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第49話 ちなみにそれ私のファーストキスだから、大事にするんだぞ?

 朋花ちゃんの心の声を聞いちゃった私達は一旦せいちゃんの部屋の前から逃げるように退散。

 一階のリラックススペースに逃げ込んだ私達の間にしばらく無言が漂ってた。


「……なんでよ」


 しばらくの後、沈黙を破って口を開いたのは万理華さん。

 俯いて拳を握り込む彼女の目にはやり切れない思いが溢れんばかりに蓄積してた。

 見てて辛いよ。


「どうしてそうなるのよ……」

「万理華さん…落ち着こう?」

「だって、あの子誰よりもレッスン頑張ってるのよ?なのに……」

「頑張れなくなっちゃったんじゃない?」


 天井を仰ぎながら誰とも視線を合わせないようにする紗良ちゃんが万理華さんの行き場のない疑問を拾った。

 脱退の意志を示しながら再び戻ってきた紗良ちゃんには朋花ちゃんの心の何かが見てるのかもしれない。

 虚空に向けられた隻眼はどこか冷たい温度のまま、紗良ちゃんは紡ぐ。


「実力的にはあの子が一番遅れてた」

「紗良っ」


 隣の琴音ちゃんが叱責するけど、それを止める万理華さん。


「だから焦って誰よりも自主練してたし…あの子はプロの講師が来る前から一生懸命頑張ってた。でも結果は出なかった」

「まだ分かんないじゃん!それに……」

「でもさ、本人は追い詰められてたんじゃない?」


 琴音ちゃんは反論を口に出来なかった。というより、ここで紗良ちゃんの意見に反論する事の意味のなさに気づいたようで、ぎゅって唇を強く結ぶ。


 紗良ちゃんの推測が事実だとして…そして琴音ちゃんの心境通りにそれは考えすぎだとして、だ。重要なのは客観的な評価より、朋花ちゃんがどう受け止めていて、かつそれがどれくらいの負担になっていたのかだと思う。


 私は万理華さんの方を見た。


 いつか二人で話した時……万理華さんも朋花ちゃんの実力不足を口にしたのを思い出す。

 紗良ちゃんの口からハッキリ出てきたその客観的な評価に万理華さんは罪悪感に心を傷つけられてるみたいな顔をする。


「……どうするんですか?星熊さん」


 はーちゃんは少し離れた所に佇む星熊さんに話を振った。けど、当人は感情の読めない静謐な顔で淡々と事務的に返す。


「それは当人次第ですので」


 それだけだった。


「……朋花ちゃんは星熊さんがスカウトしたんですよ?」


 思わず声をあげる私のそれが抗議なのかなんなのか……私にも分からない。自分の上擦った声に自覚してるより大きな動揺が胸の内にある事に気付かされた。


「……とりあえず、星羅に話を聞いてみようよ」


 星熊さんに次いで冷静な面持ちの紗良ちゃんはそう提案する。


「こっちの早とちりって事もあるかもしんないしさ?」


 ようやく視線をこっちに下ろしてきた紗良ちゃんの顔には普段のおちゃらけた表情は微塵もない。一見酷薄にも映るその表情だけど、彼女自身も多少なりとも動揺してるのは分かる。関心がないんじゃない。みんなより少し大人なだけだ。


 そんな冷静さは万理華さんに感情を落ち着かせる間を与えた。ふっーって深く息を吐く。


「……そうね。それがいい」

「でも、朋花は星羅にだけこの話したんだよ?それを横から……」

「琴音、今はそういう事言ってる場合じゃないの」


 ……冷静に、なれてるかな?


「……まぁ本人がその気ならいつかはそのタイミングは来るのですが…」


 ここで星熊さんが口を開く。


「そろそろ本格的なデビューも視野に入れたいので…早めにハッキリするに越したことはないですね。私が直接確認してもいいですが……」

「いや……私達でやる」


 星熊さんの提案を突っぱねて万理華さんはかぶりを振った。

 私達の思いはひとつみたいだ。


 *********************


「せーいーちゃん。お風呂入ろー」


 再び部屋の前に舞い戻ったのは紗良ちゃんだ。ノックというには激しすぎる殴打の後、扉が開かれた先には寝巻き姿のせいちゃん。けしからん身体がけしからん布切れに包まれてた。


 ……それを遠巻きに視姦…じゃなかった、監視する私。


「朋花ちゃんはもう居ないみたいだね…でゅふふふふっ」

「双眼鏡で覗くな変態」


 琴音ちゃんから冷たい眼差しが向けられて心が痛いけど、今は真面目になる時だった。


「……一緒にお風呂に入って聞き出せばいいじゃない。どうして紗良一人なの?」


 保養所の外の茂みに身を潜めながら疑問を投げかける万理華さんは虫に刺されたらしくえらく不機嫌だった。はーちゃんが頭に葉っぱを被りながら「警戒させない為に人数は少ない方がいい」って説明する。


