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第75話 万理華さんを日本一のアイドルグループのリーダーにしてあげたい

「アイドルだけはやめなさいってずっと言われてたの」


 歌を歌うっていう本来の目的の果たされないカラオケルームで、夏祭万理華の声がマイクを通して響いてく…

 ため息にも似た吐息の混じる万理華さんの声を、私は聞いていた。


「お母さんからね…」

「……」


 私は合いの手を挟まないで耳を傾ける。


「…それでもアイドルになる事を選んで、私はこの世界に来たの。だから私はお母さんを認めさせるくらいのアイドルにならないといけない」

「……訊いていい?」

「どうぞ」

「アイドルになりたい事自体は、万理華さんの純粋な気持ち?」

「……お母さんもアイドルだったの」


 この告白はさして以外でもなかったよ。

 話にお母さんって単語が出てきた時点で何となくそんな気はしてた。


 次の曲が入るのを愚直に待ったまま沈黙するモニターを意味もなく一瞥してから万理華さんは続ける。


「お母さんに憧れてアイドルになった」

「そっか」

「ただ、お母さんはまだ認めてくれてない。で、『THREEPEACE』が解散した時、とうとう言われたのよ。「年内に復帰できなかったら実家に帰ってこい」って…」

「…そっかぁ……」


 まぁ……ありがちな話だ。


 これで話はおしまいって意味なのか、マイクを置いて万理華さんは座った。


「だから焦ってたんだね…」

「別に焦って…るわね。うん。みんなを私の都合に巻き込んでることに関しては、申し訳なく思う…」

「いいんじゃないかな…なんたってリーダーだしね」


 俯く万理華さんは私の一言に顔を上げた。


「じゃあ…納得してくれるの?」

「別に最初から不満だって言ってる訳じゃないよぉ」

「…ありがとう」


 随分純粋なありがとうだなぁ。


「万理華さん、これ、みんなに話していい?」

「…じゃああんたの動機も話すね?」

「やっぱり二人だけの秘密にしようかっ!!」

「……冗談よ。必要なら話しなさい」


 固い表情が少し緩んだ。

 やっぱり万理華さんには優しい顔をしててほしいな。


「……でも現実問題、サーッキトフェスに間に合うと思う?」

「……」


 いけない。また難しい顔になっちゃった。


「……やっぱり、諦めるべきなのかしらね…」


 零れ落ちたのは万理華さんの口から出たとは思えない一言。


「そんな事言っちゃだめだよ」


 リーダーの口からは聞きたくない一言を私は拒絶する。

 万理華さんが居ないと私達はアイドルになれない。


「なんとかしよう。みんなで。ほかならぬリーダーの我儘だからね」

「……なんか…あんたに言われると安心できる」


 万理華さんが正統派美少女みたいに微笑んだ。


 ……果たして何とかなるのか…

 それは万理華さんも思ってる事だ。口ではなんと言っても、2ヶ月後で一曲完成と練習というハードスケジュールはのしかかってくる…


 今はこの空気を変えたい。


「万理華さんのお母さんってどんなアイドルだったの?」

「気になる?聞いたら驚くわよ」


 おぉ…有名な人なのか。


「『TRY』のマリサよ」


 ……

 万理華さんのドヤ顔は「すごいだろ」と「驚け」って期待のリアクション待ち…

 アイドル詳しくないけど知ってるかなぁ…なんて思ったけど…


「…へ、へぇー……」

「噓でしょっ!?知らないのっ!?国民的って言っていいくらいなんけど!?」

「ごめん私アイドル『本気坂48』くらいしか知らないや……」

「……『TRY AGAIN』もよく知らないくらいだもんね…あんた……」


 そんな……ドン引きする事なくない?


 万理華さんに促されてスマホで調べる。

「えぇ?20年前のグループじゃんっ!?知らないよぉ!!」

「どっかで名前くらい聞いた事あんでしょ」

「……ない」

「嘘でしょ……」


 万理華さん大袈裟なんだよ…って思ったけど、確かにすごい人気だったみたいだ。


 アイドル業界の転換期とも呼べる時代に一時代を築いたアイドルグループみたいだ。

 確かに…知ってる曲があった…

 紅白出場、CD総売り上げ6,000枚以上…これがすごいのかよく分かんないけど、日本一のアイドルグループだって紹介してるサイトもあった。

 メンバーは三人。

 その不動のセンターだったのが、マリサ。万理華さんのお母さん。


 ……え?万理華さんってすごい人なのでは?


