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第79話 おかえり

「星熊ぁ…とうとう管理人から出てってくれって言われたぞ」

「ご苦労様です」

「ご苦労様ですじゃねぇーよ。事務所まで失ったら私達どーすんだ」

「社長、ここにあったケトルは?」

「今日差し押さえられたわ」

「あれ、私の私物なんですけど」


 POPプロダクション存続の危機です。

 いや、今日までもったのが奇跡なんですけど…


 私のケトルは差し押さえられたのに無事な社長の電子タバコを睨みつけます。


「社長、葉巻は?」

「もう買えねーよ」


 社長もいよいよ崖っぷちという事ですね…

 いや、もしかしたら未成年にしか見えない見た目のせいでとうとう販売拒否されただけかも…


「どーよ、『FOOLS』は?」

「頑張ってはいます」

「ライブには間に合うの?」

「さぁ…」

「オリジナル曲の個人レーベルの手続きは?」

「さぁ?」

「それはお前の仕事だろーが(怒)」

「社長、私コンビニのバイト始めまして……」

「なんで?」

「食っていけないからです」

「うち、副業禁止なんだけど?」

「給料払ってから言ってもらえます?」

「そんな事より星熊よ……」


 そんな事?唯一の従業員の給料未払いをそんな事と断じるほどの要件がこの世にあるというのですか……?


「『ママと撫子』ってアイドルグループ知ってる?」

「知ってるも何もうちのタレントでしょう…」

「なんかやめるとか言い出した」


 社長がスマホで『ママと撫子』のY〇uTudeチャンネル出してきたけど、この女がスマホを持ってる事への怒りが勝ってそれどころじゃありません。

『ママと撫子』のチャンネルには『FOOLS』のコラボ動画の後に一本の動画が投稿されてました。


『ファンの皆様へ』と題された動画の内容はまぁ…観なくても想像はつきました。


 ……そーいえば天鬼さんがそんな事言ってましたね……


「これ、つまりどうこと?」


 社長の頭には脳という器官が入ってないらしいですね。


「引退という事ですね」

「うん」

「『FOOLS』はまだデビューしてないので…これでうちの所属タレントはゼロになったという事ですね」

「は?」

「これで収入源ゼロです」

「……ダメじゃん」


 そうなんですよ。ダメなんですよ。


「ふざけんなよ星熊…」

「なので、なんとしても『FOOLS』をデビューさせなければいけません」

「大丈夫なんだろうな星熊」

「…実は問題が」

「え?」

「メンバーの親御さんから連絡がありまして……」


 *********************


 ……女の子が二人でトイレで股間を弄《まさぐ》る状況ってどーいうのが考えられるかな…?


「りあちゃん。これ、りあだよねぇ」


 学校でのお昼休みにAさんがスマホを見せつけてきた。



 謎の美少女集団が路上でお笑いライブ!!



 バスってる…


 ネット記事をぼんやり見ながら思った。でも私はそれどころじゃなっかった。


「天鬼…結局お笑い芸人になんの?」


 Hさんが心配そうなというか呆れてるような顔してた。


「てかさー」


 Hさんを押しのけて詰めてくるAさんが記事をスクロールしながら…


「これ『ぽいずんちゃん』だよねぇ?」


 Aさんの問いかけに引っ張られるように記事に目を向けたら、そこにはマスクを脱いだ琴音ちゃんがばっちり映ってた。


 まぁ…そりゃ映ってるよね。


 琴音ちゃんはこの記事見たのかな…?


 というか誰が撮ってたのかな。全然気付かなかった…

 なんて、ぼんやり記事を見てたら……



 これを受け現在休止中の『ぽいずんちゃん』のSNSアカウントには多数のDMが…………


 どうやら『ぽいずんちゃん』のアカウントはまだ残ってるらしい。


 ……大丈夫かな。


 ……どうあれ、私達は確実に動き出してる…

 文字になった現実に、少し不安が芽生えた。


 *********************


 学校からそのままレッスン室に直行したら私が一番乗りだったみたいだ。

 着替えを終えてみんなが来るまで、床に寝っ転がってスマホを開いてみた。学校で見たネット記事がどうしても気になる。


 少し迷ってからSNSで『ぽいずんちゃん』の名前で検索してみた。


 Y〇uTuber『ぽいずんちゃん』のアカウントは二年前から投稿は途絶えてたけど、アカウント自体はそのまま残ってる。

『ぽいずんちゃん』というキーワードでの投稿は結構な数に登ってた。



 ぽいずんちゃんが路上でお笑いライブしてた


 画像付きで投稿されてる投稿にはマスクを脱ぎ去った琴音ちゃんの姿…ほんとにいつ撮られてたんだろ。

 よく見たら画像は道路を挟んだ向こう側からの写真だ。私の視界に収まってた外からも視線は集まってたんだなって思った。


 ……もちろん私の顔も写ってる。


「…いや、今は『ぽいずんちゃん』だ」



 ぽいずんちゃん生きてたんだ


 これなんかのイベントなのかな?


