第54話 りあ、耳舐めとかいける?
朋花ちゃんの送別会から一晩明けて……
「朋花、何書いてるの?」
「願書やねん!!」
朝の食堂。今日も慌ただしいレッスンが始まろうとしてる。そんな朝の時間に一生懸命に書類に向かう朋花ちゃんに琴音ちゃんが寄ってってた。
……ちなみに昨夜焼肉の脂を浴びまくった琴音ちゃんのライオンマスクは外に干してある。早朝に山奥まで散歩に来てる地元のおじいちゃんに「ライオンの生首が吊るしてある」って110番通報されて一悶着あったのは早起きしてた私とはーちゃんだけの秘密だ。
「朋花学校行くの?……やめときなよ。あそこはろくなもんじゃない」
「悲しくなる事言うなや朋花。相談乗ろか?…じゃなくて、これは芸能学校の願書やねん!!」
「今更学校通うの?朋花は元々プロの芸人さんだったんでしょ?」
「ちゃう…お客さんの前でろくに芸も披露した事ない素人や!!」
頬をかきながら恥ずかしそうに笑いつつ朋花ちゃんは言う。
「…もっかい一から頑張ってみよ思て!!」
「そうなんだ」
「琴音も頑張るんやで!!」
「うん、ありがと」
朝からてぇてぇなぁ……
やっぱり朋花ちゃんは芸人の道に戻るんだね。
新しい世界に羽ばたこうとしてる朋花ちゃんを影から見守ってたら自室から万理華さんが降りてきた。
もうすぐブロッコリー兄弟が来てレッスンが始まる。その前に万理華さんに話があるんだ。
「ふぁ…りあ、おはよう……」
「万理華さんおはよう。昨晩もお楽しみでしたね」
「なんの事?」
「ASMRでイッてる声が私の部屋まで聞こえてきたよ」
「うそ!?イッてないわよ!!」
お楽しみではあったと…
「ちょっと今いいかな?」
「ちょうど良かった。私もりあに話があるの」
琴音ちゃんの頬っぺをむにゅむにゅしながら可愛がる朋花ちゃんという、健全なてぇてぇを邪魔しないように気配を殺したまま私達は食堂から離れて……場所は一階、玄関ロビー。
隅っこのソファに並んで腰掛けてから私は用件を切り出す。
「実はASMRの事なんだけど……」
「私もその話よ」
ほぅ。
「見てこれ」
万理華さんが突き出してきたスマホを受け取る。そこにはとてもアイドルの卵がやってるとは思えない艶かしいホーム画面が……
『りあちゃんのえっちなASMR』のチャンネルだ。
「見て。まだ一本しか投稿してないのにもう登録者が5万人を超えてるわ」
興奮気味に伝えてくる万理華さんの報告は昨日既に聞きたくない方面から伝わってきた事実。
この数字をどう受け取ったものかと…嬉しそうな万理華さんを前に口ごもってたら……
「それでね、第2弾なんだけど!!」
「ああ…次があるんだね?」
「当たり前じゃない。広告収入で楽曲作るんだから」
「万理華さんその事なんだけど……」
「台本書いて来たの」
こっちの話を無視して押し付けられた台本は前回のやる気のないものと違ってちゃんと装丁までされてる本格派。タイトルはずばり『えっちな先輩の癒し系囁きASMR』だ。
…アイドル、だよね?
「りあ、耳舐めとかいける?」
「違うんだ聞いて?」
「この期を逃す手はないわ。やっぱりあなたの声は特別なのよ。どんどん登録者伸ばして10万人いったら配信…」
「万理華さん」
私の声に不穏な気配を感じたらしい万理華さんは警戒した面持ちで「なに?」って次の言葉を待つ。
私達の間に流れる空気はさながら、戦争手前の一触即発状態の国同士の外交会議の様相だったよ。
…このASMRを誰よりも楽しみにしてるのは万理華さんだ。その万理華さんを前に言うのは憚れるけど……
「実はね?もう必要ないんだ、Y〇uTube」
「どゆこと?」
「楽曲なんだけど……今せいちゃんが作ってるんだって」
「星羅が?」
びっくりした顔して万理華さんが聞き返す。無理もないよね。
「朋花ちゃんの件でせいちゃんと紗良ちゃんのお風呂盗撮した時なんだけど…」
「そういえばその時のキス音を着信音にしてるの、どうかと思うわよ?キモい」
それは昨日散々言われたからいいの!!
