視だけだ。派遣する人間は増やせ。王都に残しても無駄だ」
「兵や騎士を派遣して、王都の治安に問題が出ないでしょうか?」
「非常時だろ? もう大氾濫のことは国民の知るところだ。裏の連中にも治安に協力させろ。それとも何か不安材料があるのか?」
「いえ。漠然とした予感程度ですが……」
「お前が気にするほどのか?」
「いえ、うわさが気になって……」
「うわさ? 前に聞いた勇者が死んだっていうアレか? 事実なんだからしょうがねえだろう」
「いえ、確かに事実ですが詳しすぎます。まるでその場で見てきたような……一体誰が……」
「騎士じゃねえみたいだな。裏は取ったんだろ?」
「はい。信用できるものを選びましたから。それに、もしその騎士たちが流したうわさなら必ずあるものがないのです」
「あるものがない? 何だそりゃ?」
「罠です。勇者は落とし穴の罠にかかって行方不明になりました。唯一現場を見たのが二人の騎士なのです。そして情報は共有されています。
しかし、街に流れているうわさには落とし穴も罠もまったく出てきません。何故でしょう?」
「そりゃあ……魔力食らいが落とし穴に住んでて、その情報を隠したかった、とかか?」
「…………」
「おい。冗談だよ。それじゃ何か? 魔力食らいが王都に来てうわさを流してるってのか? それこそ悪い冗談だぜ」
「陛下。失礼します。少し調べてみます」
「あ、おい、会議中だぞ……あー、今日はこれで解散だ。引き続き防衛を頼む」
「「「「「「了解いたしました!」」」」」」」」」」
「結局会議で話すのはオットーだけだったか……こりゃこの国もダメかな……」
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