第63話 今のままじゃハゲマスクでステージに上がるわよあの子
向かいの席にドン引きした顔のはーちゃんが立ってた。
慌てて私を突き放してツインテールを整える万理華さんは羞恥心と焦りで顔がトマトみたいになってる。
ここで更に追い討ちASMRを喰らわせたらいよいよ殴られそうだから、私は名残惜しくも一旦攻撃の手を緩める事にした。
…でも隙があれば……
「陽、どうしたの?琴音と一緒に帰ったんじゃないの?」
「琴音ちゃんは一人で帰ったよ」
「一人で?大丈夫なの?」
「万理華ちゃんは琴音ちゃんを何歳だと思ってるんだい?」
先輩方の残したパフェの前に腰を下ろしたはーちゃん。前髪を指で整えながらどっかりと腰を据えちゃったという事は、なにか話があるに違いない。
推しの配信は諦めるしかなさそうだ。
いや…私は外してもいいのかな?
「すごいパフェだね。食べないの?」
「それ、『ママと撫子』の三人のやつだから」
「一緒だったんだ」
「うん…ちょっと話してて……あっ!万理華さんあの人達お金置かずに出ていっちゃったよ!?」
「……そうね」
「万理華さーん!!」
「ここは払うわよ……」
引っ張り込まれて入店した万理華さんの財布から支払われる事に…流石リーダー。
「ご注文は」
「あ、じゃあアイスコーヒー」
「あなたも頼むの!?」
「実は相談があるんだよ」
「いや、あなたも頼むの!?」
隅っこに追いやられる悲しいパフェの姿を横目で追いながらはーちゃんの様子を伺う。万理華さんのツッコミは無視。深刻って感じじゃないけど…その目は万理華さんの方に向いてた。
「……それって…りあは席を外した方がいいかしら?」
万理華さんが意味深に私を見た。
「ううん。“その事”じゃないんだ……折角ならりあちゃんにも聞いてほしいな」
その事?
「ならいいけど……でも、陽。“その事”についてもいつまでもこのままじゃいけないわよ?」
「それは分かってるよ……」
「え?二人ともなに?内緒の話……?」
なんか踏み込んだらいけない雰囲気を感じるよ…もしかしたら……
「二人がデキてるって話?」
「「なんで?」」
「え?別れ……話とか?」
「「だからなんで?」」
違うんだって。
「実は琴音ちゃんの事なんだ」
琴音ちゃんの事って「こと」で韻を踏んでいくはーちゃんはこの場に居ないみんなの妹の名前を口にした。
万理華さんの緊張が僅かに解れて、また別種の緊張感が宿る。
万理華さんはいっつも張り詰めてる気がするよ。
「……ふっ」
「はぁんっ///りあっ!!!!」
「いや……緊張してるみたいだからつい……」
万理華さんが固い顔をしてるのが心配なんだよぉ。
……って私の気持ちは飛んできた張り手に吹き飛ばされちゃった。
「……二人こそデキてる?」
「なんでよ!!」
「はーちゃんそれは違う。断じてない。ありえない。空が降ってくるよりない」
私は観測者なんだよ。私が百合をするんじゃない、君達が百合をするんだ。
「そんなに否定しなくてもよくない!?」
話が進まないなって時にタイミングよくはーちゃんのアイスコーヒーが運ばれてきて一旦流れが断ち切られた。
さっきから店内で嬌声を上げ続ける万理華さんに店員さんの怪訝な眼差しが突き刺さりつつ、落ち着きを取り戻したテーブルが本題に切り替わる。
「琴音の事ってなに?」
「琴音ちゃんのマスクの事だよ」
琴音ちゃんはまだ外や初対面の人の前ではマスクで顔を隠してる。今日は世界一かっこいいハゲのマスクだった。
「よく考えたらあのままじゃ良くないと思うんだ」
「よく考えなくても良くないわよ」
「たしかにぃ」
あれはあれで面白いけどね。
「これからアイドルとしてデビューする前に、琴音ちゃんのマスク離れをしてあげなきゃいけないと僕思うんだよね」
なるほど…琴音ちゃんの保護者兼恋人(予定)のはーちゃんは琴音ちゃんの未来を憂いてるんだね。
「……確かに」
万理華さんは一理あるって頷いた。
「このままじゃ仮面系アイドルに……」
「そこでリーダーとりあちゃんに相談したいんだ。どうしたらいい?」
琴音ちゃんは元Y〇uTuber『ぽいずんちゃん』だ。
炎上してY〇uTubeから姿を消した彼女はファンを裏切ってしまったと感じてる。
そんな炎上の原因(だと本人は考えてる)自分の気性の荒さを抑えてくれるのがあのマスクなんだよね。
マスクで顔を隠してると別人になり切れる気がする、そうすれば普通に人と接せる…と……
本人は思ってるけどどう見ても普通じゃない。
炎上したY〇uTuber世間的に顔を知れてしまった過去があるから、顔を隠したいって気持ちもあるんだと思う。
けど、アイドルとしてデビューするにはマスク離れは必須。
「琴音ちゃんは自分の気性の荒さで失敗した過去を繰り返すのが怖いんだよね」
「確かに気性は荒いかもしれないけど……」
ツッコミ代わりのキック、パンチ。私は嫌いじゃないけど…紗良ちゃんなんてなんなら快感を感じてる。
「でも、炎上したのは琴音ちゃんのせいじゃないから……」
はーちゃんの言う通りだ。炎上の原因はグループ内でのいじめと、それに我慢の限界が来た琴音ちゃんが動画内でキレた事にある。どう考えても他のメンバーが悪い。
「その話は今はいいとして……今やるべきは琴音の自己肯定感の上昇よね」
万理華さんがリーダーらしくキリって言い切った。
あと、パフェ食べようとしてる。
「それ食べるの?万理華さん」
「私が払うんだし…もったいない」
三十路と18歳の関節キス……
「要は自分の性格が嫌なんでしょ?…顔隠したら大人しくなる理由もよく分からないけど…自己肯定感を上げて、私は普段の私で大丈夫って本人が思えるようになれば、マスクは必要なくなるわ」
万理華さん、知覚過敏かな?アイスを口に入れた瞬間辛そうな顔をした。知覚過敏系アイドル…
「どうすればいいかな?」
はーちゃんはその答えを私達に丸投げした。
「第三者に認めてもらうのが一番自信に繋がると思うけどなぁ」
私は率直な感想を述べてみる。
小学校の時テストでいい点取れた時とか、描いた絵がなんかの賞取った時とか、自費出版した百合同人誌が完売した時とか…
成功体験と賞賛。それが自信を育む一番の栄養剤だ。
「私達じゃダメだと思う。琴音ちゃんはY〇uTube時代のファンを今も大切に思ってるくらいの子だから…やっぱり自分を見てくれる第三者の人達に受け入れてもらうのが一番だよ」
「りあ、デビューするまでにマスクを脱がせなきゃいけないのよ?今のままじゃハゲマスクでステージに上がるわよあの子」
「その受け入れてもらう機会が…ね」
うーーん……
「私達でセッティングしてあげる必要があるね」




