第51話 ありがとな、天鬼
「ごめんせいちゃん…盗撮してたんだ」
露天風呂からあがってきたせいちゃんと紗良ちゃんを私と琴音ちゃんが待ち構える。流石に何を言ってるのか分からないせいちゃん、ぽかんとフリーズ。
「こいつ星羅のおっぱい見てた」
琴音ちゃんの追い討ちにより誤解と共に情報を整理して飲み込んだせいちゃんが一言。
「……それは……完全に私のおっぱい目的で?」
「断じて違う。神に誓っていい」
「……りあ、ビデオ通話に関してはおっぱいだろ?」
「琴音ちゃんシャラップ」
「画面録画してたよね?」
社会的死を突きつけられた私に対してせいちゃんはただ一言「大事に使ってね」って…その言葉の優しさに私の目から汁が垂れ流しになっちゃう。
「……うんっ」
「うんじゃないわよ」
後ろから頭をバシって叩いてくる、耳奥が性癖の万理華さんがはーちゃんを連れてせいちゃんの前に現れた。
「それで?」
「朋花ちゃんやめるってー」
湯上りで上気した顔の紗良ちゃんが万理華さんに答えた。その簡潔な返答に万理華さんもはーちゃんも一瞬言葉に詰まってから…
「……それは…朋花の意思…なのよね?」
何とか状況を呑み込もうと苦心する万理華さんの問いかけにせいちゃんは「そりゃそうだよ」って…
私達は場所をリラックススペースに移動した。
「朋花は?」
「部屋で寝てるみたいだよ」
琴音ちゃんの確認にはーちゃんが答えて、とりあえずこの場の状況を朋花ちゃんに見られるリスクはないと判断。
万理華さんはせいちゃんを見つめて質問する。
「星羅はいつから知ってたの?」
「初めて会った時からなんとなくはね……」
初めて会った時から……?
せいちゃんがここに来たのは琴音ちゃんと紗良ちゃんが仲直りした時だ。そんな前から考えてたって事…?
「あの子はアイドルになりたいわけじゃないんだよ」
「……え?」
眉根を寄せる万理華さんにせいちゃんは語って聞かせる。あの露天風呂で語られた動機だ。
「朋花は芸人になりたかったんだって」
桜太夫の芸名で吉原新喜劇に所属してた朋花ちゃん。彼女の夢はお笑い芸人…その夢を諦める瞬間、私もそこに居た。
そして朋花ちゃんはアイドルの道に入った…
「言うなれば妥協…それが心苦しい、本気でアイドル目指してるみんなの手前ね。それが動機」
タバコに火をつけるせいちゃんを今ばかりは万理華さんは咎めない。そんな事に意識が向かないという感じで、万理華さんは固まってた。ショックを受けていた、ようにも見える。
「これで才能でもあればまだ続ける道もあったかもしれない……続けてくうちに本気になる事もあったかもしれない」
せいちゃんはぼんやり天井を見つめながら続ける。
「でも才能なんてのはさぁ……得てして欲してる人の元には備わらないもんだよね……あの子の場合は芸人としてもアイドルとしても、才能はなかったって話」
誰もがなんて返したらいいのか分からなくて、ただ俯いてた。視線の置き場所すら分からなくて、ただ自分の膝を見つめてる。
「……その相談を受けて……せいちゃんはなんて答えたの?」
重たい口を開いたのははーちゃんだった。
「なにも…自分で決めればいいって言った」
「引き留めなかったの?」
「引き留める理由も権利もないでしょ?」
琴音ちゃんの言葉に淡白に反論するせいちゃんの言う事は、冷たいけど正論だ。
だってこれは誰に強制される選択でもないはずだもの。
「それにあれは相談じゃない。決意表明…多分すぐにでも本人の口から言い出すはずだよ。だからみんなにも話してる」
話は終わりだって言外に告げてせいちゃんは立ち上がった。
ポケット灰皿に吸殻を入れながら万理華さんを一瞥して「引き留めるの?」って訊く。
「…………こういう事はよくある」
万理華さんは言った。
「それぞれの人生がある。みんながみんな夢ばかり追いかけられるわけじゃない。進退を決めた仲間を引き留める権利は私達にはないわ。私達は仲間の人生の責任は取れないもの」
深いため息と共に出た言葉だった。
「……前の仲間の時はそんな風に割り切れなかったけど…」
続いて零れ落ちた言葉に彼女の本音が込められてる気がした。
「朋花が決めた事なら、あの子の今後を応援してあげましょう」
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みんなと解散した後も私の胸の中にはモヤモヤしたものが残った…
万理華さんの言う通り、朋花ちゃんの決めた事ならみんなで新しい門出を祝うべきだ。朋花ちゃんの決断が彼女の本心からの決断だというのも疑う余地はない。
せいちゃんはすぐにでも自分の口から伝えてくるだろうって言ってた。
それを待つべきだろうか……
朋花ちゃんの部屋の前で決心がつかないままウロウロしてたら不意に扉が開かれた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
扉から出てきたのは朋花ちゃんだった。頭は寝癖ではねまくってて、寝起きなのか目はトロンとしてた。
「なんやねん柄にもなくきゃっ!?なんて可愛い悲鳴上げて…!!」
え?柄にもなく……?
