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第50話 下手だね

「え?りあ知ってた?」

「いや知らない……」


 初耳だ。せいちゃんが私達の曲を?それでいっつもレッスン終わりにずっと部屋に籠ってたのか…

 せいちゃんは私達の為に曲を作ってくれてたんだ……


 ……え?じゃあさ。私のASMRは?

 せいちゃんが作るならお金要らないじゃん……


『えー、星羅曲なんて作れんの?』

『分かんない。初めて作る』

『おいおい大丈夫かよ』

『大丈夫か大丈夫じゃないかは…やってみなきゃ分かんないんだよ。それにね、紗良……』

『……』

『私音楽好きだから…色んな形で関わりたいんだよ。歌うだけじゃなくて、作りたいんだ。なんかねー……みんなの事を考えながら作ってると、こう……浮かんでくるんだよ』


 せいちゃん……


『みんなの事が好きだからかな?』

『だったら……もう一回チューしてみろよ。私に』

『え?いいの?』

『んちゅーーーっ♡』

『ちゅーーーーっ♡』


 ちゅっ……ぱっ……んちゅ……ちゅくっ…くちゅっ……ちゅっ


『んっ///』

『んっ……ふっ……んっ///……んぁ……』


 え?……この二人…ガチ恋…………


「……紗良は真面目くさった空気が苦手だから」


 え?ちゅーに逃げたの?なんで?


『ぷはっ……はぁ…はぁ……』

『……紗良…もしかして私の事……』

『音楽好きなら普段のレッスンも真面目にすればいいのにさー』


 べろちゅーに加えておっぱいまで揉み揉みしてくれた紗良ちゃんからの一言に『あー』ってバツの悪そうな声が返ってくる。


『……嫌いなんだよね』

『好きじゃなかったんかい』

『音楽は好きなんだけどさー…自分の歌う歌が嫌いなんだよね』

『なんで?』

『上手くないからだよ』


 それはせいちゃんの口から飛び出したとは思えない一言だ。

 朋花ちゃんに聞いたけど…朋花ちゃんが初めてせいちゃんの歌を聴いた時は自分から歌を披露したって話だった。

 それに私達の前で歌ってみせた彼女の姿にもそんな低い自己肯定感なんて感じられなかった。客観的に見ても、プロの万理華さんより上手いんだ。下手くそなわけはない。


『……なのにアイドルなるの?』

『そう』


 紗良ちゃんの問いかけにせいちゃんは迷いなく頷いた。


『音楽をもっと好きになる為に』


 それは私が聞いた中で一番誠実な声だったよ。

 ……ただ画角は相変わらずせいちゃんの胸元らへんしか映してなくて…なんかもう……


「でゅふふふふふっ!!」

「りあ、笑うとこか?」


『……ふーん。じゃあもっと練習しなきゃじゃん?お客さんの前で歌うなら上手くないと』

『……そーだね…』


 紗良ちゃんの軽口に対して返ってきた一言は少し重たい声音だ。


『……上手い下手と言えばさぁ……朋花ちゃんどー思う?』


 来た。女体を堪能するのも程々に私と琴音ちゃんは身構えてスマホ越しの音声に集中する。

 なんだか小馬鹿にするような…少し嫌なニュアンスを含んだ言い方だけど紗良ちゃんの口から出てくるとなんか…まぁ、前科もあるんで自然です。


『下手だね』


 せいちゃんも容赦なかった。


 朋花ちゃんはせいちゃんにだけ相談してる。朋花ちゃんの意志を尊重するせいちゃんは私達の前では朋花ちゃんからの相談内容を語らないかもしれない。

 そう判断して自然な会話の流れから様子見をするように紗良ちゃんには言ってあった。


 思わぬカミングアウトはあったけどここからが本番だよ…紗良ちゃんっ。


『見込みないよねー』


 紗良ちゃんが嘲笑の含みを込めた相槌を打つ。性根のひん曲がってる(琴音ちゃん談)紗良ちゃんは実に自然に会話を朋花ちゃんの方向に運んだ。


 それに対するせいちゃんの反応は淡白なものだったけど。


『さぁね。アイドルだから歌が上手くてダンスが出来てって……必ずしもそうである必要はないからね。デビューしてから上手くなってく子も居るでしょ』

『でも最低限のレベルは必要じゃん?』

『それはファンが決めるんだよ、ファンが』


 朋花ちゃんを庇うような発言だ…


『……正直、どう思う?』


 そんなせいちゃんの対応を見て、紗良ちゃんも切り込み方を変えたみたい。というか、演技するのを止めたみたい。

 さっき私達と話した時と同じテンションの声が聞こえてきた。


『あの子続くと思う?』

『……』

『追い詰めちゃってると思うんだよね…実際。星羅はさ、朋花ちゃんとは仲良いでしょ?星羅から見て今の朋花ちゃんは……』

『やめるってさ』



 紗良ちゃんの一言をぶった切ったせいちゃんの一言に、私の心臓は氷に挟まれたみたいに縮んだ。

 胸を絞るような痛みと、喉の筋肉が痙攣したような息苦しさが一瞬私を襲う。

 琴音ちゃんも固まった表情でスマホを見つめてる。


 紗良ちゃんも同様だったみたい。じれったい沈黙は私達が落ち着きを取り戻しても尚続いて、たっぷり時間をかけてようやく息を吸い込む音を皮切りに紗良ちゃんの声が電波に乗った。


『朋花ちゃんが言ったの?』

『言ったよ』

『……それ、私に話してよかったん?』

『別に内緒にしてとは言われてないからさ』

『……星羅にだから相談したんじゃないの?』

『相談?あれは決意表明だよ…』


 せいちゃんの声音はずっと低いテンションのままだ。彼女の感情を読み取れない単調なリズムは不気味さを感じさせる。


『……理由は?』


 紗良ちゃんが尋ねた。


 せいちゃんは一拍置いてから『そういう事か』って小さく呟く。


『それを探りに来たんだなぁ?紗良』

『え?違うけど?星羅とべろちゅーしに来た。琴音はさせてくれないから…べろちゅー……』


「させるわけないだろ!!」

「琴音ちゃん!しっ!!」


『……別にあたしじゃなくても良かったのね?ぐすん』


 せいちゃんの声音が急に元に戻ったので、私達のテンションが追いつかないや。


『そんな事ねーよ。お前だけだ……』

『うそ……琴音ちゃん琴音ちゃんってあなた…っ』

『あんなの昔の女さ……あんなちんちくりん』


 琴音ちゃん、リンゴ握り潰すのやめてね。


『……やめる理由はねー』


 唐突なギャグから、そのままの声音とテンションでいきなりハンドルを切ってくるせいちゃんの変則には紗良ちゃんを以てしても対応が困難だ。

 慌てて身構える様子の紗良ちゃんが水音を立てるのと重なって……



 私の耳に朋花ちゃんの真意が飛び込んできたんだ。

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