第17話 お前はどうして奴隷になった?
大小の貴族がそれぞれの領地を統治し、さらにそれを国王がまとめる政治形態を封建制と呼ぶ。ブレスト王国もその一つだ。
ブレスト王国には四つの辺境伯領が存在し、西と南は文字通り他国と接している。一方北と東は海に面しているものの、北大陸に近いので魔族の襲来を警戒するために兵権を与えられているのだ。北と東の辺境伯領の間、北大陸と接する箇所は王国の直轄領とされ堅固な砦が築かれている。
万一魔族が侵入してきた場合、この砦で抑えているうちに北と東から挟み撃ちする体制が取られているのだ。
この砦は『東北の砦』と一般的に呼ばれているが、ブレスト王国のみならず、南パンドア大陸諸国家にとっても重要な軍事施設で、各国からも維持費が支援されている。
ブレスト王国の王都から三台の馬車がこの『東北の砦』を目指して走っている。
一台目と三台目には食料と水が詰まれ、警護として数人の騎士が乗っている。
では警護される真ん中の馬車には高貴な人間が乗っているのかといえば、実際に乗っているのは奴隷であった。
「なあ、外国の兄さん、アンタ何やって捕まったんだ?」
真ん中の馬車は『檻車』、荷台が檻になっている所謂『囚人護送車』である。
それに乗せられた時、翔太郎は生きる屍同然だったため、同乗者の存在など気にかける精神状態ではなかった。王都を出発して数時間も経つと馬車の振動で体中が痛くなる。喉も渇いてきた。絶望していても身体は正直だなと何故か笑いが込み上げてきた時やっと同乗者の存在に気付いたほどであった。
同乗者は何度か翔太郎に話しかけていたらしい。
「よお、気持ちはわかるが、少しは反応しろよ」
「……神サマに攫われて体よく捨てられるところだ」
「お、やっと返事しやがった。まあ短い付き合いになるかもだが奴隷同士仲良くしようぜ。俺はアンドンってんだ。アンタは?」
「……翔太郎、タローでいい……」
「おいおい、それだけか? もっとこう、『お前はどうして奴隷になった?』とか聞かないのか?」
「……どうして奴隷になったんだ?」
「おう! よく聞いてくれた! ウチのクソ領主がよ、急に税を上げやがって、払えねえヤツらは皆奴隷になっちまった。頭来て奴隷の護送中襲ってやったぜ。そん時は上手くいったんだがよ、王都に逃げ込んで祝杯上げてたらよ、酔った勢いでそん時のことをバラしちまった。んで、話しかけてきた野郎が実は密偵だったらしくて、あっという間にお縄よ。当然死罪に決まったんだが、昨日いきなり役人が教会の人間連れてきやがって、ダンジョン攻略を手伝えば命を助けてやる、って言われてな、肉壁になって遣い潰されんのはわかっちゃいるが、どっちにしろ罪人に選択権なんてねえからよ、ま、生き残るチャンスがあると思えばラッキーだったな。そんなわけで目出度く囚人サマになったわけだ」
アンドンという囚人はまるで他人事のように楽しそうに話していた。
翔太郎とアンドンどちらがより不幸かはこの際関係ない。心が壊れかけていた翔太郎をも驚かせずにおかなかったのはそのポジティブさであった。
翔太郎は改めて同乗者の様子を見てみる。
茶色の髪と髯はボサボサで所々が黒くなっているのはおそらく血の跡。その証拠に顔中痣だらけである。捕縛時か尋問中に兵士の暴行を受けたのだろう。服装も一々囚人用のお仕着せを支給するわけではないようで、翔太郎が剣術の訓練時に着ていた服をもっとボロくして血と泥で汚したような服を着ている。その上に薄汚れた毛皮を羽織っていた。
昨日までは少し精神的余裕があったので季節への考察もなされていたが、今はアンドンの姿を見るまでは忘れていたようで、急に寒さを感じた。
よく見ると、翔太郎が敷物代わりにしているのが同じようなボロの毛皮だった。おそらく囚人用の防寒具だったのだろう。
夜になってさらに冷え込んでから使った方がいいかとも考えたが、結局は同じことだとアンドンの真似をして毛皮を羽織ってみる。
臭い、と翔太郎は感じた。
ついでに絶望の中でも正常に働く五感が皮肉に感じられて苦笑する。
「お、笑ったな。俺もバカをやったと思ってるが、後悔はねえ」
「いや、アンタのことじゃない。オレのことだ」
アンドンの明るさのおかげか、絶望も二度目で慣れてしまったのか、少し心が回復した翔太郎はアンドンと奴隷同士取り留めのない話に興じる。
