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第71話 こーいうのはお巡りさんが出てくるまではセーフだって

「なに?」

「アイドル?だって」

「知ってる?」「知らない」

「でも可愛いじゃん…」

「声きれー……」「ねっ。なんかびっくりした…」



 路上ライブスペースで突然話しかけてくる謎の集団を前に、足を止めてた通行人達は困惑と興味の眼差しをぶつけてきてる。


 私の声を皮切りにその視線は、バラバラに向いてた視線はひとつの目標に向かって束になって突き刺さる。


 アイドルとして名乗った。

 私……天鬼りあの新しい人生のスタートが切られたんだ。



「ねぇ、なんでへんなのかぶってるのぉ?」


 無言の視線の中に割り込んできたのはお母さんに手を繋がれた女の子。彼女の純粋でつぶらな眼が真っ直ぐに私の隣…そう、琴音ちゃんを見つめてた。


「あはは、変なのだって」


 すかさずはーちゃんがその言葉を拾った。


「恥ずかしがり屋さんなんだ。でも、お顔見たいよね?」


 はーちゃんのMCがお客さんを巻き込んだ。手を引いて離れようとするお母さんに抵抗するようにその場に踏ん張った女の子が「みたい!」って声を張り上げる。


 その声に反応した。


 琴音ちゃんの体が小さく震えた。

 琴音ちゃんの手が離れて…マスクに手をかけた。


 女の子の眼差しを受けて、鏑木琴音は自分を覆い隠すそのマスクを脱いだ。


 私もはーちゃんも万理華さんも、その姿をじっと見つめてた。


 上にすっぽ抜けたマスクに引っ張られたひまわり色の髪の毛が陽光を浴びてキラキラ輝きながら宙を踊り、琴音ちゃんの白くて小さな顔に被さっていく。

 丸い双眸に覚悟と不安を携えてえて、琴音ちゃんがマスクを介さないで、外の世界と向き合ったんだ。


「……っ」


 万理華さんがすかさず何か言おうとした。

 けどそれより琴音ちゃんが空気を吸い込むのが早かった。

 小さな唇の隙間から息が吸われる音がして、小さな胸いっぱいに空気が溜まる。それがそのまま声帯を震わせた。


「『FOOLS』の鏑木琴音…ですっ!!み…みんなっ!!ただいまっっ!!」



 ぎゅって目と両手を固めて張り上げた声は興味本位に立ち止まってた観客の小さなざわめきをかき消した。


 一瞬の沈黙。

 私の胸に熱いものが込み上げてきた。

 今、その小さな体いっぱいに力を込めて、琴音ちゃんは戦ってるんだ。戦って、勇気出して、自分の殻を破れた。



「……ただいま?」

「はじめましてじゃなくて?」

「変なの」

「え?でもかわいぃーっ」


 琴音ちゃんの爆音挨拶から数秒後、観客から声が戻りはじめる。悪くないリアクションだと思う。


 ここまででいいよね?


 視線だけで万理華さんに問いかける。

 琴音ちゃん頑張ったよ。

 とりあえず、外でマスク脱げた。挨拶できた。今日はこれで充分だ。


 無言の問いかけに万理華さんが口パクで答えた。


 ……え?秋刀魚には大根おろしでしょ?


 伝わってなかったよ。私の眼差しは「秋刀魚にはデミグラスソースだよね?」って訴えかけてるようにでも見えたのか?この人耳だけじゃなくて脳まで蕩けてんのかな?


