第3話 餃子はオレがおいてきた
その日私は社長からプレッシャーをかけられていました。
「星熊、見つかった?」
「ああ、まぁ……」
「どんな奴?」
「一人は街頭スカウトで引っかかった子なんですけど……ルックスは申し分なく…もう一人はオーディション番組で落とされた子なんですけど…声がいいんですよねえ」
「声?」
「エッロいんですわ」
「……へぇ」
先端を切ってない葉巻をスパスパする社長が興味をそそられたらしく珍しく目の奥が光っていました。この社長は葉巻の吸い方を知らない。
「多分あれ、1/fゆらぎの声ですね…歌はヘタウマですが……」
「へぇ……」
「ところで、オーディションはどうなってますか?」
「ああ、あれな?今色々考えてんだけどさ、参加者が集まんねぇんだよな…」
「は?」
「お前頑張って5人くらい集められない?」
ふざけてるのだろうか……?
「無茶言わないでくださいよ。私だって今受け持ってる子達のマネジメントあるんですから…」
「『THREEPIECE』だろ?あれ、全然ダメじゃん。いつになったらメディア出演の仕事取ってこれるの?もう結成から4年経つぞ?」
「彼女達はこれからですよ」
「……あたしは思うんだけどさ…あれはダメだよ。リーダーはいいけど、他二人にやる気が足りない。芸能界はガッツよ?ガッツ」
何を偉そうにと内心で毒づいておきましょう。
「とりあえず二人は確保したって事でおけ?」
「……スカウトの子はまぁ…ただ、エロボイスの方は……」
「なによ?なんか問題でも?」
「なんか……お笑い芸人になるらしいです」
「え?」
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「お笑いにも萌えを追求しなければならない時代が来たんや」
だそうです……
吉原新喜劇はお笑い芸人を中心にタレントをマネジメントする芸能事務所として、業界ではそこそこ有名。多分、誰だって名前を聞いた事があると思う。
でも……大手に所属してるからといって全部が有名タレントってわけじゃないらしい。事実、私は桜太夫なんて芸人の名前は知らなかった。
大手だからこそ所属するタレントの数は膨大で、その大半は事務所のホームページにも名前が乗らなず埋もれていくんだとか…
「うちらは若手女性芸人の育成に力入れとんねん」
桜太夫に連れられてやって来た喫茶店で熱弁を振るうよく分からない役職の人はテーブルをバンバン叩きながら唾を撒き散らしてる。私の隣で桜太夫がうんうんとしきりに頷いてた。
……ところで、美女はどこですか?
「嬢ちゃん、名前は?」
「……天鬼りあです」
「贅沢な名前やな。あんたは今日から天逆毎太夫や」
「え?……そんな贅沢な源氏名貰えるんですか?」
「ぷぷっ……雑魚やって…まぁ最初はしゃーないわ、どんまい!!」
桜太夫がバカにしてる天逆毎は天狗の先祖とされる大妖怪で、神でも手を焼く力を持ってたんだって…
強い…
「……え?というか…私、もうそちらの事務所に所属する事が決まった感じなんですか…?」
「なんやねん?やる気あるんとちゃうんか?」
圧をかけてくるよく分からない人の眼力に思わず答えに窮してしまう。でも、こんな簡単に芸能人になれるものなのかな…?
なんか騙されてるんじゃないだろうか……?
「……質問、いいですか?」
「なんやねん?」
「吉原新喜劇は可愛い女の子がたくさん居ると聞いたんですが…」
「うちは美女、美少女しか居らへん。この桜太夫を見てみい」
「どや!!」
確かに桜太夫は可愛い……
「ところで自分、なんかネタあるん?」
「ネタ……ですか?」
「うちの桜太夫とコンビ組むんやったらそれなりのもん見せてもらわなアカンなぁ…」
え?オーディション?ここで?
