第9話 Y〇uTubeチャンネルで垂れ流させて頂きます
……暑かった。
ようやく始まったアイドル合宿。それは灼熱の保養所から開始する。
「まずこの合宿の意味ですが…」
エアコンも電気もつけてくれないマネージャー、星熊さんは淡々と涼しい顔で説明を続ける。
「今回お集まり頂いた皆さんは歌もダンスも未経験の方がほとんど、という事で…このままではアイドル活動は絶望的とこちらで判断したので……」
「ボロクソ言うやんけっ!!」
ボロクソな歌唱力の桜太夫、吠える。
「まずここで1ヶ月、みっちりしごかせて頂こうかと……そういう趣旨です」
「この灼熱地獄もしごきの一部?」
暑さがそろそろ限界な紗良さんが愚痴る。しかし汗ひとつかいてないマネージャーには届かないみたい。
やっと事務所の人が来たのに薄暗いままだし暑いしでメンバー達のイライラが募ってく。
かく言う私もだった。
「皆さんにはこの1ヶ月で地獄のトレーニングを積んでもらって人様に見せられるレベルになって頂く。話はそれからです」
「ボロクソに言われてる…一応オーディションで合格したのに…」
陽さんはオーディションを受けたんだ。てか、オーディションやってたんだ。
じゃあ全員がスカウト組ってわけじゃなさそうだな…
「いいですね?」
「なんでもいいからエアコンちょうだい」
「…取り急ぎ…個々での共同生活が始まるわけですので……」
「聞いてます?マネさん」
「共同生活の取り纏め役として…万理華さん、皆さんの事をよろしくお願いします」
「エアコンつけて。話はそれからだから」
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人里離れた山奥の保養所…
アイドルになるべく集められた六人。
私、天鬼りあ。
タイガーマスク、鏑木琴音。
刺々しい人、夏祭万理華さん。
癒しのボクっ娘、一陽さん。
バチバチギャル、黒沢紗良さん。
芸人崩れ、桜太夫。
遅れてるあと一人を加えた七人で新ユニットを組む…らしい。
ようやく明かりと涼が到来した保養所。肌と服を密着させる汗の気持ち悪さからは依然として解放されないけど、とりあえず熱中症は回避。
各々に割り振られた部屋に荷物を放り込んで、だだっ広い食堂に集まった一同。みんなの前に置かれたのは三脚に取り付けられたカメラ。
「え?撮んの?」
紗良さんがカメラの存在を指摘すると星熊マネージャーは「そうです」と頷いた。
「ここでの生活は撮影して、うちの事務所のY〇uTubeチャンネルで垂れ流させて頂きます」
「言い方(笑)」
「これも新ユニットの宣伝、と考えてもらえれば…なので、それも意識しての生活をお願いします」
「なんだか監視されてるみたいで落ち着かないな…」
陽さんの言う通りだったけど「今のうちからカメラに慣れてくれ」というのがマネージャーさんの言い分だった。
確かに……
マネージャーさん曰くほとんどのメンバーがこのアイドルユニットで芸能界デビューだ。視線というのに慣れておく必要があると思う。
地獄の芸人生活の中での唯一のお笑いライブ。あの時感じた視線のプレッシャーを思い出してた。
「で?ここで何すんねん!?」
「本格的なレッスンは明日からという事になりますので…とりあえず今日は皆さんで親睦を深めてもらえればと思います。自己紹介とかも兼ねて、適当に喋ってください」
との事です。
「…まぁ自己紹介しちゃったけど」
カメラのボタンが押されるのと同時に音頭を取ったのは、暫定リーダーに指定された万理華さん。
「改めてみんなで名前と、一言ずつ…私は夏祭万理華、18歳です。えっと…前もアイドルやってました。解散しちゃったんで、このユニットに参加します。よろしく」
「前のユニットって『THREEPIECE』だよね?」