 ……あと、さらせいカップリングを開拓したい。


「だからって紗良で大丈夫なわけ?」

「せいちゃんと一番波長が合うのは紗良ちゃんだと思うから……ほら、やさぐれた大人同士って感じだし…なんかドロドロした底なし沼みたいな関係に陥ってくれそうじゃん?」

「りあは何を期待してるわけ!?」



 どうやらせいちゃんは快く誘いに応じたらしい。二人で露天風呂の方へ移動するのを私達も追従する。


「……えっ?待って?風呂まで覗くの?」

「琴音ちゃんなんの為に二人きりにしてると思ってるの?」

「朋花の真意を確かめる為だよね!?」

「というか露天風呂まで着いて行ったって二人の会話なんて聞こえないでしょ?」

「大丈夫だよ万理華さん…紗良ちゃんに通話中のスマホ持たせてるから……上手いこと言ってさりげなくお風呂まで持ってかせるんだ」


 私はビデオ通話中のスマホ画面を見せつける。脱衣所に入ったせいちゃんのケツがけしからんアングルでドアップに……


「映像要るのかな!?」

「何言ってるのはーちゃん!!せいちゃんが誤魔化そうとしたらどうするの!?そういう時表情も大事だから!!」


 逃げ出そうとするはーちゃんを捕まえて説得する。これは大事な事だからって。そしたら万理華さんがブチ切れてた。


 ……なんか本気でキレそうだったから仕方なく私と琴音ちゃんだけで覗……様子見する事になった。


 私達は二人が脱衣所から露天風呂に出てくるのを確認して、露天風呂の外壁のすぐ側に生えてる木の上によじ登る。決して見つからないように息を潜めて…


 ベストポジションだ。ここからなら真上のアングルでばっちし捉えられる。


「…ビデオ通話してるのに現地で覗かなくてよくない?」

「でもお風呂覗きイベントまだ未消化だったし…」


 リアタイと録画どっちも楽しみたいみたいな感じなんだよ。


「そのイベント必要!?」

「しーっ!琴音ちゃん声大きい!私のスマホ通話中だから!!」

「あっ……!」


 口を手で押えていけないけいないのポーズ。可愛いな琴音ちゃんは♡



『ねーなんでスマホ持ってんの?』


 湯船に巨峰を二つ浮かべたせいちゃんがさっそくツッコんできた。でも紗良ちゃんには既にこれを躱す文言は伝えてあるのだ。


『撮ってんの。Y〇uTube用』

『やばw』


 納得したらしいせいちゃんは『タオルとか要らんのー?』って言いながら風呂の中で缶ビールをぷしゅっ。


「……なんで納得してんの?あいつ」


 琴音ちゃんが戦慄しながらも画面越しのせいちゃんのおっぱいに釘付け。


『でさー、星羅にちょっと訊きたいことあんだけどさー…』

『なによ改まって』

『いっつも部屋でなにしてんの?』


 びっくりした…いきなり核心に迫るのかと…


『ひ・み・つ♡』

『さてはヤラシイ事だな?』

『これはみんなにサプライズしたいからさ〜』

『今は私しか居ないぞ?』

『ど〜しよっかな〜?……じゃあ、チューさせてくれたら考えてあげるよ』

『なんだ、そんなんでいいのか』


 え?いいんですか…?


「ねぇ!ねぇ!あいつら何やっ「琴音ちゃんちょっと黙って!シャラップ!!」


『……んっ♡』

『んっ…んおっ///』


 ちゅっ……ぱっ…ちゅ…くちゅ……


「ぎゃああああああああ!!!!///紗良ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「でゅふふふふふふふふふふっ!?!?」


 いいよ!?すごくいいよ!?二人だけの禁断の関係値、いいよ!?!?いいけど画角的にキスしてるとこ見えないよ!?もっと上あげて!?


『……どぉ?』

『……んー…なんか思ってたんと違うわ、ごめん』

『なによそれ…それは紗良のキスが下手くそなのよ』

『ちなみにそれ私のファーストキスだから、大事にするんだぞ?で?部屋でなにしてんの?』


 私達へのサプライズとか吐かしてたけど、キスいっぱつでせいちゃんの口はかなり軽くなったみたい。

 さっきから胸元しか映してない画面の向こうでせいちゃんの喉がビールの流動に波打った。


 それから…


『実は曲作ってんの』

『え?曲?』

『そー。私らのね。デビュー曲、私が作詞作曲する事になったから』


 なんて言ってた。

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