 隣でドヤ顔してる万理華さんかわいい。偉大な母を持つ者の矜持を感じる…


「すごいでしょ?」

「うん。お母さんがね?君じゃないよ?」

「…なんでそんな事言うの……」


 ……で。

 画面をスクロールする指がその見出しで止まる。



『TRY』マリサ 妊娠と引退発表。グループも解散



「……そっか。万理華さんを授かって引退したんだ」


 どこぞの三十路系人妻子持ちアイドルとは大違いだね。潔いいね。


「……私の父親、誰か分かんないの」

「……えっ!?」


 突然のカミングアウトに思わず変な声出た。


「まさか……処女受胎…」

「なわけ」

「じゃあ…そ、想像妊娠……?」

「相手いるわっ!!分かんないの!!居ないんじゃなくてっ!!」


 サイトの記事によるとマリサは突然妊娠を発表、詳細も語らないまま引退したんだって。マリサの引退はそのまま『TRY』の終焉を告げる告知になってしまった。

 予定してた全国ツアーも中止。

 説明もない突然の引退にファンは困惑し、怒った。


 これだけ人気だったんなら大変な事になっただろうな…


 公式からなんの発表もなかったからか様々な憶測が飛び交ったみたい。

 主に妊娠させた相手について。

 俳優の誰だとか、どこそこの社長だとか、政治家の誰とか…

 憶測でひどい事を書いてる記事もあった。

 万理華さんの前でこれ以上それを読むべきじゃないって思ったから、スマホを置く。


 万理華さんは大昔の話をするみたいに「驚いた?」って訊いた。


「……お母さんも相手が誰か分からないの?」


 訊いた直後に後悔。これは私が踏み込んでいい話なのか…

 でも万理華さんは何も気にしてない様子で笑った。

 面白い話じゃないはずだ…自分の父親の事だもん。万理華さんの微笑みが強がりなのか気づかいなのか本心なのか私にはちょっと判断がつかないや。


「多分探そうと思えば…でもお母さんはそうしなかったのよね…」


 どうして…その問いかけをすんでで飲み込む。答えは想像がついた。あんまり考えたくないけど…


 父親が誰か分からない状況での妊娠って多分そういう事だ。マリサはトップアイドル。自分からそんな状況に近づくものか。


「お母さんは不特定多数に乱暴された」


 聞きたくはなかったけど、万理華さんが私に語る以上耳を塞ぐわけにはいかない。

 万理華さんの事を知りたいって願ったのは私。


「多分商売敵からの攻撃よね。『TRY』はそれくらい売れすぎてた…芸能界ってそういうところ」


 他人事として見聞きしてた芸能人の不祥事のニュースが頭を過る。でも…そんなかわいいものじゃない。悪質すぎるし、当事者が目の前にいる。


「お母さんは諦めた。報復もアイドルも……で、私が産まれたってわけ」


 ……そんな軽い調子で言われても…なんて返したらいいか分かんないよ…


「……私はお母さんが望んで産んだ子じゃないの」


 咄嗟に否定しようとしたけど言葉が出てこなかった。

 でも黙ってるわけにはいかない。


「産んでくれたんだよ?そんなわけない」


 一面識もないマリサの気持ちを私が語ったところでなんの説得力もない。万理華さんも、そんな悲しい事言っときながら平然としてる。


 その一言を平然と言えるようになる……ううん。言えるようになっちゃうまでにどれくらいの痛みが万理華さんを襲ったんだろう。


 想像しかできない自分が嫌だった。


「まぁ……そんな娘がアイドルとか言い出したら怒るのも当然ね」

「……自分がそんな目に遭ったなら、反対するのは当たり前だよ」


 万理華さんは優しい表情をしてる。


「りあ、ありがとね…りあは優しいわね」

「辛い事訊いてごめん」

「別に辛くないわよ。アイドルの事以外は関係も良好だしね。紗良なんかの方がよっぽどよ」


 表情が沈んでいくのを無理矢理止めた。

 万理華さんがこう言ってる以上私が一方的に同情するのは、万理華さんへの侮辱だ。

 万理華さんも、お母さんも強い人なんだ。


「……これだけ訊いていい?万理華さん」

「ん?」

「それでも万理華さんはアイドルに拘るの?」


 私の問いにしばらく考えて、万理華さんは言った。


「お母さんの昔のライブ映像を見た時、すごくドキドキしてね……」

「……」

「お母さんみたいになりたいって思ったの」


 部屋の内線が鳴った。時間みたい。


 私の質問に答えてくれた万理華さんの顔は…今日一番素敵だった。

 万理華さんはアイドルに誰よりも真っ直ぐだ。


 万理華さんを日本一のアイドルグループのリーダーにしてあげたい。

 そう思った。

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