内容は神と教会、国や貴族に対する愚痴ばかりだった。昨日までの翔太郎なら情報収集に励んでいただろうが、既にこの国に、プタルカ教会の勢力が及ぶ大陸に期待が持てなくなったため、それほど積極的にはなれなかった。しかし、おそらく世界共通の問題である魔物、ダンジョン、奴隷などについては興味深く聞いていた。
そんな調子で三日後、東北砦に到着する。ここで一泊し、その後目的地北大陸の『魔力食いのダンジョン』を目指すことになる。
翔太郎たちは檻車に乗せられたまま放置されている。食事や汚物の世話は砦の奴隷がやらされていた。明日からは自分たちでやらなければいけない。手足を縛られているわけではないが、奴隷の首輪があるので隙を見て逃げることもできないというわけである。ならば普通の馬車でもよかったのではないかと考えた翔太郎だったが、奴隷の待遇なんてこんなもんだ、ぎゅうぎゅうに詰め込まれないだけマシ、とアンドンに言われ渋々納得する。
翌日予定通りに出発したが、馬車の数が5台に増えている。これは、砦からダンジョンまでの間に川くらいはあるが町や村などは存在せず補給が一切できないため往復分の糧秣が必要だからだ。檻車の中にも水樽や食料が詰め込まれスペースが狭くなった。
魔物の襲撃も多くなるので騎士も砦から補充され、翔太郎の見る限り30人はいると思われる。
砦を出発してから二日目、翔太郎は気が付かなかったが既に北大陸に踏み込んでいた。
そしてさらに翌日、一行は目的地に到着した。
檻の中からだが翔太郎の目にも異様なダンジョンの姿が映った。
およそ2kmに渡り地面が陥没しているのがわかった。檻の中からでは底までは見えないが反対側は断崖絶壁となっていて人力で降りるのは難しいようで、話からして崩されたダンジョンを利用するというのも頷けると翔太郎は思った。
日も大分傾いているので地上で一泊すると思ったらすぐにダンジョン突入のようだ。野営するならダンジョンの中でも危険度は同じらしい。とにかく早く任務を終わらせたいということなのだろう。
馬車の護衛に20人ほどの騎士が残り、残りの10人が翔太郎とアンドンの見張り兼護衛になる。
突入班の騎士はさらに6人と4人に分かれそれぞれが魔道具の照明を持ち、前後三人ずつ魔物を警戒して進む。残りの4人と翔太郎、アンドンは野営用の荷物持ちである。奴隷ということで遠慮なく重い荷物を担がされるのであった。この国の人間に何も期待していない上奴隷の首輪の効果を聞かされていた翔太郎は黙って従う。アンドンも文句を言いながらも従っていた。
ここのダンジョンは、翔太郎はネット小説の知識しかないが、洞窟タイプのようで、翔太郎は蟻の巣を連想する。所々崩落の跡があり、大穴の中が見える。その点もガラスケースで飼育された蟻の巣に似ていた。
このダンジョンは崩落後も生きているとされているが、魔物の数が減り穴の底付近までは強力な魔物も発生しないため比較的安全に進むことができるという。今夜は底の手前で野営する予定だ。
どれぐらい歩いたことだろうか、翔太郎は初めて魔物の姿を目にした。隊列の中ほどからでは戦闘の様子は音でしかわからなかったが、騎士たちは魔物を解体することもなく放置して進むので死体が嫌でも目に入る。
ゴブリン。ネット小説でも御馴染みのキャラクターが物言わぬ死体となって転がっている。
その形相を見て翔太郎はゾッとした。
『オレも理不尽な死を迎えたらあんな恨めしそうな怒り狂ったような顔になるんだろうか……』
そんな光景を何度か目にしながら歩き続け、その日は途中の小部屋で野営した。
次の日も朝からダンジョンを歩き続ける。予定では晩には目的地まで到着するとのこと。翔太郎には少しもうれしくない情報である。
ついに大穴の底に通じる階層に到着した。
ダンジョンの外は既に真っ暗で底の様子はわからない。
野営の準備が始まる。翔太郎とアンドンは騎士たちに扱き使われた。
『……これが最後の晩餐か……』
翔太郎が手にしたのはここ数日食べてきた『黒パン』。日本のパンや宮殿で食べたパンとは比べ物にならない。せめて冒険者として食べるというシチュエーションだったならネット小説マニアとして感慨深かったのだろうが、奴隷のエサとして与えられるものは屈辱の味がした。
明日は最期になるかもしれない。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は下記にある【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




