第8話 いやいや存在感薄いって意味じゃなくて、声エッッロいね
「えっと……合宿の人ですよね?」
外は猛暑、気温は34℃もあるのにその美少女は汗染みひとつない純白のブラウスの上に黒いジャケットを着込んでた。
……ほぅ。
「……あなたもですか?」
私らにはタメ口なのに、階段から声をかける万理華さんは敬語だった。
それくらい落ち着いた雰囲気がある人。
まぁとにかく、険悪な空気になりかけたエントランスの空気が爽やかな風の到来に救われたみたいだ。
「そうです…はじめまして。一陽と申します」
黒スーツさんは丁寧に頭を下げてから私らの方へ。固い床を黒いパンプスが小気味いい音を鳴らしながら叩く。なんか新入社員みたいな人だ。
「はじめまして」
でもよかった。この人は万理華さんと違って普通にコミュニケーション取れる人だね。
「はじめまして、天鬼りあです。この人は鏑木琴音ちゃん」
「あはは…凄いですね、そのマスク」
「人見知りなんです。マスクの理由は知りませんけど」
「…………ゴメンナサイ」
そよ風にかき消されそうなくらいの声量で何故か詫びる琴音ちゃんに陽さんは初夏の日差しのような爽やかさで笑った。
「可愛いですね。僕好きですよ」
ほう、ボクっ娘ですか…たいしたものですね。
「ボクっ娘も大好物ですよ?」
「え?…あぁ、良かったです」
優しそうな人だし…陽さんと琴音ちゃんの擬似姉妹カップルも……いいんじゃない?
でも琴音ちゃんはこの後居るかもしれない正統派お姉さん系とくっ付くのがベストなんじゃない?
迷うねェ〜♡
「……あれ?もしかして『THREEPIECE』の?」
私が迷ってる間に視線を階段に向けた陽さんは相変わらず高みから降りてこない高圧的な万理華さんを見て何かに気づいたみたい。
「……っ」
対する万理華さんはなんか怯んだ様子。
「解散したって聞きましたけど…もしかして、今度は僕らと……あっ…ごめんなさい、気に触りましたかね?」
「……別に…よく知ってましたね、あんなマイナーなグループ」
……万理華さん、もしや経験者?
「もしかして…ファンだったとか…?」
「僕はそんなに詳しくないんですけど…友達が好きでしたよ」
「…………あ、そう……僕はそんなに……ね…」
何かにショックを受けたのか複雑そうな表情の万理華さんは思い出したように琴音ちゃんに視線を向ける。
庇うように前に出る私に眉を寄せるけど、それ以上は何も言わないで階段を登っていく。
「今更ですけど…勝手に入って良かったんですかね?なんか電気もついてないし…」
万理華さんを見送った陽さんがキョロキョロしながら私らに意見を求めてくる。でも、それは私も分かんないんだよな。
「……まぁ、玄関開いてたし…もしかしたら中に事務所の人居るかもしれませんし」
てな訳で事務所の人探そって事に…
万理華さんはもう事務所の人と会ってるのかもしれないけど、合流する気には何となくなれなかった。
……あの人とこれから一緒か。なんか気が重いな。
「暑くないですか?そのマスク」
「……ダイジョウブ」
「お水飲みます?」
「……ダイジョウブ」
「どうしてマスク被ってるんですか?可愛いけど……」
「……ハズカシイカラ」
「そうなんですね。可愛いですね」
とりあえず1階を探索しようという事で、三人行動を共にする。陽さんは琴音ちゃんに寄り添ってしきりに話しかけてる。琴音ちゃんも少し気を許してる様子だ。
…………
朗らかに笑いかける陽さんは琴音ちゃんの手を引いて、琴音ちゃんはてくてく着いてくる。たまにマスクの下から漏れ聞こえてくる声には笑い声も微かに混じってる。
…………ごくりっ
百合とは……女の子同士の恋愛や友情を尊ぶコンテンツである。
この天鬼りあは百合を堪能する為にこんなクソ暑い中こんな山奥の保養所まで来たんだけど……
いい…………
いいじゃないか…………
琴音ちゃんの素顔が気になるところだけど、琴音ちゃんはアレだ…ルックスというよりその雰囲気というか弱々しい存在そのものが…そそる。
……おっと。
内なる獣が扉を開きかけるのを、滴る唾液を拭いながら押し留める。今二人を盗撮なんてしてバレたらこれからの関係値に影響する。
私はここで、誰よりも近い場所でこのてぇてぇを……
「可愛いですね」
「……///」
貪る……ッッ!!
