第97話 天鬼に電流走る――!
秋葉原サーキットフェスでのデビューを目前に控えて、『FOOLS』も最後の調整に入ってた。
歌とダンスのレッスンはデビュー直前なのに厳しさを増して、毎日のように課題を突きつけられる。
その度にみんな、少しづつ変わってきてる。
星熊さんは「ライブに合わせてCD作れ」って社長に言われてるらしくて、忙しいのか最近顔を出してない。
デビュー曲二つはせいちゃんの個人レーベルから売り出されるからか、せいちゃんも星熊さんに付き合わされて忙しそう…
……楽曲制作依頼するお金も無いのにCDなんて作れるんだろうか…?
まぁとにかく大詰め。いよいよデビューって感じがしてきて天鬼りあ、最近は緊張しっぱなし…
そしてみんなは……
せいちゃんの完成度は相変わらず高い。ただレッスンでは手を抜いてるのか路上ライブの時より迫力が数段落ちる。今グループで一番忙しいのはせいちゃんだからセーブしてるのかも…
万理華さんのパフォーマンスには少しムラっ気があるみたい。コーチに指摘されて悔しそうにしてるけど、遅くまで自主練もしてる成果は出てきてると思う。流石経験者。
紗良ちゃんは安定したパフォーマンスだった。『私をアイドルにしてください』ではセンター。急ピッチで頭に叩き込んだダンスも歌詞も危なげなくこなしてる。
ただせいちゃんやノッてる時の万理華さん程のキレはないかも。
はーちゃんも安定してる。ただもっと自分を主張しろってコーチから怒られてるな。紗良ちゃんとはーちゃんの安定感は安心感がある。
琴音ちゃんはダンスがまだ荒いけど、ちゃんと上達してる。
……かく言う私は…
「折角の歌声が活きてないわよん」
「……はい」
息を切らしながらケツアナコーチからの指導を受ける。
「りあちゅわん。最初の音痴さんと比べたら見違えたわ」
「独特のちゅわん付けのせいで話が入って来ないです…」
「この先は技術の問題じゃないわん。あなたいいモノ持ってるんだから自信持ちなさい」
「……はぁ」
「小さく纏まりすぎてるのよん。それじゃ、お客さんはあなたを見つけられないわよん」
見られてる事を意識しろ。何度も言われた。
こういう事なのかなって感じる時はある。お客さんの視線の向かう先とかを意識したり…
ピンと来てるような、来てないような……
「感じるのよ……お客さんの気持ちを。そして望むものを魅せるのよ」
「はい」
「あなたがファンだったとして、どんなアイドルの姿を見たい?」
「……」
……どんな…かぁ……
頭の中に『TRY AGAIN』のライブの光景が浮かび上がった。
明石ミライと目が合った時の事を思い出した。
あれから時間が経ってるのに……まだ体の奥に熱が残ってる。
「感じるのよ」
「感じます」
「感度を上げて」
「私、感度高い方です」
「そして解き放つのよっ!!」
「はいっ!!」
「脱ごうとするな。違う」
思い出に昂った体温を解放しようとした時、後ろから琴音ちゃんのハイキックが襲いかかってた。
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レッスン終了後、万理華さんは自主練するって。
帰り支度してた私に汗を拭きながら万理華さんが近寄ってくる。匂い嗅いどこ…
「りあも一緒にどう?ちょっと合わせときたいとこがあるんだけど……」
「ごめん。今日はこの後用事があるんだぁ」
「そう、分かっ…………」
タオルとか着替えを詰め込んでるリュックの中身を万理華さんが一瞥した。
瞬間、顔色が険しく……
「……?万理華さん…?」
「用事って?」
「えっとね…『TRY AGAIN』の握手会。この前のライブでCD買って…………万理華さん?」
なんか顔怖いっ!!
「…………この忙しい時期にいい度胸ね」
「ひっ……ごめんなさい……っっ」
……で。
なぜか万理華さん着いてきた。
私の隣で握手会会場を眺めてる。
「万理華さん自主練いいの?」
「夜帰って来てやるわ」
「万理華さん怒ってる?」
「別に怒ってないけど?……ただ」
「ただ?」
「随分お熱なのねって思って…わざわざ握手会まで行くなんて……」
怒ってるじゃん!目がジトォってしてるもん!!
「違うよ?敵情視察だよ?私達のライバルだからね!!」
「……ライバルね。遥か高みだけど」
「いや、私『FOOLS』を日本一のアイドルして万理華さんをそのリーダーにしたいんだよ。コレホンキデス」
って言ったらなんか満更でもない顔になったよ?おや?