「なんか用!?」
朋花ちゃんに変わった様子は…ない。そこに彼女なりの強さを感じた。
朋花ちゃんの姿を見て私も決心を固めた。
「朋花ちゃん……」
「まさか……盗聴!?」
「私の事なんだと思ってるの!?」
「じゃあなんやねん!!」
「お風呂入らない?」
天鬼はセクハラするからなぁ!!…って心外な一言を吐きながらも私は朋花ちゃんを露天風呂にまで連れて行く事に成功した。
脱衣所で服を脱いで(もちろんガン見)さっきまで紗良ちゃんとせいちゃんが浸かってた湯船に身体を沈めると、今日一日の疲れがお湯に染み出すように取れていくのが分かった。
「あぁぁぁぁ゛……///」
「いちいちリアクションがキモイねんなぁ…!!」
さっきから失礼なのはストレスかな?
まぁいいや。私は固めた気持ちがお湯で溶けちゃわないうちに口を開く事にした。
「朋花ちゃんやめちゃうの?」
その一言は本日二度目の、暖かな温泉に凍りついた空気を走らせる冷気だ。
一瞬固まった空気の中私はお湯に沈んだ自分の身体を見つめてた。朋花ちゃんの顔を見るのが何となく怖かった。
凍りついた空気に亀裂が走るみたいに朋花ちゃんの第一声が響く。
「なんで!?」
いつも通りの元気な声だ。でも、いつもとは違う。
「ごめん……実はせいちゃんから聞いた」
気まずさを感じつつも正直に答えたら「あちゃぁ……話す相手間違えたな!!」って朋花ちゃんはおでこをピシャッ!て叩く。
「もう決めたの?」
問いの答えはたっぷり間を置いてから一言「うん!!」って返ってくる。それだけ。
「決めたんだ……」
「……なんかごめんな!?」
それは何に対するごめんなのか…考える事はしなかった。
「ウチ向いてないみたいやねん!!」
熱気の籠る頭の中に色んな言葉が浮かぶ。「そんな事ない」とか「まだ始めたばっかりだよ」とか「頑張ってるんだから大丈夫」とか…
でもそれらが虚しい励ましに過ぎないって事も、朋花ちゃんが本当にやりたい事はこれじゃないって事も、分かってる。だから口にはしなかった。
「分かった……」
色々考えてようやく出てきたのはこれだけ。
「申し訳なくてな…!!」
朋花ちゃんは何も変わらない。しんみりした空気も、傷ついた様子もない。ただいつも通りだ。
それが本心なのか本当は思うところがあるのを隠してるのか分からないけど、この人は強い人だってのは伝わる。
「みんな本気やんか?せやけどウチだけ…その…ホンマはウチ、アイドルになりたいとかそんなないねん!!」
「うん。朋花ちゃんの夢は芸人だもんね」
「……それも叶わんかったけどな!!まぁ…本気でやっとるみんなの中でウチだけ何となくで続けんのも……失礼やと思うし…しんどいねん!!」
カラッとした笑顔が湿っぽさを吹き飛ばす。だから私も沈んでちゃダメだ。
「元々天鬼のオマケでここに来ただけやし…!!」
「……やめた後は?地元に帰って結婚するの?」
「……んー…考えてへんけど……!!」
朋花ちゃんと…いや、桜太夫と出会ってから一緒に芸人の下積みをしてた時が頭の中に駆け巡る。
みんなと出会う前の二人だけの思い出。
私がこの世界に来て初めて出会ったのが朋花ちゃんだ。
そして、私との出会いが彼女の夢を終わらせた。
「……ひとつだけ…約束してほしい」
私は身勝手だと思いつつもその言葉を朋花ちゃんに投げかける。
「……なんや!?」
「もし……朋花ちゃんがもう一度、本当にやりたい事…芸人さんでも、それ以外でも…目指すならその時は…諦めないでほしい」
私のせいで……
その思いはずっと消えない。
あの助っ人ライブの後朋花ちゃんから言われた言葉はずっと私の胸に残り続けてる。
朋花ちゃんが私と一緒にアイドル目指す事になって正直ホッとした。これで無事にアイドルになれれば私の中のこの気持ちも少しは薄れるかもしれないと思った。
だからこれは私のわがままだ。
私の『声』が折ってしまった朋花ちゃんの志。
このままで終わってほしくないんだ。
「……ありがとな、天鬼」
聞いた事ない朋花ちゃんの柔らかい声が耳に届いた。
私なんかよりずっと優しい、友達の声だった。




