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第57話 これから週一で私の耳舐めて

 私が呼び出された万理華さんの家は1Kの慎ましいマンションの一室だった。

 けど、狭いけど機能的に纏まってて、全体的に白と薄いピンクで統一された色調は清潔感と可愛らしさを同居させた、女の子の部屋のお手本みたいな部屋だ。


「休みの日にごめんね、りあ」


 壁際で壁の角に利口そうに収まったベッドは主の体重を軋みの一つも上げないで受け止めた。

 ベッドに腰掛けた万理華さんはふわふわもこもこのかわいいパジャマに身を包んでて、トレードマークのツインテールは下ろしてた。彼女の情熱を映したような赤髪は背中のラインに沿うように垂れ下がってる。


「…くんくん」

「嗅ぐなっ!!」


 万理華さんの香りを堪能してる場合じゃない。

 万理華さんに促されて床のクッションにお尻を下ろしたところで本題だ。


「決まった事を言っておくわね」


 スマホ片手に説明を始める万理華さんの声に耳を傾ける。


「今後のレッスンの日程だけど、契約したスタジオで週三回。りあも琴音も陽も学生だから土日に組んでもらってる。残りの一日はケツアナとハナアナのスケジュール次第だけど…平日だし学校もあるだろうから無理に参加しなくていい。遅くとも前の週には予定は送るから」


 合宿が終わり…私達『FOOLS』は日常に戻った。

 けど、デビューに向けてのレッスンは続く。


「あとね、星羅が一曲完成させたみたい」

「え?すごい」


 我らが作詞作曲家、せいちゃんがついに曲を完成させたらしい。すごい(小並感)


「まだ手直しはするみたいだけど…振り付けはハナアナがやってくれるみたいだから」

「あの人ダンスの振り付けも作れるんだ」

「そうみたいね…ちなみに曲のテーマは『生と死の狭間』らしいわよ」

「え?…よく分からないよ」

「私も分からないわ」

「でも…曲が完成したって事は…いよいよデビューが見えてきたって事だね」

「まだまだ先の話になると思うわよ」

「そうなの?」

「今後どうやって売り出していくのかも決まってないみたいだし…でも、今のうちから動き出しておいて損はないわ。という事で…全員集まれるだろう土日のレッスンの日に、Y〇uTubeチャンネルを本格的に始動していこうと思う」

「ネットを活動拠点にするの?」

「ネットだけじゃないけどね…とりあえず、POPプロダクションで今活動してる先輩ユニットのチャンネルとのコラボをお願いしてるの」

「…どんな人達?」

「…マイナーなユニットよ。期待しないで。まぁそれでもファンは居るには居るから」


 先輩アイドル…胸の中に落ち着かない興奮が湧き上がってくる。

 あと、一応こんな事務所でもちゃんと活動してるアイドルグループはいるんだな…


「…楽しそうね、りあ」

「え?そうかな…?」

「具体的に動き出して、ワクワクしてるって顔してるわ」

「……そう、かな?」


 万理華さんに指摘されて自分の両頬を手で包み込むと、心做しか火照って感じる。


「……まぁそれはいいわ。星羅は引き続き楽曲制作を続行中。あと二、三曲作るそうよ」

「そんなポンポン出来るかな…?よく分かんないけど、この短期間にもう一曲出来ただけですごいよね?根を詰めすぎなきゃいいけど……」


 ただ、朋花ちゃんからの忠告は杞憂に終わるかもしれないとも思った。

 やっぱりあの人は才能があるんだ…


「共有する連絡事項はこんなとこ」

「マネージャーさんみたいだね万理華さん」

「……で、本題はここからなんだけど……」


 一転していつになく真剣な顔つきに変わった万理華さんは、可愛らしいパジャマがまるで高級スーツに見えるくらい、つまりこれから大事な商談にでも挑むやり手のキャリアウーマンみたいな雰囲気に様変わりした。

 整頓されて狭さを感じない室内の壁や天井が迫ってくるみたいな緊張感が場を支配する。

 万理華さんが気持ちを切り替えるとこういう独特な雰囲気があるんだ。


 ……で、本題とは?


「ASMRの事だけど」

「でた」

「せっかく掴んだチャンスを無駄にする事ないと私は思う」

「まだ言ってるよ……」


 分かってるんだから…自分がASMR聴きたいだけなの。


「今一度気持ちを確かめたい」

「いや、だから…せいちゃんが曲作ってくれるなら意味ないじゃん」

「今後も資金は必要よ?」

「アイドルで稼ごうよ」

「折角チャンネル登録者5万人いったのに?」

「折角もなにも一本投稿しただけだしなぁ…ていうか、一応事務所のチャンネルだよね?星熊さんはなんて言ってるの?」

「…………要らなんじゃないかって」


 ほらみろ。


 何か認めたくない事実を突きつけられた政治家みたいな顔で視線を彷徨わせながらボソボソ口にする万理華さんの今の姿には、普段の凛としたリーダーとしての風格は皆無。


「……いやでも…話題性あると思う。アイドルがASMR……」

「えっちなね?」

「りあは嫌なわけ?」

「嫌というか…………」


 正直ちょっと嫌だよ。


「……これからレッスンと私生活の両立も始まるし……それに……」

「ぐぬぬ……」

「私だけが大っぴらに活動するのもなぁ…私は一人で有名になりたい訳じゃないんだ。アイドル活動もそれに伴うネットの活動も、みんなとやりたいよ」


 そもそも有名になりたいわけじゃない。

 みんなのてぇてぇを見たいんだ。


「…………私はどうなるの?」


 偽りなき本音という名の下心が出た。


「あの合宿の……愛してるゲームで…私をおかしくした責任がりあにはあるんじゃない?」

「何言い出すんだい」

「あなたには私の耳を舐める義務がある」

「今の私は万理華さんの耳じゃなくてダミーヘッドマイクの耳舐めてるん……いや、まだ耳舐めはしてないから」

「責任取ってよ!!」


 声が大きいよぉ……隣に聞こえるって……


「……万理華さん達があんまりいやらしく悶絶してたから…あの時は調子に乗った。それは悪かったよ。でも私は耳舐め動画投稿者じゃな……」

「……じゃあ折衷案で」


 またろくでもない提案してくるつもりだな?


 自分で言ってて分かった。私にASMR投稿のモチベーションはない。Hさんに身バレしたし、もしクラスメイトにこの情報が拡散されたら私、学校で息できない。


 もうやめよう。

 私はアイドル。


 どんなしょーもない折衷案出してきても……


「……動画投稿しなくていいから、これから週一で私の耳舐めて」

「えっ……?……いいの?」

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