第74話 なので百合で尊死は諦めてください
…万理華さん。
差し出されたマイクを受け取って私は立ち上がった。
このマイクは受け取らないといけない。
立ち上がった万理華さんが私を見つめてる。逆光で影になる瞳だけが光を湛えて、天鬼りあの言葉を待ってる。
「万理華さん……」
「ん?」
「ひとつだけ…お願いがあります…」
「なに?」
「…これから……万理華“ちゃん”って呼ばせて…」
「なにそのしょーもないお願い…」
「だって…はーちゃんとかちゃん呼びじゃん」
「……だめ」
「えぇ!?」
「早くしなさいよ…」
ふぐみたいに膨れながら、密かに覚悟を固める。
私がアイドルを目指す理由…それを告白するのはつまり、私の性癖の暴露に他ならない…
もしかしたらドン引きされるかも…
……でも。
万理華さんが歩み寄ってくれたんだ…
覚悟を決めるのよ、天鬼りあっ!!
「……万理華さん」
「…そ、相当深刻な事情があるのね…」
「どうしてそう思うの?」
「深刻な顔してるから…」
「……そ、そんなに期待値上げられても……(汗)」
「いや別に期待はしてない」
空気を吸い込む音をマイクが拾う。
「万理華さん」
「もったいぶるわね!なに!?」
「……万理華さんは…恋愛するなら男の子と女の子、どっち?」
「……話す気がないならもう帰りましょうか…いい時間だし」
「大事なことなの!!」
「なんでそれが大事なのよ……」
私の企み(メンバーをカップルとしてくっ付ける)がバレた後も万理華さんがみんなと……
「ご~、よん~」
「あぁっ!?なにそのカウント!!」
「さ~ん」
「ちょっと…っ!」
「りあ」
静かだけど、お腹にズシンって響く声がした。
「どんな話でも私は受け入れるから……」
「…っ」
「リーダーだからね」
万理華さん…いや、姐御…
「はい、に~」
「……っ!…わっ、私がアイドルを目指す理由はっ!!みんなの百合が見たいからですっ!!」
……モニターの明かりだけの薄暗いカラオケルームにマイク越しの告白が炸裂。
あぁ…
中学の時告白してくれたバレー部の三島君…あなたはこんな気持ちだったんだね…
沈黙。
たった今漢気を炸裂させた万理華さんは、マイク片手に立つ私をしばらく感情のない顔で見つめて……
「……えっと」
ようやく口を開く。
「……ごめんなんか思ってたんと違った。百合ってなに?」
「だから…女の子同士で…恋したり…」
「あぁ…花の百合じゃなくてね…?」
「うん」
「……で、百合を見るってなに?」
「だから…みんなに百合してもらって……」
「……みんなって?」
「みんな。『FOOLS』の」
「……私達がするの?あんたじゃなくて?」
「うん」
「見てどーすんの?」
「尊死する」
「尊死ってなに?」
「てぇてぇを見て…尊い気持ちになって…」
「てぇてぇ?」
「尊い関係の事」
「……私達が百合を…する?って事は……例えば私とあんたが恋人……」
「違う。私は関係ない。見てるだけ」
「……」
「私は興味ないの。女の子と恋愛したいんじゃなくて、女の子が恋愛とかしてるのを見たいの」
「……」
「だからかわいい女の子がいっぱい居るアイドル業界に来たの」
「……私達に恋愛しろって?」
「厳密には恋愛関係だけが百合じゃないけど…私が求めてるのは主にそういうのです」
「……いや、私達の意思は?」
「……?」
「私達がそーいう関係になるとは限らないじゃん」
「大丈夫。させる」
「大丈夫!?」
「今まで三組の百合カップルを誕生させてきたもん。みんな最初は男の子が好きだったよ」
「……」
「だから大丈夫」
「いや大丈夫じゃないんだけど!?」
「改めて訊くね?万理華さんは…男の子と女の子、どっちが好き?」
「…恋愛対象なら…男」
「大丈夫。万理華さんも女の子が好きになるよ」
「…………いや」
天鬼りあ、今までこの人生の目的を誰かに語ったことなんてない。
万理華さんが初めてだ。
なんでも受け入れるって言ってくれた万理華さん…
その答えは……
「いや……あんたなにしに来たの!?」
「百合を見に来たんだよ!!」
********************
「りあ。アイドルっいう職業をどう考えてるの?」
「なんだか最近は楽しいなって…」
「大変な仕事なのよ?」
「うん」
「後悔しない?そんな動機で…」
そんな動機とは失礼だな。
「私真剣だもん」
「真剣に舐めてるって事?」
「私の人生、この為にあるの」
「いいの!?そんな人生で!?」
未確認生物でも見るみたいな目で私を見てくる万理華さんを牽制する眼差しを返す。
これ以上はたとえ万理華さんでも許さないよ?
「人の夢を笑わないで」
「(自分の性癖に他人を巻き込まないで)…ごめん」
「……大丈夫だよ、万理華さん」
マイクを置いて、喉から鳴る声がそのまま部屋に流れ出す。マイクを通すのと通さないのとだと少し声が違って聴こえる。
「私、アイドルに興味なかったけど…」
「……」
「今は楽しいんだ。私は…」
「……」
「アイドルになりたいんだと思う」
今まで誰にも打ち明けてこなった性癖を打ち明けたのは、万理華さんだからだよ。
だからこの言葉も信じてほしい。
…そんな事願うまでもなく、万理華さんの目に疑念の感情なんてない。
むしろあるのはドン引きとしか形容できない顔。
「……今私、失礼な顔してる」
「うん万理華さん。すごく失礼だよ」
「多分あんたがASMRで悶える私を見る目と同じね」
「万理華さんがイってる顔かわいいからそんな顔しないよぉ」
「……自分は百合しないって言ったわよね?」
「言った」
「じゃあ…あのセクハラの嵐は…」
「人をせいちゃんみたいに言わないでよ…私はねぇ…根本的にかわいい女の子が好きなんだよ」
「……」
なに?そのもうなにも言うまいって顔。
盛大な、台風並みのため息と一緒に万理華さんが頭を振った。風に乗って踊る妖精みたいに赤毛のツインテールが頭の動きに追従する。
「……あんたの目的を叶えるには『FOLLS』には大きな問題があるわ」
「えっ?」
また万理華さんが不穏な事言い出した…
「どういう事?」
「それを今話す気はないわ」
「ずるいっ!?私は話したのに自分は隠し事なんて…っ!」
「私の問題じゃないから話さない。私がリーダーとして考えてる事」
そういうのも全部ひっくるめて教えてほしんだが?
「なので百合で尊死は諦めてください」
「やだ」
「純粋な気持ちでアイドルがんばってね?」
「それだけじゃマスターベーション保てない」
「モチベーションでしょ!!もう完全にそっち路線なのね!?キャラ崩壊よキャラ崩壊!!」
それはね?万理華さん…君の性癖(ASMR)のせいだよ?君が私を変えたんだよ?
…的な眼差しをじーって送ってる私の前で「よし」って万理華さんがマイクを握った。
「歌うの?」
「違うわよ。約束だから…私も話す」
私の中に緊張が走る。
無駄にエコーがかかった万理華さんの声が少し固い。楽しく歌ってた時の跳ねていくような声音とリズムは鉛を飲み込んだみたいに重い。
その声を受けて…
「…これでしょうもない話だったらこのカラオケ、万理華さんの奢りね?」
「あんたよりしょーもない奴いないわっ!!」




