第64話 とても成人してるようには見えないよ……
これから時間ある?って女の子に言われたら、例え親の葬式の前であったとしても……
親の葬式に行ってください。
ただ、推しの配信は諦めざるを得ない。
喫茶店を出た万理華さんは私とはーちゃんを引き連れて地下鉄に向かう。お店の外はまだ太陽が煌々と照り輝いて空を照らしてた。
良い子だったとしてもまだお家に帰る時間じゃない。
どうして今日の配信は良い子がお外で遊んでる時間に始まるの?
「どこに行くの?」
「渋谷よ」
万理華さんはそれだけ告げてホームに滑り込んできた電車に乗りこんだ。
とりあえず万理華さんに着いていく私とはーちゃんは東京の一等地に降り立って、有名なハチ公さんに挨拶しつつ、センター街の方向へ。
どれくらい歩いたかな?
活気のある喧騒をかき分けながら進んでた万理華さんが飲食店とか商業施設の立ち並ぶ街並みの角に消えた。
追いかけるとそこには場違いな感じの雑居ビルが賑やかな施設の間に埋もれるみたいにしてぽつんと建ってたんだ。
灰色で地味なそのビルが渋谷の中心地にあるのは不自然な感じがした。
万理華さんは狭いエレベーターホールでエレベーターを呼びつけて、四階へ…
私達三人でほぼ満員状態のエレベーターはすぐに明滅する電光掲示板で四階に到着した事を告げる。
降りたら目の前は『カタムキ印刷 東京営業所』って書かれたテナントさんだ。
「おじゃましまーす」
「え?万理華さん?」
一体ここは…?
知らない会社さんのテナントに勝手に入ってく万理華さんと、後に続くはーちゃん。はーちゃんもビルに到着してからは戸惑いの色が消えた。
訳も分からないまま私も敷居を跨ぐけど、狭い部屋の中で仕事に追われる社員さん達は私達には目もくれなかった。
万理華さんは大股でテナントの奥を目指す。
その先の扉には資料保管庫ってプレート……
…………の下に『有限会社POPプロダクション』
って黄ばんだ張り紙がしてあって、私は絶句した。
「ここが事務所なんだよ」
はーちゃんがニコニコしながら言ってる。何が彼女をそんなにニコニコさせてるのかちんぷんかんぷんだよ。
そーいえばはーちゃんは一度来たことがあるらしいけど。
…渋谷の貸テナントの倉庫が本社。
合宿の時万理華さんが言ってた…冗談じゃなかったんだ…
アイドル育成の費用がなかったり所属タレントが一組のアイドルグループしか居なかったり社用車が事務所として扱われてたりとんでもない事務所だとは思ってたけど……
目の前の薄汚れたスチールドアを目にした瞬間「契約解除」の4文字が思わず頭の中に……
「あれ?夏祭さん?」
扉を開けたら聞き馴染みのある声がした。
狭い扉を潜って体を押し込んだらその先は…
まぁ倉庫でした。
スチール棚が壁沿いに並んでて中身はギチギチ。
狭い部屋の中央にはひしゃげたブラインドを背にした事務机と椅子、斜め前にひっくり返したダンボール箱の上にセッティングされた電気ポットとポータブルテレビがある……
だけ!!
机の前に立つ星熊マネージャーが振り返って私達の来訪に目をしばたたかせてる。
そして…
事務所にどっかり脚を乗せた女性が居た。
若い。星熊さんと変わらないくらいだと思う。いってても30前半くらい。
黒色の髪の毛を黒いスーツ上の上に流して、ギシギシうるさい椅子の上でふんぞり返って私達を睨んでる。
対面する人を射竦めないと気が済まない鋭い眼光。双眸の隙間に伸びる真っ直ぐな鼻筋と赤い唇は彼女の意志の強さを形にしたみたいだった。
キツめの印象はあるけど美人と呼んでいいんじゃなかろうか…
……もしかしてこの人が……?
「万理華さんもしかしてこの人が……」
「……」
「社長……」
「違うけど」
え?
