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第69話 “それ”脱ごうか

 レロレロレロレロレロレロ


「くふぅっ///」


 チュロチュロチュロチュロ


「あっ……///」


 チュコチュコチュコ…


「〜〜〜///」


 チュッ…………ポンッ


「あぁっ///」


「ふぅーーーーー……」


「お゛お゛っ!!///」



「……いや、なにやってんの?(汗)」


 天鬼りあは大事な話をしてた気がする。

 路上ライブの前に万理華さんととても大事な話をしてた気がするけど、万理華さんがASMR待ちだったからその期待に応える事にしたんだ。

 前に耳舐めいける?って訊いてたからさ……耳舐めしてみたんだけど……



 往来のど真ん中でびくんびくん震えてる万理華さんをドン引きしながら見つめてる影が二つ…

 はーちゃんと琴音ちゃんだった。


 ドン引きしてた。


「……やぁ」

「いや、やぁ、じゃなくてさ……」


 もう万理華さんはダメだった。腰が砕けて使い物にならなくなってた。でもその顔には満足気な表情が浮かんでた。


 今日の路上ライブはメンバーの都合もあって参加するのは私と万理華さんとはーちゃんと琴音ちゃん、のみ。

 せいちゃんは楽曲制作で無理だし紗良ちゃんはせいちゃんの世話をしないといけないらしい。あんなに呑兵衛だったせいちゃんが今は世話してあげないとお酒はおろか水すら飲むの忘れてるんだって。


 そんなわけで……


「メンバーも揃ったし始めよっか」

「りあちゃん、聞こうと思ってたんだけどさ…万理華ちゃんとは健全な関係……なのかな?」


 いけない。はーちゃんが邪推してる。

 私は観客。君達の百合を楽しむ壁。私がみんなとどーのこうのなってるのは、よくない。関係を邪推されるのも、よくない。


「ソトデナニヤッテタンダヨ!!」


 キレキレのツッコミをねじ込んできた今日の主役……琴音ちゃんへの弁明を試みる。私はまりこともアリだと思ってるんだから……


 今日の琴音ちゃんのマスクはピンの刺さったハゲだった。

 琴音ちゃんのセンスが分からなかった。

 最初はかわいい動物のマスクだったはずなのに…ハゲにハマったのかな?いずれにしてもこのままじゃまずい。

 快楽の伝道師になっちゃった琴音ちゃんに私は歩み寄る。不気味だ……


「琴音ちゃん、今日は路上ライブだよ」

「キュウニデビューキマッタネ」

「そう。ライブだよ?分かってる?」

「……?」

「“それ”脱ごうか」


 琴音ちゃんの体が硬直した。


「……」

「琴ちゃん。このライブはね、君のマスク離れの為に企画したんだ」


 硬直した体を後ろから解きほぐすように包み込むはーちゃんが真実を告げる。

 琴音ちゃんはどういう事だ?と言わんばかりの顔(してると思う)で振り返って(ピンヘ〇ドの顔で)はーちゃんを凝視してた。


 でもすぐに私達の心配を察したらしい……


「……ソリャソッカ」

「琴音ちゃんが素顔を晒す事に抵抗があるのは分かってる」


 はーちゃんは優しく励ますように囁いた。

 私も囁きたかった。

 でも私、最近ASMRネタでしかキャラが立ってない気がするから、ここは我慢しよう。


「でも、いつかは脱がなきゃ」

「私達心配してるんだよ」


 どんどんマスクの趣味が悪くなってる事について。


「…………デモ、イキナリハ…」

「大丈夫だよ。Y〇uTube用の動画ではマスク被ってないじゃん」

「…………ドウガナラヘンシュウデキル」


 ホラー映画の恐怖のヴィランの顔から蚊の鳴くような声で零れる弱音はなんというか……すごく不気味だ。


「デモ、ヤッパリ…モシ、オキャクサンノマエデマタアバレタリシタラ…」

「……大丈夫だよ。今度はさ、僕らが居るんだから」


 琴音ちゃんのマスクは自分の気性の荒さを抑え込む為の、言わば蓋。顔を隠す事でカッとなりやすい気性の荒い自分から、普通の女の子に変身するためのまじないだ。

 でも、そんなの必要ないんだよ。


「私はあなたがそんな、凶暴な子だと思った事はないわよ」


 ここでリーダーが快楽の淵から復活。形のいい耳が私の唾液でてらてら濡れてた。えっちだ…


「マリカサン……」

「あなたは昔の炎上をまだ引きずってるみたいだけど、気にしなくていい。そんな事。たとえまた炎上しようと、あなたの事が受け入れられなかろうと、今あなたのそばに居るのはあなたをいじめてた昔の仲間じゃない…私達よ」


 万理華さんの力強い言葉が琴音ちゃんの恐ろしい顔面に染み込んでく。そこにあるのは頼もしいリーダーの姿で、ASMRでイッてた情けない面影は微塵もない。


「何があっても守るわ」

「……マリカサン…デモ…ワタシ、ミンナニメイワクヲ…」

「そんな心配ないわ……なぜなら、あなたはありのままで充分素敵だからよ」


 万理華さんの暖かい手のひらが頭を撫でようと…したけど突き刺さったピンが邪魔らしい。「ちょ……邪魔ね、このトゲトゲ」って舌打ちしてたよ。

 それはトゲじゃなくてピンなんだよ。万理華さんはヘルレイザー観たことないのかな?