「あなたなんでそんな気持ち悪いマスク付けてたのー?」


 琴音ちゃんの挨拶がいい感触を掴んだのか…女性の観客が琴音ちゃんに質問を投げてくれた。


「……いや…これは……」


 琴音ちゃん戸惑ってる。どう応対したらいいのか分からなくなってる。軽いパニック状態だ。


「この子恥ずかしがり屋さんなんです。マスクが無いと外歩けないんですよ」


 そこをすかさず万理華さんがフォローした。


「そうなんだー。可愛いね」

「なんでそのマスクなん?」

「それ…ホラー映画のあの…有名なやつのだよね?」

「そのマスクの方が恥ずかしくね?」


 食いついてる…いい感じ。通りかかった人達も足を止めてくれてる。


「趣味悪いんですこの子」


 万理華さんがピンヘ〇ドマスクを指して同意した。瞬間…


「いや恥ずかしくねぇわ!かっこいいだろ!」


 琴音ちゃんが条件反射でツッコんだ。

 直後にやっちゃったって顔で口を噤む。目を白黒させて、顔がみるみる青くなる。


 自分のせいで炎上した過去が、ちょっと強い口調で喋るだけで罪悪感を抱かせるくらいのトラウマになってるのかも…


 でも…これが琴音ちゃんなんだよな。


 琴音ちゃんがこれからアイドルとしてパフォーマンスをする為に…琴音ちゃんが自分に自信を持つ為に必要なものは、私達の励ましじゃない。


 この目の前の人達に、ありのままの自分が好意的に受け入れられる事だ。


 強い口調も、思わず手が出る短気さも、全部可愛らしいルックスで包み込んで、私達との掛け合いでギャグにしちゃえばいいんだよ。


 大丈夫だよ琴音ちゃん。

 私達はチームだからね。


「琴音ちゃんから見たらかっこいいもんね?琴音ちゃん、こういう顔の人がタイプなんです」


 私の声はざわめきの中でもよく通るな。私の声が放たれる時、その他の喧騒が道を開けて私の声の通り道を作ってるみたいだ。


 私の声は観客に届いて……


「いやタイプではねぇよ。居ねぇだろこんなのがタイプな女」


 琴音ちゃんがまた条件反射でツッコんだ。


「タイプというより理想だよね?こういう顔になりたいからマスク被ってるんだよね?」

「違ぇってば」


 パニックとどうしたらいいのか分からないせいでもう自制も効かない琴音ちゃん。完全にいつも紗良ちゃんにいじられてる時に見せるような自然体ではーちゃんにツッコんだ。


 お客さんは…笑ってる。


 微笑ましく私達の即興コントを見守ってる。


「すみません、この子ウケ狙ってる訳じゃなくて本気でこの…気色悪いマスクがイカすと思ってるんで…気味悪がらないであげてください」

「万理華さんやめてね!?気色悪いとか言うんじゃねぇダグ・ブラ〇ドレイに謝れ!!」


 琴音ちゃん…表情が柔らかくなってきたな。なんか…楽しそうだ。


「あはは、そろそろ僕達も自己紹介しよっか」


 場が盛り上がってきたところではーちゃんが進行する。琴音ちゃんの紹介にだいぶん尺を使った分巻いていかないとだ。


 …そういえばここの使用時間ってどれくらいなんだろう?



「じゃ、リーダーからどうぞ」

「『FOOLS』の「ちょっとすみません」


 いくらあるか分からない残り時間の心配をする私の横で割り込んできたおじさんの声。

 みんなが一斉に振り返った先に立ってたのはルールって概念を具現化したような堅苦しい制服を着た…警備員さんだった。

 後ろの商業施設の入口からさらに続々と出てくる…


 はーちゃんの目が泳いでた。

 洗練されたFOOLたる私はそそくさと広げてた機材とか看板の片付けを開始した。


「ここは当ビルの私有地です」

「……」

「ここで何されてるんですか?」

「……えっと……路上ライブ……ですけど…」


 視点が迷子な万理華さんの眼差しが氷のように冷たくはーちゃんの背中に突き刺さった。


「無許可でやられちゃ困るな」

「えっと…許可…取ってないんですか?」

「取ってないんですかって君、許可取ったの?こっちは何も聞いてないよ?」

「……陽?」


 はーちゃんは問いかけを無視して琴音ちゃんの手を引いて「どーもお騒がせしました」って言いながら逃走を開始した。


「陽!?あんたに任せてたわよね!?私!!」

「万理華ちゃん……姉さんが言ってたんだ」

「嫌よ!!聞きたくないから今あんたの姉の話なんて!!」

「ルールは破るためにあるんだよって…」

「陽!!」

「大丈夫だよ万理華ちゃん…姉さん言ってた。こーいうのはお巡りさんが出てくるまではセーフだって」


 はーちゃんダッシュ。あろう事かリーダーを置き去りに逃走を図った!

 既に片付け終わってた私も後を追います。


「「待ちなさいっ!!」」


 万理華さんと警備員さんの声が見事にハモってた。


「ごめんなさーい!次からはちゃんとしまーす!」

「はーちゃんってもしかして星羅と変わらんレベルなの!?常識人枠じゃなかったの!?」


 琴音ちゃんのツッコミだけが無断使用の路上ライブスペースに取り残されて、脱兎のように駆けていく私達の背中を万理華さんの怒号だけが追いかけた。


 …肝心の万理華さん本人は警備員さんに囲まれてたけど。

 可哀想。


「ばいばーい!おもしろいおねぇちゃんっ!!」


 小さくて無邪気な声援が私達の背中を追い風になって後押ししてくれたのを、疾走する風切り音の中で私達には確かに聞いていた。

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