第62話 そんな…私達が引退しても問題ないくらい売れてオリコンチャートトップ10入りしてミュージックス〇ーションに出てくれなんて……
「引退……」
その言葉の意味を考えた。
もちろん、その業界から退く。つまり、やめるって事だ。この場合アイドルを、という事になる。
そんな事は考えなくても分かる。
私が考えたのはそれが先輩の口から出てきた意味について。
今日会ったばかりの先輩が私を呼び出して告げた意味。
チケットを渡した直後に告げた意味。
あと、その言葉の重さについて。
私と万理華さんはしばらくなんて返したらいいのか分からなくて口を閉ざしてた。
沈黙を拾ってこの気まずい空気に言葉を投げ出したのは里子さんだった。
「突然申し訳ございません。いきなりこんな話をされても、とは思います」
「いえ……あの、じゃあこのライブが最後の…?」
私の問いかけに三人は微笑みと一緒に肯定の意味で頭を縦に振る。
三人の言う通り……たしかに、いきなりこんな話をされても、とは思った。
「事務所にその話は?」
「まだしてません」
感情の読み取りにくい貴美子さんが淡々と答える。
気づいたらあんなに雄々しくそそり立ってたパフェのアイスが春の暖気に負けて崩れてく雪だるまみたいに萎んでた。
「流石に対バンライブで発表する事はしませんが…事務所にもまだ話してないですし、他のグループにも迷惑がかかるかもしれませんので…なので、今日皆さんに出ていただいたY〇uTubeチャンネルで、と考えています。発表の後、最後の活動として対バンライブに出演して…」
幸子さんが丁寧に説明してくれた。そこまで聞いて万理華さんはわざわざこんな話をしてきた意図を察したみたい。なるほどって呟いた。
「……私達とのコラボ動画の次に上がる動画で、引退発表…」
「そういう事になります……なので、お伝えしておいた方がいいかと思って…」
今日見てた感じ、里子さんがリーダーなのかもしれない。里子さんと万理華さんが真面目な表情で向き合ってる。
……多分今耳元で囁いたら万理華さん、しばらく口聞いてくれないだろな…
万理華さんの真面目な顔を見てるとつい耳をいじめたくなっちゃうけど、ここは我慢しよ。
「まぁ、それ自体は『FOOLS』とは関係のない話……ですね」
「でも、なんか申し訳なくて……」
「『ママと撫子』が気にする事じゃないと思います。ていうか……」
身を乗り出した万理華さんが周囲を伺うように視線を巡らせて声を潜める。けど悲しかな私達の会話を聞いてる人なんて……
「……」
「……(汗)」
なんか奥の席の女の子がじっとこっち見てる。
けどこの子はストーリーとは関係ないはずだ。無視しよう。
「私達より先に事務所に話すべき事なんじゃないですか?」
「……そうなんですが…」
「事情があるんですか?」
「夏祭さんもご存知の通り…今POPプロで活動してるタレントは、私達『ママと撫子』のみです」
絶望的な一言だった。あえてリアクションは差し控えよう。
「なので…言い出しにくくて…というか、引退を認めてもらえる気がしなくて……」
「でも、いきなりやめるって言ったって…まぁそりゃ、やめる事は出来るかもしれないけど、面倒事になる可能性も高いでしょう?違約金とか…」
「…それでも……」
何か事情があるんだ。続けていけない事情が…
万理華さんを連れて来て良かったと思った。こんな話私一人じゃ聞けないし、そもそも今日会ったばっかりの先輩とどんな顔してこんな話すればいいのか分かんないよ。
その点万理華さんとはまぁ……顔なじみみたいだし?