「あ…すみません休憩してて…退きますね?」
顔と態度に似合わない丁寧な物腰で立ち上がっていそいそとオフィスの方へ出ていく女性を見送って、改めて机の方を向いたら…
「あれ?星熊…この子もしかして」
「そうです。天鬼りあさんです」
知らん間に椅子に収まってた女児がさっきの人と同じようにふんぞり返りながら星熊さんと話してた。
アハ体験かよ。
「いつの間に!?」
「さっきの女の人と入れ替わりで入ってきたよ?りあちゃんの真横通ったんだけど」
「気づかなかった!!」
はーちゃんに指摘されても私の脳内にその記憶はない。
その答えは彼女の姿に表れてる。
「ちっちゃい……」
「おいなんだこいつ失礼だな」
その人は椅子に深く座って脚を机の上に投げ出してるんだけど……深く座った結果上半身は椅子に埋もれるように沈んでて頭の位置が背もたれの半分より下くらいにある。脚も短くて机の端にギリギリ踵が乗っかってる。横から見たら椅子からずり落ちそうな幼女が脚をピンって伸ばして机を支えに耐えてるように見えるに違いない。
栗色の髪の毛はさくらんぼを模した髪留めで二つに纏められて両サイドにぴょんと跳ねてる。
かわいい。
丸っこい目の上で短い眉毛が吊り上がってる。口は丸い鼻の下で不機嫌そうに真一文字に結ばれてて、どう見てもご機嫌ななめな女子小学生だった。
かわいい。
ブカブカのスーツに火のついてない葉巻を咥えててもうそれはちびっ子親分というのが相応しくて……
かわいい。
琴音ちゃん以上の幼女が降臨なされた。
「一さんは以前会いましたよね?天鬼さん、これがうちのバカ社長です」
星熊さんがちびっ子親分を指差して紹介してくれた。
「おい星熊、敬意を払えよ。社長に。これってなんだ。指差すな。バカって言うな(怒)」
「はじめまして、天鬼りあでちゅ♡」
「舐めてんのか?このガキは。おい。万理華、どういう教育してんだ?」
「社長葉巻やめたんじゃなかったの?」
「社長は葉巻吸わなきゃカッコつかないの」
熱く語るちびっ子親分の咥えてる葉巻には『差押え』って書かれた赤い札が貼られてたよ…
あと机と椅子にも……
「それで、今日はどうしたんですか?突然押しかけてきて……」
……星熊さんと昔アイドルやってたんだよね?この人……
「実はお願いがあって来たのよ…」
とても成人してるようには見えないよ……
「お願い?お金の相談なら受け付けませんよ?アルファードの修理費でうちの事務所はとうとう素寒貧ですから…次の『ママと撫子』の老人ホームワンマンライブまで残高ゼロです」
葉巻は注意した方がいいんじゃないかな……
「違うわよ……活動の事について」
「カツ丼?」
「もうあんたは黙ってなさい星熊。社長、私達路上ライブしたいんだけど…」
え?
万理華さんは腕を組んで堂々と要求した。社長の前でも相変わらずな態度の万理華さんだ。傍から見たら横柄な態度を取る妹を叱りつける姉という構図にしか見えなかった。
「路上ライブゥ?」
ちびっ子親分が怪訝そうに聞き返す。
「デビューに向けて実践、人前でパフォーマンスする練習」
琴音ちゃんのマスク離れ問題……万理華さんの出した答えはこれだった。
おしゃぶり離れできてないちびっ子親分は星熊さんと顔を見合せて……
「……だめ」
「なんで?」
「路上ライブなんて金にならないから。むしろ機材とか服とかどーすんの」
「私達で用意するわよ」
「曲は?」
「今星羅が作っ「言っとくけど星羅って子の作ってる曲は使わせないからな?あれはライブで初披露するんだからな」
「じゃあカバー曲でいいわよ…」
「万理華さぁ……」
呆れたといった風に肩をすくめて両手を広げてみせるちびっ子親分。デカすぎて萌え袖になってるジャケットの袖ボタンが一個千切れて無くなってる。
なんか全てが愛おしいよ……
「まだデビューの目処も立ってないヒヨっ子がなにが実践……」
「私達これに出るから」
ちびっ子親分の言葉を遮って……
万理華さんが勢いよくスマホを机に叩きつけた……
……ら、机の足が折れて倒れちゃった。




