第16話 賭けに負けた
翔太郎が連行されたのは宿舎として使っていた別館よりも遥かに大きな建物。正に宮殿と呼ぶにふさわしいところだった。
裏口のような場所から入ったので転移初日の宮殿と同じかどうかまではわからなかったが、とにかく豪奢である。
同行するパーナード司祭は先日の柔らかな物腰と違い、何か思いつめた表情で迎えに来たとき以外一切言葉を発しない。その雰囲気のせいか翔太郎も何も質問できないでいた。
騎士に促され大きな扉を潜らされる。
そこはやはり広い部屋で、今まで見てきた会議室と違う点は入り口の反対側が一段高くなっており、豪華な椅子が一つだけ置かれていたことだ。
たぶん誰が見ても『謁見の間』だと答えるだろう。
今は玉座には王の姿はないが、部屋の両側に数人の男たちが立っていた。騎士団長と宮廷魔術師団総長の姿は何故かない。
部屋は緊張に包まれており、翔太郎もまた口を開きにくい。
そこにとうとう国王らしき人物が登場する。
翔太郎の入ってきた大扉とは反対側、玉座の近くに王族専用の入り口があるのだろう。
突然『陛下のおなりである!』と声が聞こえてきて煌びやかな鎧を着た騎士の集団とともに右隅から現れたのである。
翔太郎が周りを見ると、列席者は国王に向かって跪いている。
隣のパーナード司祭もだ。
翔太郎は、漠然と、儀式なら真似した方がいいかも、と思い、膝を突こうとしたが、そのタイミングで後ろに騎士に無理矢理肩と頭を抑えられ土下座させられた。
何をする! と叫びたかったが、その前に『無礼者! 陛下の御前である!』と言われ、タイミングを失ってしまった。
「よい。話は聞いておる。勇者候補だった者じゃな。なれば貴族の仕来りを知らぬのも道理、捨て置くが良い」
「「はっ!」」
国王の言葉でやっと騎士が手を放し、翔太郎は立ち上がることができた。その顔は憤懣に溢れている。
しかし、謁見の間で民間人が騒いだりすれば大問題になるのは今の精神状態の翔太郎にもわかる。全力で堪えたようだ。
「早速だが、宰相、今日は何の話だったかな?」
「はい。大司教様より勇者召喚についてお話しがあるとのことです」
国王の質問に答えたのが宰相だろう。そしてその後前に進み出たのが、これは翔太郎にもすぐにわかった。司祭よりも豪華な神官服を纏った中年、大司教だろう。
「陛下。この度の『邪神復活』並びに『大氾濫』に対しまして、教皇様よりブレスト大神殿を任せられておりますこの身が『勇者召喚』の全権委任を受けております。
一昨日の夜、その成果を待ちわびていたところ、奇妙な報告を受けまして、帯同しております巫女長を通じ、畏れ多くも創造神プタルカ様にお伺いを立てました。
すると、今回召喚した勇者は5名。という御神託がございました」
「ほう? 余は6名と聞いておったが……」
「はい。奇妙な報告というのが、6名の中の一人がステータスを持っておられない様子、これは何か『神の試練』ではないか、というものでした」
「……つまり、その一人というのが勇者ではないということか?」
「ご明察です」
「では、その者は何者なのだ? 何故ここにいる?」
『巻き込まれ召喚、巻き込まれ召喚』
「その者は『異端者』です」
大司教の答えは翔太郎の期待とは異なっていた。そしてまた騎士に押さえ込まれる。
「があっ! 何すんだ! パーナードさん! やめさせて下さい!」
翔太郎は今度こそ声を上げた。隣に佇むパーナードにも助けを求める。
しかし、パーナードは冷静だった。まるでこの展開がわかっていたかのように。
いや、実際わかっていたのだろう。この場の列席者全員も誰一人取り乱したりする者はいなかった。つまり茶番である。
「ショータロー殿。神にも慈悲はあります。これは『神の試練』なのですよ」
パーナードの声は冷たかった。
「なっ、何が試練だ! 何が異端だ! そもそもそんな神知るかっ! こっちは誘拐の被害者だろうが!」
訴えても意味がない、と達観していたはずの言葉が思わず漏れてしまう翔太郎。
周りの反応も翔太郎の予想通りだったのは皮肉なことだ。
「なんと無礼な。確かに異端者だ」
「うむ。直ちに処刑してしまうべきだな」
そんな声が翔太郎にも聞こえるようにわざとらしく囁かれる。
翔太郎はどんな反論をしても無駄だと改めて知らされた。
「大司教殿、何を持って『異端者』と見做すのだ? 確かに異世界の者ならば我らの神を敬っていなくとも仕方がないと思うが。ご神託にあったのか?」
