第73話 あんたがそれ、教えてくれるなら、私も話すよ
イントロだけが二人の間に流れてる。
万理華さんはマイクを握ったままじっと私を見つめてた。
この反応でやっぱり、万理華さんにも何か事情があるって確信を得た。それはごく個人的な事だと思う。
「……りあは…」
マイクを通して万理華さんの声が部屋中に響く。曲はBメロに入った。万理華さんの背後のモニターが歌詞を淡々と流してる。モニターを背にした万理華さんの姿は逆光によって影が差して、薄暗い室内で威圧感を放ってた。
「……そんなに納得いかないの?」
最初に言いかけた事を呑み込む様子を見せて、ため息と一緒にマイクがテーブルに置かれた。
隣に腰を下ろした万理華さんの横顔がモニターの光に照らされて、威圧感が消えた。
確かに……万理華さんからしたら理由を説明してるのに食い下がってくる私の態度には疑問符も浮かぶのかもしれない。
「私の気のせいなのかもしれないけど…なんかさ……別に不満っていうか…」
「まぁたしかにみんなに負担を強いてるとは思ってるわ」
テーブルに置かれたジュースのグラスに付いた水滴を指で拭いながら万理華さんは続ける。
「でも……私はみんなをアイドルにしてあげたいのよ」
これは直感だけど……その言葉の奥には別の思惑が隠れてる気がする。
「私は……か」
「なに?」
「紗良ちゃんもせいちゃんもアイドルとしては上の年齢かもしれないけど…それでも焦って準備不足でデビューして上手くいかない方が回り道な気がするし、『ママと撫子』ともそんなに仲良いわけじゃないんだよね?万理華さんは合宿中、レッスンのペースが早い事にみんなが文句言った時、ちゃんと聞き入れて休日も作ってくれた。万理華さんはちゃんとそういう事考えられる人だ」
「……」
「でも今は急いでる。焦ってるように見えるんだよね」
「納得いかない理由はそれ?」
「なにか個人的な理由があるのかなって……」
弄んだグラスを持って一口飲んだ万理華さんがこっちを向いた。
「前に言った事……覚えてる?」
「……?」
「人には色んな事情があるんだから、安易に踏み込んじゃダメよって……」
万理華さんの目にあるのは拒絶の色だ。
そこまで言われちゃったらもう、それ以上踏み込めない。
しょぼんとする私の肩を万理華さんはそっと抱いてくれた。
……え?
「ごめん。責めてるわけじゃないの」
「いいいいきなりそんな……ダメだよ万理華さんっ///こんなところで……っ!!」
「あんたの頭の中それしかないの?」
「万理華さんが強引なんだよ……///」
「ただのスキンシップよ」
「嘘だ……私の事狙ってるんでしょ?おかしいと思ってたんだ……部屋にあげたりセクシーな寝巻き着てたり……やっぱり……っ」
「張り倒すわよ?」
「ごめん。わたし万理華さんの気持ちには応えられないよ……」
「なんでフラれてんのよ私」
万理華さんに突き放されちゃった。
「別にそんな深刻な問題抱えてないから安心なさい。私は別に……焦ってないし、早くアイドル活動に戻りたいだけだし、それにみんなの事……考えてるつもりだから」
「でも……いいよ。私を抱いて秘密を喋ってくれるなら……///」
「終わりって言ったわよね?(怒)」
「勘違いしないでよね?私だって別に万理華さんに抱かれたいわけじゃないんだからぁ。誰が万理華さんなんかに……」
「ねぇ、こちとら警備員に捕まって絞られて気持ちよく歌ってたらあんたに邪魔もされて鬱憤溜まってんのよ。いい加減爆発していい?」
「搾られた……?乳を……?」
「あんたはさ!スケベキャラでいくの?それで決定したの?後悔しない?」
……まぁ、しょうがないか。
他人の中に無理矢理踏み込んでいくのはその人の心に対する暴力だ。
「分かったよもう訊かない。ごめんね」
「別に謝らなくてもいいわよ。てか…あんたが謝らなきゃいけないのは往来で私に卑猥な声を出させた事に関してよ」
「琴音ちゃんと紗良ちゃんの事もあったし……少し心配なんだよ。それに万理華さんはずっと頑張って、疲れてるみたいだから」
「りあ……」
「せいちゃんも心配だけど、万理華さんも無理してないか心配なんだ」
「……」
私の告白に万理華さんはなにか考えるように目を伏せた。
「万理華さん。私のASMR、癒しになってる?」
「なっ………………てる…ありがと」
「何時でも囁くよ。だから……えっちな万理華さん見せてね?」
「もう確定だわ。あんたは星羅に並ぶドスケベキャラだわ。異論認めないから」
捲し立てて立ち上がった万理華さんがまたモニターをバッグに私を見下ろす。手に取ったマイクが照明を受けて鈍く光ってた。
入れた曲はとっくに終わって、私達の声と、外から扉を貫通してくるくぐもった誰かの声だけが部屋の中に染み渡る。
「……りあ」
逆光で顔が見えない万理華さんが私を呼んだ。
「……いいよ」
「いいよじゃないのよ。やめて!今ASMR要らないから!違うっ!!」
じゃあなにさ。
「……りあは、どうしてアイドルになろうと思ったの?」
途切れた歌唱を点数で評価する無機質な画面の前で万理華さんは問いかけた。
それはたった今、踏み込むなって拒絶した自分の言動に対する大きな矛盾のように思えたけど…
「前に話した気がするけど……」
「お父さんの遺言?」
受け止めて答えた私に万理華さんは確認する。
……そんな事言ったんだっけ?覚えてないや。やべ。
「あー……そうそう……パパの遺言」
「その反応で嘘だって確信したわ私」
「嘘じゃないよぉ?」
「嘘よ。分かってた。それくらい分かるんだから」
「万理華さんは私の心読めるの?私達…そんな深い所まで繋がっちゃったんだ……」
「いちいち気持ち悪…………りあの方こそ私に気があるんじゃないの?」
「失礼な」
「失礼なってどー言う意味よ」
ブスくれる万理華さんは私を見下ろしたまま、手の中のマイクを突き出した。
「ほんとはどうして目指したの?嘘ついて誤魔化すくらいなんだから……あんたの方こそ、大層な理由があるんじゃないの?」
「……」
「分かってるわ。自分が今言った事と矛盾してる事訊いてるのは……ただ……」
こめかみをかく万理華さんはバツが悪そうに呟いた。
「ただ……なんでかな。あんたの声にこう…言い寄られると……秘密も何も吐き出したくなるのよね」
「……言い寄ってないけど…(汗)」
「言葉のあやよ!!」
なんというか……流石リーダーだな。私が咄嗟に誤魔化したの、みんなも気づいてるのかな…?
私がみんなの事百合素材として見てる事…
私がみんなの事邪な目で見てる事!!
私がみんなの出た後のトイレで匂いを嗅いでる事!!
私が脱衣所でこっそりみんなの下着を入れ替えて妄想して遊んでた事!!
私が…………
「あんたがそれ、教えてくれるなら、私も話すよ」
マイクが向けられたまま選択を迫られた。
「リーダーとして、知っておきたい…あんたの事」
万理華さんはそう言って、自分の方から歩み寄って来てくれた……




