第96話 これが…アイドルなんだっ!!
矢のようにステージ上を駆け巡るサーチライトに照らされて…
背中を向けたシルエットが一斉に片腕を挙げた。
同時武道館に響く音楽がお腹の底まで響いて、会場のボルテージは最高潮だ。
思わず体がリズムを取っちゃうような重厚なイントロの中…
『みんなぁぁぁっ!!』
羽衣のような衣装を翻しながら観客席に振り向いたセンターが透き通るような美声で私達に呼びかける。
『来てくれてありがとぉっ!!会いたかったよぉぉっ!!』
……なんだこれ。
ライトの七色の光を受けて美しく輝く黒髪が体の動きに合わせていっぱいに広がってた。顔いっぱいに弾ける笑顔はこのステージの主役は私だと言わんばかりに私達の視線を惹きつけた。
せいちゃんが歌ってる時…ううん。それ以上の存在感だ。
会場が湧く。
地鳴りみたいな歓声…いや、もはやそれは悲鳴だ。
「ひゃあぁぁぁぁぁっ!!ミライィィィィっ!!!!」
Aさんが発狂してる…
若干15歳。『TRY AGAIN』不動のセンター。アイドルに明るくない私も名前くらいは知ってる。
……あれが明石ミライ。
曲に合わせてステージ上の三人が舞う。
透明感のある赤、青、白の羽衣みたいな衣装はそれぞれの色をイメージしてるんだろう。軽やかに舞う三人の動きに追従して揺れる透明な色彩は華やかな風みたいで綺麗。
白の子が歌う。
銀髪ショートカットでボーイッシュな女の子。
よく伸びる低音ボイスが耳を突き抜けた瞬間、私の意識は完全に曲の世界に吸い込まれる。
白のサイリウムを振る観客が「王子」って叫んでる。
あの子がメンバー最年長、白石レオ…
そして青い風を纏って踊る少女…
あの子が琴音ちゃんのストーカー、荻窪はぁと。
路上ライブで見かけた時とはまるで印象が違う。あの時は顔を隠してたから当然かもしれないけど…動画とかで観る印象とも違って見えた。
もっと大人っぽいというか…年相応に見えてたけど、生で見るとそれより幼く感じてずっと可愛らしい。
そして荻窪はぁとの狂気的な琴音ちゃんへの愛なんて、ライブの熱にあっという間に吞みこまれて忘れていく。
ここがアイドルの聖地、日本武道館だからなのか…
いや、多分違う。
会場全体を包み込む興奮は、周りのファン達の熱気のせいでもない。
この子達の存在感が、私の五感全部を魅了してる。
アイドルのライブなんて初めての、アイドルのくせにアイドルに全然興味なかった、『TRY AGAIN』のファンでも何でもない私の全神経がジャックされる。
ステージ上にあるモニターじゃなくて遠くにあるステージそのものから目が離せない。
遠いのに遠く感じない。
はっきり見えてるはずないのに彼女達の表情も、動きも、匂いや体温まで感じるみたいで…
『みんなっちゃーんと見えてるよぉっ!!ありがとぉっ!!』
観客席に向かって明石ミライの声が飛んだ。
熱を帯びた、鼓膜が壊れちゃうんじゃないかって歓声の中でもしっかり届いたその声。向けられた眼差し。
今…私の事見たっ!?
絶対見た!!目ぇ合ったもんっ!!
鳥肌。心臓が今日一ドクンって高鳴った。
目が合ったなんて気のせいに決まってるんだけど…絶対私の事見たって確信めいたものを感じる。
私の事見てくれた、見つけてくれたって興奮、感動。今日始めてライブに来たのにまるで恋してるみたいな…
……なんだこれ。
みんな可愛くて、かっこよくて、パフォーマンスも歌もすごくて…
なんだこれっ。
会場の熱気で暑くて歓声も耳が壊れそうなくらいうるさいはずなのに、ずっとここに居たいって思わせて…『TRY AGAIN』とずっと同じ空間に居たくて…
なんだこれっ!!