万理華さんの自己紹介に被せてくる紗良さんがユニット名を口にした。陽さんも確かその名前を口にしてた気がする。
ただ、当の本人はなんだか苦々しい表情してた。
「有名なアイドルグループですか?」
「そこまでじゃな〜い?ただ所属はPOPプロダクションだよ。ね?」
POPプロダクション…この新ユニットを結成する事務所だ。じゃあ同じ事務所の中で引き続きアイドル活動をするのか…
経験者。しかもプロ…万理華さんの、私達に対するどこか威圧的な雰囲気の正体が分かったよ。
万理華さんへの質問から続けて「次、私ね」と紗良さんが手を挙げる。この場の誰よりもインパクトの強い顔面に視線が集中した。
「黒沢紗良、20歳。好きな食べ物はお酒とめふん。よろ〜」
「…めふんってなんですか?」
「範馬勇次郎の好物や!!」
桜太夫の説明では何も分からなかった。この人やっぱり頭が弱いみたい。
「めふんは鮭の腎臓の塩漬けですよ」
ドヤ顔で中身のない解説を繰り出した桜太夫を押しのけるように陽さんが的確な解説をしてくれたんだけど……鮭の腎臓……?イメージが湧かないや。
「酒のアテは鮭!ってな!!がははっ!!」
紗良さんのオヤジギャグは桜太夫のネタくらいつまらない。
「じゃあ僕が……一陽です。高校2年生の17歳です。事務所主催のオーディションで合格してお誘い頂きました。皆さんよろしくお願いします」
「……」「……」「……」「……」「……」「……」
「……あれ?リアクションが薄いな…」
「なんかおもろい事言わんと、これ、撮られとんやで!?」
流石元芸人(デビュー前)、人に見られてる事を意識した発言だった。
そしてリアクションが無かった陽さんの自己紹介に控えめな拍手が差し込まれる。俯いたタイガーマスクちゃんが小さな手をパチパチ打ち鳴らしてた。
可愛いなぁ……
「あかんわ…こないな撮れ高ない動画ネットに流せんで!?ウチが自己紹介の手本見せたるわ!!」
一体その自信はどこから来るんだろう…?桜太夫が立ち上がる。
「元吉原新喜劇のお笑い芸人、桜太夫や!!これ…日の丸のフェイスシール貼っとるけど…実はウチ、産まれも育ちもオランダやねん!!」
「……」「……」「……」「……」「……」「……」
「いや、コテコテの関西弁やないかーいっ!ってツッコまんかい!!オランダにウチは居らんだ!!…なんつって!!」
……地獄のような沈黙だったよ。
「……あんたら、芸能人になる言う自覚あるんかい!?」
「私はまだ現役のつもりだけど…あなたこそ、本当に元芸人さん?」
「それどない意味やねん!!」
「……じゃあ、次はあなたね」
万理華さんに指名され、凄惨な事故現場のような自己紹介の後に私の番が来ちゃった…
でも……確かにこれ、今のところ何も面白くもない映像だよな。
なんか全体的に空気感重たいし…
これが新ユニットです!ってY〇uTubeに流れても…
ここはひとつ、私が盛り上げておこうか。
私の後は最後、琴音ちゃんだし。桜太夫のようなおぞましい置き土産を残すわけにはいかない。
「……天鬼りあ、16歳。声が綺麗とよく言われるのと…モノマネが得意です。なので、モノマネ、やります」
「いーじゃんいーじゃんっ」
一人テンションが上がってる紗良さんの歓声を受けながら……渾身のやつを。
「あぁぁぁ〜〜……っ…この部屋…キンッキンに冷えてやがるっ!!」
「……」「……」「……」「……」「……」「……」
「…………あの…さっきまでエアコンついてなくて凄く暑かったから…ほら、今涼しいじゃないですか?…その気持ちを…実写版カイジの藤原竜也さんのモノマネで……」
「……」「……」「……」「……」「……」「……」
「……あははは」
涼しいんだよ。業務用のエアコンの圧倒的な冷却機能で息苦しく籠った熱気が冷やされて、今は肌寒いくらい涼しいんだよ…
涼しいのは滑ったせいじゃないんだよ。