「はい。詳しく申し上げます。御神託を改竄することは決して許されることではありませんので。巫女長がお伺いを立てたところ、その者は『異物』とまず御神託がありました。では『異物』とは何か、どう扱えば良いかというお伺いに対し、『神の加護を拒否した者』という御神託があったのです。扱いに関しては何もございませんでしたが、それは今までどおり、人同士のことは人が決めれば良いという思し召しかと。
故に我々教会の者一堂で協議した結果、『神の加護を拒否した』という事実を持って『異端者』と認定するに至ったのです」
「拒否なんかしてねえ! むしろ寄越せよ! 勝手に連れてきてスキルの一つも寄越さず、揚句がそれかよ!」
「黙れ!」
勝手な言い分に、また我慢ができなくなった翔太郎。哀れ騎士に顔を蹴られる。
周囲の高官たちはその姿を見て嘲笑っていた。
「大司教殿、異端者の認定も処分もそちらの管轄だ。しかし、仮にも勇者として召喚しておいて処刑となると外聞が悪い。それに、他の5人の勇者と仲が悪いと報告は来ておるが、やはり同国人が処刑されたとなると士気にも関わるのではないだろうか?」
「ご慧眼ですな。しかし、御心配には及びません。神には大いなる慈悲がございます。神の教えを敬わぬ者に試練を与え、成し遂げた者を許し帰依させるのも慈悲にございます」
「ふむ。で、試練とは?」
「はい。『魔力食いのダンジョン』でございます」
おお、と謁見の間がざわめく。
床に押し伏せられた翔太郎を無視して茶番は進む。
「宰相、その者に説明してやれ」
「畏まりました。ショータローとやら、よく聞くがいい。『魔力食いのダンジョン』とはここブレスト王国と魔大陸の堺にあるダンジョンで、数百年前突如側面が崩落し巨大な穴ができたところだ。その穴の底には『メタルドラゴン』の変種がおり、その咆哮は魔力を一瞬で打ち消すという。魔物も人もだ。
その方にはそのダンジョンの威力偵察を命じる」
「バカ言うな! オレにスキルがないって知ってて、ドラゴンなんかと戦えるか!」
「口を慎め! ここをどこだと思っておる!
まあ、よい。所詮は下賤の者よ。よいか、よく聞け。威力偵察だ。戦う必要はない。
報告によると、その方の世界には魔力がなく、実際今も魔力がないそうではないか。ならばメタルドラゴンの咆哮にも耐えられるはず。勇者をいきなり戦わせるわけにはいかないのでな。
咆哮を浴びても意識を失わずに戻って来れたら異端認定を取り下げるよう我が国から教会に頼んで遣ろう。」
「……鉱山のカナリヤかよ……」
翔太郎の身体から力が抜けてしまった。全てがどうでもよくなった。
召喚されてステータスが見られなかった時はガッカリしたものの、騎士団長たちの人当たりを見て『悪徳召喚』じゃなくてよかったとホッとしたのが夢のように感じられた。
これは正に異世界人を使い潰す『悪徳召喚』そのものだ。
翔太郎が呆然としていると首輪を嵌められる。抵抗するのは諦めた。
説明は聞かなくてもわかっている。『奴隷の首輪』である。
見張り役の騎士から一定以上離れると首が絞まる設定になっているという。そして、例の『メタルドラゴン』の咆哮にも効果範囲があり、騎士はその範囲の外から状況を検分するのだ。
そんな説明がなされたが、翔太郎の心は死んでいた。
一昨日の昼、病院で癌宣告されたとき絶望した。それでも残りの人生を思いっきり自由に生きようと立ち直したのだが、今回はその自由すらないのだ。神を恨まずにはいられない。
一連の茶番が終わり、翔太郎は騎士たちに引き摺られて退出する。
その時パーナードと目が合ったが、冷たいままであった。
一昨日翔太郎はハッタリとともに被害者アピールをしたが、全く役に立っていないようだ。むしろ神の間違いを指摘することで自分の立場を良くしようとしたのが裏目に出たのだと後悔する。
しかし、実際にステータスが見られないことでこうなる予感はしていた。だからこその賭けだったのだ。
つまりは翔太郎は賭けに負けたということだ。
今までのが茶番だということを証明するかのように、檻車・鉄格子で囲まれた馬車が準備されており、すぐに乗せられることになった。
翔太郎の確認など取らず、馬車は王宮を出発するのであった。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は下記にある【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




