第91話 りんごを見てばななと答えそうな顔
「……と、言う事情で、私は自分の手で音楽をだね…」
「はしょんなや!!」
「あんまり話したくない過去なんだよ…察してよ朋花ちゃん」
「なんや……あんたも辛い過去背負っとる系なんか!?『FOOLS』そんなんばっかやな!!」
「うんだからさ……」
「はよ話せや!!」
「私の扱い雑だなぁ…」
私…錦野星羅は生まれた時から音楽に囲まれてた。
なんたって産まれてくるその瞬間も、分娩室で第九流れてたくらいだもん。知らんけど。
お父さんは作曲家。
お母さんはピアニスト。
4つ下の妹だけは音楽の才能のないあんぽんたん。
そんな音楽家のサラブレッドとして生を受けた私はまさに、音楽に愛されし……
存在だと思ってた時期も、私にもありました。
父が創り、母が届ける。
錦野家の音楽活動はそんな感じで、お母さんはお父さんの創った曲でウィーンのコンサートに出た事だってある。
私はそんな両親……特にお父さんの事を誇りに思ってる。それは今でもだ。
ゼロから一を創り出せる創作者はすごい。何かを創り出し、それが人を魅了するっていうのは、選ばれた天性の才覚を持った人にのみ可能なんだ。
お父さんはそんな人間の一人だった。
「私はお父さんみたいな音楽家になる!」
音楽の絶えない家で私はいつもお父さんにそう宣言してた。その度にお父さんは穏やかな微笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてくれた。
お父さんは私に曲の創り方を教えてくれた。
「ねぇねぇお父さん。どうしたらお父さんみたいなすごい曲を創れるようになるの?」
「気持ちを籠める事が大切なんだ」
「キモチ?」
「伝えたい感情を曲に籠めるんだ。音楽ってのはね、星羅。伝えたい気持ちを届ける為のメッセージなんだよ。創り手の気持ちが籠る事で、ただの音から音楽になる」
お父さんはそう教えてくれた。
「そしてそれを伝えるのが、お母さんの仕事なのよ。音楽に込められたメッセージがみんなに伝わって、音楽は始めてこの世に生まれ落ちるのよ」
お母さんはそう言って誇らしげに笑った。
音楽ってただの音じゃない。
そこに込められたものがある。
創り手が気持ちを籠める事で音は命を与えられて、ピアニストや歌手達…担い手がその気持ちをみんなに伝えて、音は音楽になる。
どっちも音楽なんだ。
音楽を創るって事は作曲家が創るって事だけじゃないんだ。
お父さんとお母さんは伝える為に音楽を創ってる。
お父さんとお母さんは二人で一人の音楽家なんだ。
その教えは私の頭にこびりついた。
お父さんとお母さんの創る音楽が大好きだった。教えを受けてから、両親の内側にある気持ちを届けてくれる音楽がますます好きになった。
ずっとずっと、二人の音楽を聴いていたい…
そう思ったんだけど…………
現実が私の幼い希望を切り裂いた。
お父さんが死んだ。
家の前の道路で車に撥ねられて死んだ。
突然の別れだった。
もう充分物事の分別が付く年齢にも関わらず、私はその現実を何日も受け入れられなくて、お父さんはどこに行ってしまったんだろうって、子供みたいな事を考えて、混乱した。
葬儀が終わって火葬されて、腕の中に収まるくらい小さな骨壷の中に入ったお父さんと家に帰ってきて、仏壇の前で私はようやく理解した。
お父さんは死んだ。
それはお父さんの音楽が死んだ事も意味してた。
いつまでも聴いていたいと願ったお父さんの音楽は永遠に失われてしまった。
それから私はろくに学校にも通わず、外にも出ず、亡き父の影を追いかけるように作曲に熱中した。
お父さんの音楽がもう一度聴きたい。
叶うはずのない願いを胸に私は創った。創り続けた。
日常で感じた事、目にした物、耳にした音…
それらから浮かび上がる感情を、お父さんならどう音楽に籠めるか考えながら創った。
でも……私には才能が無かった。
お父さんみたいな曲は創れなかった。
でも……
自分の才能の無さを認めてしまったら、もう二度とお父さんの音楽には会えなくなってしまう気がして、私は創る事を辞められなかった。
薄暗い部屋の中に永遠と作り続けた楽譜の束だけが積み重なって、その影が私の心にじっとりと伸びていた。
創り手の才能はなかったけど、私にはそれを届ける才能があった。
それはお母さんから受け継いだ才能なのかもしれない…
私にあったのはピアノじゃなくて、歌唱の才能。
お父さんを喪った事で胸に空いた穴を埋めるように、私は歌う事を始めた。