 アイドルグループとか言ってた気がする


 一緒にいるのTHREEPIECEの万理華だよね?ぽいずんちゃんアイドルになったの?


 THREEPIECEってなに?


 Y〇uTubeは?


 POPプロダクションとかいうアイドル事務所の公式チャンネルにも映ってる。FOOLSってアイドルグループらしい


『ぽいずんちゃん』に関する投稿の多くは突然表舞台に戻ってきた琴音ちゃんへの驚きと関心に関するものが多かった。

 そのままスクロールしていく…


 そこで私の指は止まった。



 こいつ炎上してたヤツよな?



 否定的なニュアンスを含む投稿。自分の事を書かれてる訳じゃないのに心臓がキュって締まった。

 それ以上画面をスクロールするのが怖くなったけど、親指に力を込める。



 どの面下げてアイドル?


 誰も応援しないでしょ


 全く懲りてなくて草


 さいたまシスターズはずっと観てたけどコイツだけは最初から好きじゃなかった。こいつがアイドルとか始めても誰も応援しないでしょ


 自分をまだ人気者だと勘違いしてるのがイタイ


 不愉快


 さいたまシスターズに関して公式から活動休止後の発表もないし、本人もろくな謝罪もなし。逃げたとしか思えない状況。ファンを裏切って責任も取らないまま次の活動に移行するのははっきり言って無責任としか思えない行為ですね。ちょっとないなと思いました


 またメンバー殴ったりしてな



 ……そこに書かれてたのは痛烈な世間からの反応だった。

 琴音ちゃんが攻撃されてる。

 その事実が現実感なくて、だけど、現実的な痛みを伴って私に突き刺さってる。


 ……私が傷ついても仕方ない。


 そう割り切れないくらいには琴音ちゃんの事が好きな私には、ショックだった。

 けど、考えるまでもなく当たり前の事なのかもしれない。


 世の中とはこういうものなのだ。


 二年経ったって許されないものは許されない。

『さいたまシスターズ』というY〇uTuberグループが炎上からの自然消滅って形で消えたのも問題なのかもしれない。


 ……いや、許すとか許さないとか、そういう問題でもないのか。


 この人達の中の何人が、本気で琴音ちゃんに裏切られたと感じて、攻撃してるんだろう。


 画面いっぱいの文字の羅列には芸能界《このせかい》の怖さと、そこで生きていく恐ろしさが詰まってるように感じた。

 同時に、私が琴音ちゃんと出会わないで、ただの元『さいたまシスターズ』の視聴者という立場だったら、琴音ちゃんのアイドルデビューをどう思うんだろう……そんな事を考えた。


 考えて、少し怖くなった。


 目の前のこの光景は決して異常な事態じゃないんだ。冷たい「当たり前」がそこに横たわってるだけ……


 スマホの電源を落とそうとした時、視界の端にひとつの投稿が目に留まる。

 長文で琴音ちゃんを責め立てる投稿の中でそれはたった数文字、埋もれてしまいそうな投稿だったけど…



 おかえり



 それは確かにそこにあった。

 失望や悪意の中に確かにそこにある温かさだった。


 その一文を見た瞬間、喉に何かが詰まったような息苦しさが少し解消された気がする。


「…………琴音ちゃん、大丈夫だよ」


 君の事を待っててくれた人も居るよ。


 しばらくその投稿を見つめた後に、その投稿をスクショした。


「……あれ?」


 その人のアイコンを見て、スマホを閉じようとした手がまた止まる。

 アカウントに表示されたアイコンを反射的にタップする。

 その人のアカウントのページに飛んだ。



 荻窪《おぎくぼ》はぁと

 ヤッテ・ランネー・プロダクション所属アイドルグループ『TRY AGAIN』青担当♡


「…………『TRY AGAIN』」

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