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百合や尊死  作者: 白米おしょう
どうしてこうなった編
5/12

第4話 田舎帰って猪と結婚するわ!!

 閑散としてる…

 まばらに埋まった観客席に向かって必死とも言えるネタが飛んでるけど、笑いどころか反応すらなかった。


 そんな光景を舞台袖から眺めながら……


「チャンスなんや、天逆毎太夫!!」


 チャンスを絶賛掴もうとし中の桜太夫は私の手を離してくれないのです……


 天鬼りあ、16歳。百合カップルで尊死する為にアイドル目指してたらお笑い劇場の舞台袖に立ってた女だよ。


「私にとってはトラブルなんですよぉ」

「芸人なろ思て上京して吉原入ってもう5年…今年がラストチャンスやねん…!!」

「……」

「親から言われてん……今年ダメやったら実家に戻ってきて……」

「……」

「結婚やて…!!」


 ……きっと余程ブサイクな相手なんだろうなぁ。だって、マジで嫌そうな顔してるし。


「5年…お客さんの前でネタすら披露できん、いつまでもうだつの上がらない芸人やで…!!」


 厳しい世界なんだろう…

 今ステージで必死に、縋るようにすら見える芸人さんも、このスカスカの劇場で5分の時間を貰うのに血を吐くような努力をしてるに違いないんだな…


 だから、顔が必死だ。


 あんな必死な顔してバカな事言っても面白いとは思えないんだけど……


 人生を賭けてる人達の熱みたいなものは伝わってくる。


「……桜太夫一人で出たらいいんじゃないですか?」

「話聞いとったん?ウチのネタはつまらへんねん…!!ウチはあんたに可能性感じてん!!」

「……」

「天鬼……ホンマに頼む……これでダメやったらウチ…キッパリ諦める……田舎帰って猪と結婚するわ!!」

「え?異種婚姻なんですか?」

「ウチに最後のチャンス……くれやっ!!」


 ********************


 私と桜太夫が壇上に出てくるとまばらな拍手が起こった。まるで小雨が窓を打つような…

 かえって虚しくなるような拍手。これなら無反応な方がいいんじゃないかって思う。


『どうもー!桜太夫と……』


 ……ほんとに無関心だな。

 客席の中で私達を見てるのはそもそも数人。このガラガラの劇場の観客席にこの人達は何をしに来たんだろうって思っちゃうくらい。

 お客さんの誰とも目が合わな……


 ……一人合った。


 劇場の最奥で立ったまま腕を組んでるスーツ姿のお客さん。まるで受験の試験官みたいな真剣な顔つきでこっちを見てる……てか、睨んでる。

 とてもお笑い楽しみに来た顔じゃなかった。


 ……いやになっちゃうな。


 おでぶ太夫も毎回こんな気分でお客さんの前に出てたのかもしれない…そりゃ、毎日イライラもしちゃうかもしれないな。

 横暴で無茶苦茶で体臭のキツイおでぶ太夫が毎日5時間大学ノートに向かってネタを考えてるのを私は知ってる……


『…あ、天逆毎太夫です!!』


 考え事してたら自己紹介忘れてた。肘で横腹小突かれて鈍臭い挨拶を誰にでもなく投げたら数人のお客さんが反応した。

 それまで思い思いに手元や虚空に視線を向けてたお客さんが同じ挙動で私を見る。


『なんやねん、緊張してんのか?』

『あー……すいませぇん。実は今日初めてのライブでしてぇ』


 事前の打ち合わせなんてなし。

 とにかくおもろい事言えとだけ言われた。人生賭けてる人の指示とは思えなかった。

 曰く、ネタはないらしい。

 この人は田舎で猪と結婚した方がいいよ…


『今日は足下悪い中こないお客さんに来てもろてなぁ!!』

『そうですねぇ』

『アホか!外晴れとったやないかい!!』

『あぁ…そーですねぇ…』

『こいつ昔っからなんでもそーですねぇって相槌適当に打つんですわ!!こいつが小学生の頃先生の車にいたずら書きされとって、こいつが疑われた時もそーですねぇって言ってやってもへんのに怒られとりましたわ!!』

『……えぇ?私達1ヶ月前に会ったばかりですよ?』

『あれ?せやったっけ!?』


 笑いなんてない。クスリともしない無表情の観客席。ただ私達の話は聞いてるのか視線は集まってきてた。

 気づけば十数人の観客の視線は全て壇上に集約されてる…


 たった十数人。

 学校のホームルームで全クラスメイトの前で発表する時の方が人が多い。

 だけど…私は今『お客さん』の前で喋ってるんだって思ったら、感じた事のない異様なプレッシャーを感じる。


 背中がびっしょりになってた。


 結局誰一人として笑わなかったけど……


 静寂の地獄のような5分間が終わって舞台袖に引っ込んでいくその時まで、視線は私達に張り付いて離れなかった。


 ********************


「クソつまらないネタで白けさせやがって!!」


 ベチィンッ!!と、頬で乾いた音が弾けた。

 飛び入りで参加したお笑いライブへの、おでぶ太夫の感想がこれだった。

 あんまりじゃない?