「……ふぅん///」
チョロいなぁ……
「てか、万理華さん来ても握手出来ないよ?券持ってないでしょ?私一枚しかないし」
「会場の外で待ってるからいいわよ」
「何しに来たの……?」
「あんたが随分熱心に応援してる『TRY AGAIN』の人気を見に来たのよ。ちなみにりあは誰と握手すんの?」
そこなんだよなぁ……
「……うーん…実は悩んでて……CD沢山買ったらその分握手何回も出来るって知らなくて…というかそんな発想がなかった」
「ホント、アイドル文化に明るくないわねあんた」
「実は気になってる人が二人居てぇ…一人は荻窪はぁとなんだけど」
「あぁ…なるほど、私達にDM送り付けてきた子…確かに気になるわね。で?あとは?」
「明石ミライちゃん」
「……ちゃん」
だからなんでそんなに不機嫌そうなのぉ?
「ちなみに、荻窪はぁとは分かるけどその子はなんで気になるの?」
「…………かわいかったから」
「……へぇ…」
ああ顔に暗雲が……
「……もう推しができたの?」
「いや…………やっぱり万理華さん機嫌悪いよねぇ!?」
「別に?まぁ……荻窪に会ったところで別に琴音の事話せる訳じゃないし…むしろ会わない方がいい気はする。変なトラブルに発展したら困るもの」
「だよねっ!!」
「…………最初から気持ちは決まってたって感じね」
「いや別に……」
「愛しのミライちゃんにさっさと会ってくれば?」
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……べ、別に愛しのとか思ってないし…
「わぁ〜っやっほ〜っ」
「……(カハッ)」
握手会ブースの前に並んだ私の目の前に、その笑顔が咲いた時、喉の奥からなんか…変な空気出た。
今……私に、私に、私に!笑いかけて手を振ってくれてる本物のアイドルの姿が…
「……明石ミライちゃん…っ」
「お時間10秒になります」
……え?そんなに短いの…?
スタッフさんに導かれて前に…目の前からふわって…鼻腔をくすぐる甘い香りがした。
それが目の前の美少女の香りだと思ったら、心臓が破裂する程高鳴った。
それはまさに飾り気のない握手会会場に突如として出現した一輪の花…
真っ直ぐな黒髪は触れたらスルスルと指の間を抜けていくんだろうなぁって思わせる艶やかさ。濡れ羽色のシルクの滝のように背中のラインに沿って下ろされてる。
前髪から覗く瞳はそれそのものが光を放ってるみたいにキラキラと輝いてて、その輝きはまるで私と会えるこの瞬間を楽しみに待っていたんだと勘違いさせるみたいだ。そんな輝きを髪と同じ色のピンって上向きのまつ毛が縁取ってる。瞬きの度にその長いまつ毛が存在感を主張してた。
白くて透明な肌……
桜色の唇……
スラリと伸びた手足、ピアニストみたいな細い指……
ライブの時と同じ衣装は無色透明な照明の下でも煌びやかで、儚げな姿と天真爛漫な笑顔が同居するその姿は……なんか……
体の中に残ってた熱がさらに膨れ上がった。
なんかオーラが違った。
これが本物のスターの纏うオーラなのかもしれない。
ステージの上じゃないのに、その存在感はちっとも萎んでない。そこにただ立ってるだけで私の意識をあの時と同じように惹き込んでる。
間近で見た明石ミライちゃんの姿になぜか深い感動を覚えつつも……
私達はこの子みたいになれるんだろうか…
ふと、そんな不安とも疑問とも分からないものが胸を過ぎった。
「はじめましてだよね〜っありがと〜」
うおっほぃ近い近い近い近いっ!!
そりゃ握手するんだもん近いだろって話なんだけど近い。セキュリティ的に大丈夫なのかって思っちゃうくらい身を寄せて来てくれるミライちゃんの両手が、大切な物を包み込むみたいに私の手を握ってくれた。
……ほんのり暖かかった……
私が初見さんだって知ってるんだ…もしかして、今まで会ったファン全員の顔覚えてるの…!?
そんなわけないのに、超能力かって思っちゃうその発言にまた胸がときめいた。
……な、なにか話した方がいいのかな?
ライブの時目が合いましたよね?とか?いやそれは気のせいだし……てかその発言はキモイし…
いやでも……もしかしたら本当に目が合ったのかも?
目が合ったから私の事覚えてて、初めましてのファンだねーって……
ほわわわわわわわわっ!!
「お時間でーす」
……なんて考えてたら終わっちゃった。
一瞬で過ぎ去った時間。ミライちゃんが私の手を離して満面の笑顔で両手を振りながら「またねー」って…
もっと……もっと……CD買えば良かった……
スタッフさんに押しやられながら名残惜しくミライちゃんを見つめる私は今はっきりと自覚しました。
ファンになりました。
ありがとうございます。
ブースから退場する私とミライちゃんの視線が交わる。今のは気のせいじゃないよね?確実に目が合ったよね!?
「……あれ?」
その時、ミライちゃんが少し大きく目を見開いて私を見つめた。同時にほとんど音になってない呟きが口の中から漏れたのを、私の鼓膜は確かに耳にした。
「……『FOOLS』?」
だって電流走ったもん。
天鬼に電流走る――!