「星羅が私達の曲を作ってるって事?」
「そゆこと。つまりもう資金稼ぎの必要なくなったんだよね」
その言葉は8割下心から私にASMR押し付けてきた万理華さんには重たかったみたいで、返答に困ったように口を噤んで俯く万理華さんの姿がそこにはあった。
「……そう……なんだ…」
ふぇぇんっ!胸が痛いよぉ!!
「でも…星羅曲なんて作れ…そうよね。あの子なら」
「私もさ…デビュー曲を仲間が作ってくれるっていうんなら……仲間の…せいちゃんの歌を歌いたいよ」
これは嘘偽りない気持ちだ。
「それにせいちゃんは本気で作ってる。私達の為でもあるし、音楽に向き合いたい自分の為でもあるみたいなんだ……」
「……そっ……か……」
私の気持ちと言いたい事分かってくれたみたい。万理華さんは色々な感情を堪えるように絞り出した。
「……で、耳舐めいける?」
いや分かってない。
「いや…耳舐めの必要なくなったんだよ」
「でも……5万人よ?」
「思うんだけど……アイドルとしてこれから売り出していく私がこんな……えっちな路線でファンを増やしていくのはどうかと思うんだ」
「だってあなたえっちじゃない」
「えぇ!?」
「セクハラしてくるし…時々いやらしい目で私達の事見てるの、気づいてるからね?」
そんな!?
「誤解だよ!?」
「何が誤解よ。あなたとお風呂に入る事に危機感を抱いてる子もいるのよ?」
「そんな!?私に下心なんて…っ!!」
「その話は今はいいとして……」
完璧に誤魔化してきたはずだ。今まで確かにご褒美シーンに立ち会って興奮したけど、それは健全な精神を育んだ一般人なら誰しもがムフフなシーンであって……
私はみんなの信頼を勝ち得ないといけないのに……っ!!
みんなを百合カプにする為に……っ!!
可愛い女の子に興奮するのは人として必然なのにっ!!
そんな目で私の事見てたなんて……っ!!
「仮に星羅が楽曲を無事に完成させたとして…私達『FOOLS』の宣伝の為にもY〇uTubeは続けるべきだと私は思うな」
「…万理華さんがASMR聴きたいだけだよね?」
「違……うわよ?」
怪しい…
「実は昨日…友達に身バレしちゃって……」
「それは覚悟のうえでしょ?」
「いや、早すぎるというか…えっちなASMRでバレたくなかったというか……」
「でも、動画投稿を通してアイドル活動の宣伝もするのよ?」
「逆にいいの!?えっちなASMR配信してるメンバーのいるグループで!?」
「大丈夫よ。Y〇uTubeの審査は通ってるんだから」
「そういう問題かなぁ……」
「嫌なの?」
うっ!!万理華さんが上目遣いに……こんなテクもあるのか!?いつもの万理華さんとキャラが違いすぎるっ!!
「いや…あの…嫌というか……」
「愛してるゲームの時あんなにノリノリだったのに?」
「いやあれは私の声でイッてるみんながえっちくてつい……」
「……やっぱりりあはむっつりスケベじゃない。普段はさも「私は常識人です」みたいな顔してさ?あなた今のことろ星羅に次ぐ危険人物よ?」
「失礼が過ぎないかな!?」
そのASMRでえっちくなってたのあなたですよ!?
「……正直私はいくら星羅といえど一朝一夕で曲なんて完成するか…もちろん星羅が本気でそのつもりなら任せたいし、仲間の作った曲でデビューできるならしたい。でも……まぁ…保険というかね?でも私も無理強いはしないわ。りあ、教えて?Y〇uTubeやめたい?」
不器用な万理華さんの優しさと責任感、そこに嘘がないのが目から伝わってきて私は反論に困った。
私自身、身バレして動揺してるのは確かだけど、覚悟してたのはそうだし……
てか内容がなぁ……
だって万理華さんのASMR、えっちなんだもん。コンプラギリギリだよこれ。このままじゃ私、えっち系アイドルなっちゃうよ……
「でも私は一ファンとしてりあのASMRを聴きたい……」
また上目遣い……
優等生なイメージしかなかったけど…流石元プロアイドル。こんなテクを……っ!!
「……だ、め?」
ぐっ……くっ!!!!
うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!
……その時でした。