 あんまりだよね?


 天鬼りあは決断していた……

 5分間のライブが終わって舞台袖に戻っていく桜太夫の横顔に確信したから。


 芸人は終わった。


「全く……あんたらはあたしの傍で何を勉強して」

「……るせぇ」

「……あ?」

「うるせぇこの豚足豚野郎ぉっ!!」

「とっ……豚足豚……っ!?」


 1ヶ月分の不満が爆発した。


「ハラスメントクラッシュラッシュっ!!」


 べちちちちちちちちっ!!


 説明しよう。ハラスメントクラッシュラッシュとは、ハラスメントを仕掛けてくるクソ野郎を高速往復ビンタで粉砕しつつ、ハラスメント被害を主張し正当防衛を確定させる必殺技なのだ。


「あばばばばばばっ!!!!」

「うわぁぁぁっ!!」


 渾身のビンタによりおでぶ太夫の頬肉が腫れ上がりながら躍動する。トドメの一撃を受けたおでぶが音もなく…崩れ去る。


「豚足と豚って……豚が被ってる……やん…」












「……終わったわ!!」


 沈んだ表情とは裏腹に凄く強い語尾で桜太夫は芸人人生の終焉を宣言した。

 私はどんな顔をしたらいいのか分からなくて、とりあえず桜太夫の隣に座ってつま先を眺める。


 劇場の裏、従業員通用口の前でビルの影に押しつぶされる二人…


「……どうするんですか?」

「せやから、終わったわ!!」


 テンションと心情が噛み合ってないんだよなぁ…


「田舎に帰って猪と結婚するんですか?」

「……さっきのお客さんの顔、見たやろ!?」

「……」

「だーれも笑ってへんかった……ウチには才能無いみたいや!!」


 無理矢理…そんな表現しか見当たらない笑顔と一緒に桜太夫が顔を上げる。

 ビルとビルの隙間に切り取られた空を見上げる横顔は何かが零れ落ちないように堪えてるように見えた。


「……ごめんなさい」

「なんで自分が謝んねん。ウチの実力や…ネタ作りも、喋りも、ウチには才能あらへんかったんや!!」

「……」


 かもしれない……

 私がお客さんでもあのライブでは笑わなかったと思うもん。

 でも…桜太夫の横顔を見たら、彼女がどれだけ本気でこの5年間を耐え抜いてきたかを嫌でも分かっちゃうから…


「天逆毎太夫はどないするん!?…やっぱり、アイドル目指すん!?」

「……アイドル…」


 なんだか……芸人さん達の情熱を見せられた後だと、そんな目標も口にするのが恥ずかしくなる。

 だって私、アイドルになりたいわけじゃない。

 私は可愛い子達の百合が見たいだけ……


「……それは、これから考えますけど…」

「……ウチとしてはな…あんたには諦めんでほしいんや!!」


 私の気持ちなんて知らないで桜太夫は笑った。

 んで、抱きしめてきた。


「!?」


 女の子の匂いだっ!!


「無理矢理巻き込んでしもて、ホンマに悪い思てる……あんたには夢、叶えて欲しいんや!!これ、嘘ちゃうで!!」

「……桜太夫さん…」






「ちょっといいですか?」



 濃密な……百合!!

 でも私は百合をしたいんじゃなくて見たいんだ……

 なんて思ってたその時、思考と百合に割り込んでくる影が伸びた。


 抱き合う私達が体を離して見上げる先に、一人の男性が立ってた。


 鋭い眼光と、剃り上げた頭。威圧感を感じさせる長身の、黒いスーツの……


 ……いや、この人…女の人…?


 あれ?この人確か…私達のライブの時一番奥で見てた人だ……


「なんでっしゃろ!?」


 見下ろす女性を前に桜太夫がちょっと警戒心を見せる。

 そんな桜太夫から視線を外した彼女は私の方を見た。


 思わず硬直しちゃう。そんな眼光。蛇に睨まれた蛙のまさに蛙になってた。


 ただ、威圧的な佇まいとは裏腹にその人は丁寧に膝を折って座る私と視線を合わせて、丁寧に頭を下げた。


「お疲れのところ突然すみません。天鬼りあさん、あなたにお話があります」

「……え?なんで私の名前知ってるんですか?」

「……私、こういう者です」


 質問への返答はなくて、女性は名刺を両手で差し出してきた。

 名刺の受け取り方ってどうだっけ?なんて思いながら両手でそれを受け取って、桜太夫と二人で視線を落とす。


 POPプロダクション

 星熊愛梨ほしくまあいり


 あ…やっぱり女の人だ……


「……芸人プロダクションの人!?」


 桜太夫が目を丸くして星熊という女性を見た。私に一体なんの用だ…不安と混乱を抱えた瞳で彼女を見つめていたら……


「単刀直入に申し上げます」


 彼女は単刀直入に切り込んできた。


「天鬼りあさん、うちの事務所でアイドルやりませんか?」

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