第31話 決戦前
「……9998、9999、10000です。オーナー、休憩してください」
「ふう……そうする……」
翔太郎は、神・アーテラスに出逢い世界の真実を知り、神の遺産を受け継いだあの日以来、時間さえあればトレーニングに没頭した。
翔太郎はおそらく国や教会に、ひいてはプタルカに死んだと思われている。
ノコノコ姿を見せれば国に捕まり、教会に引き渡され、あっという間にプタルカの知るところとなる。
それはつまりアーテラスの生存まで明るみに出る恐れもあるのだ。
だからこの数ヶ月間、翔太郎は亀のように宇宙船に閉じこもり、アーテラスからの決行の知らせを待つことにした。
だが、翔太郎とて生身の人間、暇を持て余す。
自分の所有物となった宇宙船を飛ばしてみたい思いもある。だが、それはまだ叶わぬ望みだ。翔太郎よりも隠匿しなければならない存在なのである。
では、せっかく自分のものになったのだから、見学しようとした。日本で個人で宇宙船を所有できるようになるまでは、あと何世紀経たなければならないだろうか。ちょっとどころか大いに自慢できるだろう。
わくわくしながらも、これで時間がつぶせると考えた翔太郎は悪くない。実際船内を見学するのも一苦労の広さだが、結局は戦闘用の宇宙船だ。特に見所があるわけもなく、スクリーンで船内地図を見たほうがわかりやすかった。肝心の外観も今は地下ドックが瓦礫に埋もれて見物どころではない。
唯一時間をつぶせた娯楽は、アンドンである。
翔太郎は自分で宣言したとおり、左手の義手が完成した日、結論を出した。
それは、AIの提案を受け入れ、アンドンと一切接触を持たないよう思考誘導する、というものだった。
一つだけ、AIに追加要求したのはアンドンの行動を一部始終モニターして記録に残すことである。
いつか役に立つことを願っての指示だったが、翔太郎にとっては別の意味で格好の暇つぶしになった。
AIは優秀すぎて、翔太郎がそこまで細かく指示していないのに、何台ものカメラを用意し、角度や距離を変え何パターンも映像を撮影し、アンドンには見えないはずの光学迷彩中のサポートロボットが映っているパターンまで用意した。
翔太郎は何度もその映像を見て無聊を慰めたのだ。
ほかに翔太郎がしなければならなかったのは、オーナーとして宇宙船のシステムを把握することであった。
これは観光気分で船内を見学したり、エンジンの専門的な仕組みを学んだりするのとは別口で、万が一のため、翔太郎一人で船を操縦できるように訓練することだった。
AIが優秀なため通常は自動操縦で問題ない、というより翔太郎が口を挟む余地がない。
しかし、今回の作戦は囮になることである。しかも相手はかつてアーテラスを死の淵に追い詰めた神・プタルカなのだ。
ファンタジー派だけあってどんな魔法攻撃があるか予想もつかない。
もし宇宙船ごと木っ端微塵になるのなら諦めるよりほかないが、いやらしい手を使いそうなイメージ通りAIだけ行動不能にさせられる魔法などを使われた時、翔太郎自ら動かないとまんまと敵の手に落ちてしまう。
囮としてはそれでも役目を果たしているのだが、アフターケア精神に富んでいるアーテラスはAIを通じてアドバイスを残しておいてくれたのである。
選択するのは翔太郎だ。
当然訓練を選んだ。
一つは暇つぶしになるため。
もう一つは、万が一の状況にはなってほしくはないが、もしもアーテラスの悪い予感が的中した場合、船が動かなくなったのを見てドヤ顔しているプタルカの目の前で颯爽と逃げ出し、NIDKをしてやりたいのだ。
きわめて熱心に緊急時の手動リスタート訓練をしている最中、翔太郎の歪んだ喜びは表情にも表れていたが、優秀なAIたちはまったく指摘しなかったという。
AIが停止させられるということはスタンドアローンの極単純なコンピュータさえ止められるのではないかとの予想に基づき、対策は原始的な燃料ランプを用意し、隔壁も手動で開けられるように改造し、重力制御も切れているはずなのでその場合の移動訓練もするという、日本人サラリーマンにとってかなりハードなものであった。
しかし、嬉々として、いや、鬼気迫る勢いで訓練を続ける翔太郎にAIがストップをかける。
優秀なAIはハードワークは許容範囲だが、オーバーワークは看過できないようだ。日本の企業にも見習わせたいものである。
AIによってタイムスケジュールが作成される。
AIは並行して体力づくりのトレーニングもスケジュールに組み込んだ。
これは、翔太郎が現在は完治しているといっても肉体能力は病弱だったころのままで、操船訓練に支障が出ているからである。
また、翔太郎の密かな夢である鋼の肉体も目標の一つだ。
翔太郎は治療により性格が変わったものの、いや、変わったからこそ妙なこだわりを持つことがある。肉体改造の方法についてもだった。宇宙船の治療槽を使えば、エネルギーのことは別として、手っ取り早く理想の肉体を手に入れることができるのに、それは決して選択しない。本人曰く、誇れない、矜持に反する、だそうだ。
AIはその思いを汲み取り、原始的な方法で翔太郎の夢を叶えようとしているのだ。
優秀なAIのタイムスケジュールは秒で管理されているようなものではなく、もっとフレキシブルなものだった。
翔太郎が操船の訓練や座学で集中力が途切れるとすぐにトレーニングに移行し、トレーニングも決められたメニューを決められた時間こなすのではなく、常にバイタルをチェックして疲労が一定レベルに達したら休憩を取るというものだ。
休憩中にはプロテインがメインでその他体調に合わせた栄養ドリンクも用意された。
翔太郎が眠気を催したら仮眠を取らせ、眠くないというならアンドンのおもしろ映像や、翔太郎には馴染みがなかったが、超古代の娯楽映像を流すなどストレス発散についても完璧であった。
なんとできた部下だろうか。翔太郎は感涙するほど嬉しかった。もし日本のサラリーマン一人一人にこんな秘書がついていたら日本経済は不況知らずになることだろう。
だがそれは、宇宙人に拉致されたり異世界召還に巻き込まれるよりも遥かに可能性は低いだろう。
そんなこんなで大半の時間をトレーニングに費やした翔太郎は数ヶ月でかなり様変わりした。まだ理想の体型には程遠いが、概ね細マッチョといっても文句が出ない程度にはなっている。
効果が目に見えるようになると翔太郎もさらにやる気を出し、体力そのものも付いてきているのでトレーニング時間も延びるという好循環も起こっている。
今日も翔太郎は座学を終えトレーニングに汗を流していたが、AIから緊急連絡が入った。
翔太郎が所有者になって初めてのことである。
予想は出来ていた。
「オーナー。創造主様から連絡が入りました」
「そうか。ついにか。いつだ?」
「三日後。現地惑星時間で72時間後です」
「了解。じゃ、準備よろしく。俺は時間までいつもどおりにしてるよ。焦ってもしょうがないからな」
「はい。お任せください」
決戦が始まる。
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