「……ネタというか…モノマネなら…」
「お笑い芸人はモノマネタレントちゃうぞ?」
「いやでも…桜太夫さんは私のモノマネに可能性感じたらしくて……」
「モノマネやのうて、なんかやってみぃや」
「……えぇ」
ネタなんて持ってるわけないんですけど…私、元々アイドル志望だし……
「根性出せや、芸人になるんやろ?天逆毎太夫!!」
そこまで芸人に対する熱意はないんだけど…
しかしお笑いの世界は厳しいと聞く。これくらいの無茶ぶりに応えられないと務まらないのかも…
「……じゃ、じゃあ……一発ギャグ…餃子頼んだのに天津飯出してくる中華屋さん…」
「……」「……」
「……餃子はオレがおいてきた。修行はしたがハッキリいってこの戦いにはついていけない…」
「……」「……」
「……(汗)」
……喫茶店に流れる沈黙。渾身の天津飯のモノマネ、空振り…
「……くそつまらんわ」
「アカンわ自分。お笑い舐めてんの!?」
舐めるも何もあなたがスカウトしたんですよね?あなた方が無茶振りしたんですよね?
「……まぁでも、光るもんは感じるわ」
よく分からない人はなんか納得?した…?のかな?よく分からないけど評価されたらしい。
「まぁネタはウチが考えるとしてや…こんなくそつまらんネタを人前で恥ずかしげもなく披露するその根性は大したもんやと思うで!!」
「……どうも」
私にも羞恥心くらいあるけど?
「じゃあ明日から事務所来れるか?」
「え?……いきなりですか?いきなりお客さんの前で芸を披露するんですか?」
「アホか?いきなりお客さんの前に出れるわけないやろ?お笑い舐めてんの?まずは下積みからや。明日から先輩に付けるから、桜太夫と一緒に色々勉強しい」
「……コンビを組むという話だったんですけど…」
「先輩の仕事に着いてって勉強出来るなんてありがたい事なんやで?」
付き人というやつなのだろうか…?まぁでも…どんな世界でもいきなり晴れ舞台に出れるはずもないか……
下積み。大事な事なんだろう。でも私に務まるんだろうか……?
「頑張ろうや!天逆毎太夫!!」
不安しかないし、どうしてこうなった感がすごいけど……桜太夫の圧力を前に私は曖昧に首を縦に振るしか出来なかったよ…
*********************
今日から芸人になる為の下積みが始まるらしい。
「あんたが新しく入った子かい」
私と桜太夫がお付きになるのは関取みたいなおデブさんだ。顔にすごい吹き出物がある。
可愛い子しか居ないって聞いたのに……嘘じゃないか……
無言で桜太夫を睨む。本人はそんな視線にも気づかず「お疲れ様ですっ!!」って頭を下げてるけど…
「しっかり勉強しな」
「天逆毎太夫です。よろしくお願いしまぁす」
「あたしの事は知ってるだろうけど……」
「ごめんなさい」
「なんのごめんなさいだい?」
「知らないので」
ぶたれた。
「あんた何しに来たんだい!?」
「……えぇ?」
「あたしは吉原新喜劇のエース、おでぶ太夫だよ!!あたしを知らないなんてあんた相当な素人だね!!」
……き、聞いたこともありませんけど…
早速パワハラから幕を開けた先輩芸人のお付きなんだけど……
その内容は過酷を極めた。
まず、私の朝は4時半にかかってくる電話から始まる。
『今日吉原劇場に15時から入るから先に行って準備しとくんだよ!』
「あの今日学校あるんですけど……」
『あと、す〇家でうなぎ買ってきな。10個』
「10……」
桜太夫に電話してお使いを頼んで学校が終わってダッシュで向かっても15時に間に合うはずなくて…
「何してたんだいこのボケっ!!」
「痛い!!」
殴られ……
「あたしが頼んだのはうなぎだよ!!これ牛じゃないかいっ!!」
「あの……季節的にうなぎやってないらしくて…ごめんなさい…」
「先輩舐めてんのかいっ!!だったらうなぎ屋でうなぎ買ってくるんだよ!!牛丼代はあんた持ちだよ!!」
「いやそれ桜太夫が買っ……痛いっ!!」
殴られ……
『明日土曜日だから学校休みだろ?朝の7時に車で家まで迎えに来な』
「わたし車持ってない……」
『だったらタクシーで来な』
「タクシー代って事務所から出るんですか?」
『あんたが出すんだよっ!!』
……そんな日が1ヶ月続き…
「もう辞めたいよ……(涙)」
