第95話 すごく心臓がドキってしたよ……
こんにちは。
17際になった天鬼りあです。
POPプロダクションって事務所でアイドルユニット『FOOLS』のメンバーやってます。
11月にデビュー予定です。
POPプロダクションに所属してから、夏休み1ヶ月アイドル合宿。そこで6人の仲間と出会って…一人は卒業(始業前)しちゃったけど……
「朋花ちゃん。ぐすん……君の事は忘れない……」
「生きとるわボケ!!」
原宿に頬が蕩けて落ちて救急搬送されて整形手術が必要になるって事で被害者から民事訴訟起こされてるクレープ屋さんがあるらしくて、たまたま今日その近くで路上ライブだったから、たまたま暇してたらしい朋花ちゃんとこうして二人で危険物食べてるんだ。
せいちゃんの二曲目の楽曲が完成してしばらく…
……もう、すっかり肌寒くなった。
みんなと出会ったあの日は暑かったのにな…
「……いよいよデビューまでもうすぐやな!!」
朋花ちゃんの頬っぺは無事らしい。
「うん……なんか、せいちゃんの曲作るの朋花ちゃん手伝ってくれたんだって?ありがと」
「別に手伝っとらんけどな……で?出来たん!?」
「出来た出来た。振り付けもついてとっくに練習してるよ。ようやく形になってきたかな…」
「へー……ちなみに、センター誰なん!?」
「もちろん二曲ともせいちゃんだよ。あと、一曲目は万理華さんで、二曲目は紗良ちゃんだって」
「センターって二人居るん!?」
「うちは6人だからねー。並ぶとほら、偶数だからほら……私アイドル詳しくないけどほら、そーいうものらしいよ?ほら」
「……ウチが抜けたせいみたいな目で見んとって!!」
いやいや。あなたが抜けたおかげでセンターの枠が増えたんですよ。でゅふっ。
……しかし、選ばれなかったなぁ。
「……もぐもぐ。まぁとにかく…せいちゃんの件はありがとう。ここのクレープは奢るよぉ」
「それ、ウチが支払いする前に言うてくれん!?ところで他の連中はどないしてん!?」
朋花ちゃんがキョロキョロしてる。
並んで座ったベンチに向かって手を振ってる人が居た。さっきの路上ライブのお客さんだ。朋花ちゃんが勘違いして手を振り返したら中指立てて消えてった。
「なんやあいつ!!(怒)」
「みんなは先輩の卒業ライブ観に行ったよぉ」
「先輩って誰!?」
「『ママと撫子』」
そう、今日なのだ。
「……そろそろ私も行かないと」
「え!?原宿居んねんで!?もう帰るん!?ウチと合流してまだ3分しか経ってへんがな!?」
「この後友達と約束があるんだぁ。ばいばい。またね」
「待てや!!ウチの近況とかも聞いて!?」
急がないと……時間ギリギリだ。
そう……今日はあの……
『TRY AGAIN』が武道館でワンマンライブなのである。
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日本武道館。
それは日本でアイドルをする者にとって夢のステージ。巷には推しを武道館に行かせる為に破産するオタクも居るとか居ないとか…
まぁとにかく、アイドルならみんな武道館ライブ、そして東京ドームを夢見るんだって。
とはいえ、天鬼りあにはその実感があんまりない。
『FOOLS』のみんなも夢みたいなのは語らない。万理華さんは…どうなんだろ。
…まぁそんな武道館でワンマンライブ…つまり夢のステージを独占する『TRY AGAIN』はすごいって事で…
「……はぁ…はぁ…」
そんなライブに友達に誘われて来たんだけど…待ち合わせ時間はとっくに過ぎてる。
なのにここで一人呼吸を荒げてる理由は…
「…んっ///くちゅ…」
「れろ…チュッ///」
…友達のAさんとHさんが木陰で濃密に絡み合ってるから。
カシャカシャッ!!
これが百合っ!!
これが尊死っ!!
これが壁っ!!
てぇてぇっ!!
「てぇてぇよぉぉぉぉ…でゅふふふふふふふっ!!」
「…ママぁ」「見ちゃいけませんっ!!」
……さて。
「でゅふふ…///」
「天鬼どうしたー?」
「りあちゃん顔が緩んでる~。そんなにライブ楽しみなんだぁ」
もはや隠す気もなく腰に手を回してるAさんとHさんを眺めながら…
……武道館、初めて入ったな。
ものすごい数の入場列に並んで…私は初めて日本武道館に足を踏み入れる。
Aさん曰く武道館は他の大っきな会場に比べたら収容人数がそんなに多くないらしいんだけど、今日のチケットは完売らしいから一万人くらいは来てるんだって。
その数字の意味するところはまだ私には分からないけど、それだけの席を埋めれるアイドルじゃないと武道館には立てないって事なんだと思うと、
すごいんだなって思った。
ちなみにドームは5万人入るんだって。
私達の席は二階の南。ステージの正面らへん。
「アリーナ席が取れたらよかったけどねー」
当然のようにAさんの手を恋人繋ぎしてるHさんに「アリーナ席ってなに?」って訊いたらマジ?みたいな顔された。
「ほら、ステージの真ん前の席。あれがアリーナだよぉ」
Aさんが頭の悪そうな言い方で教えてくれる。
「ステージが近いから顔がよく見えるんだぁ」
「顔って誰の?」
「『TRY AGAIN』のでしょ~?他に誰がいるのぉ?」
「いい席はファンクラブの会員が取っちゃうからね。今日席が取れたのは奇跡だよ。で、どう?初の武道館は?」
Hさんに問われて私の視線が会場を巡る。
……広いな。
正直それ以上の感想はなかった。
満員の客席。
静かにその時を待つステージは、広いなって思った割には遠くは感じない。
ここで今から何が始まるのか…
今から私は何を観るのか、聴くのか…
…そして、私達がいつかここに立つ日が来るのか…
今は何も実感が湧かない。
ただ『TRY AGAIN』のライブがどんなのなのかは興味がある。
これだけの人の視線を集める『TRY AGAIN』ってどんな人達なんだろう。
琴音ちゃんのストーカーの荻窪はぁとってどんな人だろう。
『TRY AGAIN』のライブに行くってケツアナ&ハナアナコーチに話したらこんな事言われた。
よく勉強してきなさい
あの子達のライブを観たら、アイドルってのが何かわかるはずよ
……なんて。
ぼんやり考えてたら、突然視界が暗闇に落ちる。
映画館みたいに暗くなった中でAさんが「来るよ」って小声で囁いた。
その声が興奮で弾んでるのが分かってハッとした。
…かのマイケル・ジャクソンはステージに登場しただけでファンを卒倒させたらしい。
それがスター。
これから『TRY AGAIN』が出てくるってだけで興奮してる。期待感だけで人の胸をときめかせてる。
それってすごいことだ。
それだけのものを魅せてくれるって信頼と実績。
……私達に同じ事ができるのかな…
異様な静寂が会場に染み渡る。
みんなその瞬間を見逃さないようにって暗闇に沈んでるステージを見つめてる。
そんな中で私は、期待と興奮に満ちた観客達の視線を追ってた。
突然ステージを七色のサーチライトが下から照らした。
一瞬のざわめき。
隣のAさんとHさんが小さく息を吞む。
ステージに三つのシルエットが浮かび上がる。
……来る。
どうしてだろう…
予感が過った瞬間、その気配だけで……
すごく心臓がドキってしたよ……