私が歌えば、みんな聴いてくれたから。
その歌にどんな気持ちが、感情が、メッセージが籠められてるのか、歌う前にいつも考える。
深く考える。
これを創った人の魂を掬いあげようとする程に。
それを届ける事が、私の使命なんだ……
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「……んで、なんだかんだあって家を出て、たまに外で歌って、そんな事してたら星熊ちゃんに目を付けられて…このザマなんだよ」
「……そうやったんやな…!!」
ご清聴してくれた朋花ちゃんと、畳に涎垂らして寝てる星熊ちゃんを眺めながら……
……ありきたりな話だなって思ってんだろーな。
「今「ありきたりな話だな」ってウチが思ってる思うてるやろ!?自分!!」
「そんな…っ!私の気持ちが伝わってるなんて……っ!!私達、以心伝心……?」
「良かったな伝わって!!」
「べろちゅーしてあげる」
「寄るなや!!タバコ臭いねん自分!!」
仮にもアイドル捕まえてタバコ臭いて……
「……まぁ、大体分かったわ。星羅はファザコンで、音楽ってのは創り手と歌い手両方揃って始めて音楽やと思っとって、せやから自分で創る事にもこだわっとるちゅう事やな!?」
「なんか凄く雑な感じで纏められたなぁ……」
「……そんで、今回曲を創る機会が巡ってきて、自分で創ったろって気になったんや!?」
「……」
「なんや違うんかい!?」
問われると…どうなんだろうか。自分で首を傾げずにはいられない。
だって私にその才能が無いことはもう分かってる。
私には誰かの音楽を届ける事はできるかもしれない。けれど私の気持ちを伝える才能はない…
こだわってるんだろうか……?
そもそもなぜ、こんな事をやってるんだろうか?
そう……曲が無いっていうから…
「……まぁあんたの音楽に対する考え方と本気度は改めてよー伝わったわ!!無理せんようにな!!」
「それだけ!?」
「それだけ言うたって……ウチ部外者やしなぁ…!!」
「話聞くだけって……っ!!そんなんありかよ……お前は『どしたん話聞こうか?』かっ!!変態っ!!」
「どないして欲しいねんウチに!!(怒)」
その時、寝てたと思ってた、いや…確実に寝てた星熊ちゃんが最後の力を振り絞って起き上がった死にかけの象みたいな顔でこっち見た。
シンプルにこっち見んなと思った。
「ひとついいですか?」
「ホントにひとつだけ?ひとつとか言いながら結局あとからそれと〜とか、あと〜とか…」
「錦野さんは音楽を創りたい人ですか?歌いたい人ですか?」
星熊ちゃんがらしくない真剣な眼差しを…っ!!
「今の話を聞いてるとなんだか…あなたは本来音楽家として曲を創りたいというのが本当の気持ちのように感じられました」
「……」「(こいつ…頬っぺに畳の跡付いとる!!)」
「アイドルはあなたの言うところの伝える人です。あなたはそれでいいですか?」
……ああ、真剣に訊いてるなこれ。星熊ちゃんのくせに急にどうしたってんだろう…
「あなたのやりたい事とはアイドルで間違いないですか?この道で後悔しませんか?」
マネージャーらしさを全開にしてやがる星熊ちゃんの顔を見つめ返す。そして思う。こいつは何も分かってないっ!!
「……音楽ってのは、創り手だけでも、歌い手だけでも足りない。創り手が創って、歌い手がそれを人に届ける……籠められたものが誰かに届いてそれは初めて音楽になる」
「……」
「どっちをやりたいとかないの。どっちもやりたいの。確かにあなたの誘いを受けた時は歌い手として誘いに乗った。でも…曲を創る機会に巡り合った今、私はどっちもやりたいと思ってる」
あれ……?今素直に言葉にできたね…
才能がないのになんでやってるのか…そんな疑問もあっさり答えが出せた。
才能があろうがなかろうが、私はやりたいんだ。
誰かに問いかけてもらうってのは大事なのかもな。
「……そうですか。ですが、アイドルは歌い手が本業です。それは忘れないでくださいね?」
「うん(りんごを見てばななと答えそうな顔)」
「あなたの作詞作曲の腕次第では…『FOOLS』の楽曲はあなたに全面的に任せるかもしれません」
「おぉ星熊さん……っ!!珍しく漢気に溢れとる気がするわ!!」
「ウン(りんごを見てばななと答えそうな顔)」
「ちゃんと聞いてますか?(怒)」
「ワカッタ(りんごを見てばななと答えそうな顔)」
「じゃあさっさと創ってください(怒)」
…………で、話は振り出しに戻るってわけ☆