「なんや情けない!!あんた芸人になるんやなかったんかい!!」
「別に芸人になりたい訳じゃないのに……(涙)」
「今更何言うてんねんっ!!」
おでぶ太夫の付き添いで来た劇場の楽屋で涙を流す私を桜太夫が厳しい言葉で叱責する。
どうしてこんな事に……私はただ百合をてぇてぇしたかっただけなのに……
この世界にはコンプラなんて言葉はないらしい。時代遅れすぎるパワハラ、モラハラの嵐に現代っ子のメンタルはバキバキです。
芸能界がこんな世界だったなんて…
「……というか、コンビうんぬの話はどうなったんですか?(涙)」
「ウチも色んな先輩のお世話で忙しいさかい!近いうちに時間作るから、ネタ考えようや!!」
「……おでぶ太夫のネタ全然面白くないしお客さん居ないし、雑用しかやらされないし、あの人に付いててもなんの勉強にもならないと思うんですけど…桜太夫は前のコンビ組んでた人とはどんなお笑いやってたんですか…?」
私の問いかけに桜太夫、ご機嫌に頬っぺに日本国旗を貼り付けてる割に表情は反比例して曇る。何かあるなと察して言葉を待ってたら…
「……実はあれな…」
「……」
「嘘やねん!!」
衝撃の一言が……
「は?」
「いや、元々ウチ、ピン芸人でやっててん…やっててんてか…やろうと思っとってん…!!」
語尾が無駄に力強いけど言ってる事は絶望的だったよ……
「騙したんですか?」
「あんたと組みたい思てるんはホンマや!!せやけどな…この世界、そんな簡単に仕事もあらへん……現実は厳しいんや…ウチまだお客さんの前で一回もネタ披露した事ないねん!!」
「あ、あんな偉そうな事言っておいて…?」
「ウチ、このまま終わりたくないねん!!」
ふざけてやがるけど桜太夫の言葉には嘘ではない情熱が宿ってた。
「ウチにはお笑いしかない思てるんよ。せやから…この辛い下積み一緒に乗り越えて、一緒に……」
「……可愛い女の子が沢山居ると聞いたからあなたの話に乗りました」
パイプ椅子から音を立てて立ち上がる私を桜太夫は悲しげな、いや、縋るような目で見上げてた。でも、こんな仕打ち……
「ごめんなさい、私は頑張れそうもありません」
「天逆毎太夫…!!」
「私は…………」
私の人生は…こんな所でメタボリック芸人のパシリにされる為にある訳じゃないから。
私の人生は……百合に囲まれててぇてぇして尊死する為に……
「痛い痛い痛いっ!!」
……深刻な空気を切り裂く悲鳴と共に楽屋に文字通り転がり込んできたのは忌々しいおでぶ太夫と、彼女を三人がかりで抱えてくるスタッフさん。
何事かと見守っている私達に過去一不機嫌そうなおでぶ太夫のパワハラ炸裂……
「あんたらのせいだ!!くそっ!!あんたらがあたしの食生活ちゃんと管理しないから体が痛いっ!!」
「……えぇ?」
「おでぶ太夫!どないしたんですか!?」
おでぶ太夫をソファに寝かせるスタッフさんが説明してくれた。ちなみにソファは重さに耐えかねて足が一本折れた。
「実は痛風が痛いとか言い出して……」
「えぇ!?おでぶ太夫、痛風やったんですか!?」
そんな素振りなかったのに……
「痛い痛いっ!!ダメだわこれ、今日出れないっ!!」
駄々をこねる150キロの駄々っ子にスタッフさんも困り顔。正直、どーせ客なんて入ってないんだから別に良くないですか?と思ったけどそんな事を口走ったらおでぶの張り手が時速100キロで飛んでくるから…
「お前ら、代わりに出ろ」
しかし張り手の代わりに無茶振りが飛んできた。
一瞬静まり返る楽屋。
この人何言ってんだろ…
「え?私達がですか?」
「しょーがないだろ!?お客さん待ってんだから!!」
この時私の脳に蘇る記憶。
数日前、今日の為にネタを考えていたおでぶ太夫の姿。ネタが思い浮かばなくて私に理不尽すぎるパワハラを連発してきてたあのおでぶの姿。
この人まさか…ネタが思いつかないから仮病を…?
戦慄する私は同時に芸人を辞める(そもそもまだなってすらいない気がする)決意を密かに固めてた。
もう帰ろう。帰って推しの百合カップルを眺めながらてぇてぇしよう。それがいい。クラスメイト達に「今アイドルになる為の修行中」と嘘をつくのももう限界……
「……え、ええんですか?」
そんな私の決意も……
相方の震える声を前にあっさり打ち砕かれるのでした。