一瞬で虜にして、一瞬で恋させて…
これが…アイドルなんだっ!!
初めて生で観る本物のアイドルの引力はすごくて、とても自力じゃ抜け出せなくて…
とうとうライブが終わるその瞬間まで私の全部は『TRY AGAIN』の魔法に支配されたままだったんだ。
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「え?CD買ったら握手会に行けるんですか…?」
天鬼りあ衝撃。『TRY AGAIN』は会い行けるアイドルだった…?
「そだよ~。CDの購入特典で握手会のチケットが付いてるの~」
「別日に別会場だけどね。天鬼も買う?」
Hさんに訊かれる前に物販スペースに走ってた。
……会いたい。
会ってみたい。
会って話してみたい。
匂い嗅ぎた……違う。
まさか私が有り金握りしめてアイドルのCD買う為に行列に並ぶ日が来るなんて…これはどういった感情なんだろ…
私達の目指す頂点をこの目で見た感動なのか…
それともこれがファンの心理なのか…
ファン?
たった一回のライブで私、ファンにされちゃったの?
まだ体の奥に残ってる正体不明の熱。問いかけても答えはまだない。多分初めての感覚。
不思議だぁ……
一面識もない、友達でも家族でもない人に今、こんなに「会いたい」って思ってる。
……ライブ中に向けられたあの視線が忘れられない。
「明石ミライ…………ちゃん」
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新宿、某ライブハウス。
キャパ150弱のライブハウスをついさっきまで埋めつくしてた熱気は急速に引いていって、薄暗い会場内は閑散とした寂しい空気に包まれる。
小規模とは言え推しを応援するファンの熱量はやっぱり凄まじいもので、それが一気に無くなった時の温度差は風邪ひくかと思ったくらいだったわ。
ポツポツと残ってる少ないファンが声を出してサイリウム振ってる。その数少ない中には、私達『FOOLS』の5人も含まれてる。
一気に人が居なくなって剥き出しになった床タイルの柄を眺めてると、満潮からの引き潮を感じさせた。
……さながら私達は潮の流れに取り残されて砂浜に転がった漂流物ね。
アイドル活動最後のライブがこれじゃ、流石に『ママと撫子』も不憫でならない。『THREEPIECE』の最後のライブでもここまで寂しくはならなかったわ。
『皆さん……今までありがとうございましたぁ!!』
夏祭万理華はペンライトを振る。青しかないペンライトを三本。箱推し、という事で……
私が従えて来た『FOOLS』のみんなも死んだ顔でペンライトを振ってる。
……りあ、今頃武道館でライブ観てるのよね。
ここに居ない裏切り者の顔を思い浮かべながら、せめて先輩方がこれ以上惨めにならないように全力で声を出そう。
「お疲れ様でしたァ!!サイコーっ!!…あんた達も声出しなさいよ(ボソッ)」
「……れっしたぁ」
「紗良ぁ!!やる気のない大学生バイトか!!琴音を見習いなさいっ!!」
どこで覚えたのかしら……琴音がオタ芸してる。
サングラスと帽子とマスクとマフラーで識別不能な完全防備体制。もはや不審者だけど…
「あ!りあちゃんからLINEだぁ」
「陽っ!ライブ中にスマホ見るな!!」
……で?なんて?
「……ライブ、サイコーだったって」
やたらキラキラしたスタンプと言葉少ない感想で満足感を表現してやがる……っ!!
……私だって『TRY AGAIN』のライブの方行きたかったわよっ!!
つーか陽じゃなくて、リーダーの私の方に報告してきなさいよねっ!!
「見て見て、武道館のライブ映像、すごいよ」
「おーかっけぇ…」
「陽、星羅……(怒)」
「「……だってつまんないんだもん」」
こいつら……これが先輩アイドルの解散ライブに来た後輩の姿か?
一人、また一人と静かに会場から消えていく人影を見送りながら…
「ライブハウスに来て他所のライブ映像観るなっ!!」
……りあ、許さん。