********************
保養所内は相当広いらしく、一階をウロウロするだけで暑さで参ってきた。
相変わらず誰も居ないし冷房は入ってないし…ほんとに入って良かったのか……
もしかしたら突然脱出ゲームでも強いられるのでは?なんて雰囲気を感じはじめていたら…
「あ、チョリーッス」
食堂に誰か居た。
広い食堂にただ一人ポツンと座る少女。
背中の中ほどまで伸びる髪の毛は派手なツートンカラーで、正面で黒とピンクに色が分かれてる。
ド派手な髪色と露出の多いタンクトップとホットパンツが眩しい。両耳には大量のピアス、ついでにへそにも。
ただそれらを押しのけて存在感を主張するのは右目に装着された眼帯だ。黒地に桜の花びらが散りばめられた、雅な装飾の眼帯。
ファッションなのか…とも思ったけど、上からかけたメガネとのチグハグ感が拭えない。もしかしたら本当に右目が見えないのかも…
超尖った見た目をしてるけど顔はかわいい系と言うよりは綺麗系。丸メガネが大人っぽさを少しだけ演出してる。
まぁ私達の仲間だろうなってのはひと目で分かったよ。
「合宿参加の方ですよね?」
陽の問いかけにド派手さんは艶かしい生脚を行儀悪く机に乗っけながら応じる。
「そーだよ。いやー、朝の6時に着いちゃってさ、誰も来ないから暇してたんだよねー。てか、なにそのマスク。ウケる」
「はじめまして、一陽です。それと、鏑木琴音さんと天鬼りあさん」
陽さんのコミュ力が爆発する。
街で会ったら怖くて目を合わせられなそうなお姉さんにも率先してコミュニケーションを取っていく。格好も相まって私達より歳上に感じるな。
「あたしは紗良、黒沢紗良だよ〜。よろしく。ていうか、マジでそのマスクはなんなん?」
椅子から飛び降りた紗良さんが興味津々に近寄ってきた。見た目のせいか琴音ちゃんの警戒心が上がる。背中に隠れる琴音ちゃんを陽さんが「大丈夫大丈夫」って励ましてるよ。
てぇてぇ……
「この子人見知りなんです」
私もフォローを入れる。
横から飛んできた声に紗良さんがびっくりしたみたいに目を丸くして振り向いた。なに?その顔は……
「うわぁびっくりした…」
「さっきからずっとここに居ますけど…」
「いやいや存在感薄いって意味じゃなくて、声エッッロいね」
また言われた……
「りあさん、声綺麗ですよね」
おぉ……陽さん……いきなり名前呼びなんですね?
「まぁそれはいいとして…」
紗良さんはタイガーマスクが余程気になる様子。
切れ長の瞳を糸みたいに細めて「よろしく〜」とか「顔見せて〜」とか言ってる。
良くも悪くも他人との距離の詰め方が早い人だ。
ギャル系お姉さんが仲間に加わった。こういうタイプも悪くない。
いいじゃないか…個性的なメンバーが集まってきたよ?いいじゃないか。
例えば…真面目気質の万理華さんと色々雑な紗良さん。ウザがられながらも過度なスキンシップを仕掛ける紗良さんと、口ではいやいや言いつつも受け入れる万理華さん…
……いいんじゃない♡
「でゅふふっ!!」
「……?」「……?(汗)」「ぶははっ!りあちゃんだっけ?なにその笑い方キモっ」
口を開けて笑う紗良さんの舌にはピアスがあった。
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「こんちわーーっ!!」
エントランスにキンキン声が響いた。
何事かと全員がエントランスに集まったらそこにはとんでもない量の荷物を抱えた桜太夫が居た。
「こんちわーーっ!!」
「……こんにちは、桜太夫さん」
「おおっ!!天鬼やんけ!!来たんやな!!」
「そりゃ来ますよ……」
二階から降りてきた万理華さんが大声に顔をしかめてる。万理華さんの姿を見た琴音さんがまた陽さんの背中に隠れる。
「はじめまして、合宿に参加される方ですか?」
「誰やねんあんた!!」
「一陽と言います。よろしくお願いします」
「どないな字書くん!?」
「漢数字の一でにのまえ、太陽の陽ではるです」
漢数字の一でにのまえって読むんだ。
ひとつ賢くなったところで、桜太夫の背後から背の高い人影が現れた。
その人を私は知ってる。
その人はこの合宿を主催するPOPプロダクションの人で、私をスカウトした星熊さんだった。
「皆さんお揃いですか?」
相変わらずの眼力に琴音ちゃんはそら豆くらい小さくなってる。可愛い……
「あー、ジャーマネーさんじゃん。待ってたよー。早速だけど、エアコン付けて?」
紗良さんが救世主を見るような目で笑いかけるところを見るに、この人も面識はあるみたいだ。もしかしたらここに居る全員、私と同じようにスカウトされたのかもしれない。
その星熊さんだけど、集まった六人に視線を巡らせてから「まだ一人来てませんね」と一言。
どうやらもう一人居るらしい。
つまり今から組まれるユニットは七人組という事らしい。
今のところ小動物系とボクっ娘系と委員長系とギャル系とバカ系……歳上お姉さん系はまだか?
「七人?五人組のユニットって聞いてるんだけど…」
万理華さんがそんな事を尋ねた。私はそんな話は何も聞いてない。もしかしたらママと読んだ書類にそういう事も書いてあったのかも…
それにしても、恐らくこの中の誰よりも歳上なはずなのに敬語使われない星熊さん、可哀想…
「……まぁ、集合時間になってるのでいいでしょう。そのうち来るでしょうし…」
もう一人の到着を待たず星熊さんはその場の六人に向けて改めて口を開く。
「では本日より新ユニット結成の為の合宿を1ヶ月行います。既にご存知の方もいらっしゃるとは思いますが改めて…マネージャーの星熊です。よろしくお願いします」