「Y〇uTube時代のファンにもう一度会うんでしょ?会って、謝るんでしょ?突然居なくなってごめんなさいって。そんなふざけたマスク被って謝る態度じゃないわよ。舐めてんの?」

「急に辛辣だなぁ」


 ピンにイライラした万理華さんの厳しい一言にはーちゃんもびっくりだ。


「というわけで脱ぎなさい?」

「…………」

「脱ぐのよ」


 気づいたら路上ライブスペースの前には大勢の人達が立ち止まってた。

 ……まぁ、目の前で女の子が耳舐められながら悶絶してそこにぶっ飛んだマスク被った不審者が登場したら、何事かとはなるよね?


「……ウン」


 琴音ちゃんが意を決して頷いた。

 ただ、やっぱり勇気はいるだろう。

 過去にネットで炎上したY〇uTuberだ。素顔を再び衆目の前に晒すのは、並大抵の勇気じゃ足りない。


 私は琴音ちゃんの隣に立ってそっと手を握った。

 小さな手はびっくりするほど熱くなってた。



 ……この感じ。


 一体何が起こってるんだって、疑問と好奇心の眼差しが突き刺さってる。

 視線の数は十数人。

 あのガラガラのお笑いライブ会場よりずっと多い。


 緊張が鼓動を早くする。体の内側から胸を叩くみたいに上昇する心臓の動き。血の流れが早くなって体温が上昇する。


 琴音ちゃんの方が怖い。私が緊張してたらダメだ。


 言い聞かせるように心の中で唱えてから……気づく。


 今からこの人達の前で歌う。

 その瞬間私達の存在は世間に周知される。


 このドキドキは緊張じゃないかもしれない……



「みなさん、こんにちはっ」



 自分の中で昂る感情……

 込み上げる熱に呑み込まれていく中で私の鼓膜にはーちゃんの落ち着いた声が飛んでくる。

 緊張の色はない。午後の散歩にでも出かけるような気楽さで、はーちゃんは先陣を切った。


 一歩前に出て立ち止まる通行人達に向かってぺこりと頭を下げる後ろ姿に、私と万理華さんも自然と引っ張られた。


「はじめまして!」


 万理華さんも固かった表情に笑顔を咲かせてはーちゃんの隣に立つ。

 自然と、はーちゃんと万理華さんがMCとして場を仕切り始める。


「皆さんお騒がせしてすみません」

「本日は集まってもらってありがとうございます!」

「ふふ、万理華さん?「別にお前ら見に来たわけじゃねー」って顔してるよ?みんな」

「……なわけないでしょ?わざわざ路上ライブ会場まで足を運んでくれてるんだから…私達がここでライブするの知っ「まずは自己紹介しようか?」

「喋ってたんですけど?」


 琴音ちゃんの手を握る。琴音ちゃんはまだその素顔を晒せてない。不気味なマスク越しに私を見上げるその眼差しを受けて、とりあえず笑った。


 行こう。


 きっと大丈夫だ。そんな意志を込めて私は琴音ちゃんの手を引いてはーちゃんと万理華さんの方へ躍り出た。



「私達、新人アイドルグループ『FOOLS』でぇす」



 声は自然に出た。自分でも驚くくらい緊張はしなかった。ズッコケたお笑いライブの時というより、滑りまくったオーディション番組の時みたいな感じだ。

 でも身体を包む熱はあの時の比じゃなかった。



 興味本位で立ち止まってたお客さん達の微かなざわめきは私の一声で一瞬消えた。

 この感じは……お笑いライブで私の声が……朋花ちゃんよりお客さんの関心を引いたあの瞬間と同じ。

 ケツアナ&ハナアナコーチの言葉が蘇る。



 お客さんはみんな、あなたの歌を聴きたくなる




 潮騒がピタリと止んだような静寂と、無数の視線。

 それを意識した瞬間に頭の先からつま先までカーって、熱くなる。


 でも、緊張でパニックにはならなかった。

 握った琴音ちゃんの手の感触と、隣に居る仲間みんなの存在があったおかげかもしれない。


 あの時と同じだったけど……あの時とは違った。

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