万理華さんのリアクションの薄さからそんなに交友があったわけじゃないってのは分かるけど…
「引退の理由、訊いてもいいですか?」
万理華さんが切り込んだ。
どんな話が飛び出しても受け止めるって覚悟がその目に宿ってる。
私も居住まいを正した。
「…実は私、離婚するんです」
まず貴美子さんから爆弾が飛び出して、それはちょっと受け止めきれないなって…
「…そ、それとアイドル活動と、関係が?」
思わず訊いちゃった。
「天鬼さん?私達は『三十路系人妻子持ちアイドル』ですよ?なのに…人妻じゃなくなってしまうので…」
「いや…別にいいのでは?人妻じゃなくても」
「需要が……」
「いや需要そんなにないでしょ?売れてないっぽいですし」
「りあ!!」
失礼。聞かなかった事にしてください。
続いて幸子さんが…
「夫が栄転になるんです。なので引っ越すんです…」
「ああ、現実的理由…ちなみにどちらに?」
「東京の本社勤務から…太平洋のヒトイナイ島という島に…」
「旦那さんお仕事は?」
「保険の営業マンです」
「…それは栄転ではなく左遷では?」
「りあっ!!」
で、里子さんは…
「なんか…この歳でアイドルって恥ずかしくなっちゃいまして…」
「……あぁ」
「よくよく考えたら三十路系人妻子持ちアイドルってなんなんだろって……」
「よくよく考えなくても、なんなんですかねぇ…」
「りあっ!!」
なるほど、事情は分かった。
大人には大人の事情がある。夢に現実が追いつかなくなった……いや、現実が夢を追い越してしまったのかもしれない。
「…まぁたしかに、私達がデビューする前に『ママと撫子』が引退したら、POPプロダクションは実質的に全ての仕事を失う事になりますね」
難しい顔で万理華さんが腕を組む。
「ただ、皆さんの事情もお察しします」
……で?どうしろと?
私は三人に無言の疑問を投げかけるけど、察しのいい万理華さんはそれらを全て拾って、こう結論づけた。
「『ママと撫子』が引退する前に、私達がデビューすればいい、と……」
「えっ!?」
そんな事が可能なんですか?
だって…
手元のチケットを見る。対バンライブはあと2ヶ月後の日付だった。
「……そんな我儘を言って困らせるつもりはありません」
里子さんは頭を振る。
「そんな…私達が引退しても問題ないくらい売れてオリコンチャートトップ10入りしてミュージックス〇ーションに出てくれなんて……」
なんて図々しいんだ!?!?
「……ただお話しておきたかっただけです」
里子さんはそう言って笑ってから、私と万理華さんを交互に見つめてこう付け加えた。
「……もしよろしければ、是非、最後のライブを観に来てくださいね」
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『ママと撫子』の三人が帰った。特大パフェ残して。注文したのに食べきれないところがなんか…子供だった。
「…で、どうするの?」
隣の万理華さんを見た。
万理華さんが真剣な顔でスマホに視線を落としてる。今の話…そして自分の発言について深く真剣に考え…
違った。D〇siteでASMR物色してた。
「私以外の声でイくつもり?この…浮気者」
「あっ///」
万理華さんの反応はいつもいい…こんなの「さん」じゃないよねもう。「ちゃん」だよね。
「何すんのよ!!///」
「デビューするの?」
「…方法は…あるわ」
キリッとした顔で万理華さんが言った。
「…というか、私達があの人達の為にそこまでしてあげる義理はあるの?」
「りああんた…ドライね」
「万理華さんと違って私、今日あったばっかりだし…それに、契約の話は詳しく分からないけど、私達がデビューしたからってじゃあ『ママと撫子』は引退していいですよって、そんなに簡単な話なの?三十路のいい大人が自分達で決めて強行しようとするくらい、面倒臭い問題なんでしょ?」
「…さぁ。でもほら、別に『ママと撫子』が居ようが居まいが、事務所の業績には影響ないし…」
「……」
どっちがドライなんだい。てか、だったらやめてもいいだろ。
「契約期間内にやめるってなるのはやっぱり違約金とか取られるでしょうけど…それは向こうの問題だし…問題は契約うんぬより、うちの社長を納得させられるかよね」
「へぇー…」
「うちの社長が認めるとは思えないもの」
うちの事務所ってヤバいところなのかな?
…まぁいいや。
私が今気になるのは三つ。
『ママと撫子』引退前に私達がデビューする方法と、対バンライブ行くのか行かないのかと、パフェどうするのか…
「……ちなみにそれってどんな方ほ……」
「ちょっと!!!!だから耳元で囁かないでよこんな所で!!///」
「……ふぅぅぅぅーー……」
「ああっ///あぁんっ!!///」
「……何してるの?二人とも(汗)」




