第47話 あなた達は『FOOLS』です
合宿終了まで一週間に迫った。私達の夏の終わりと、新しいステージに向けての第一歩は目前。
そんな今日も私達はレッスンで汗を流してる。
仲間の汗をぺろぺろしたい女、天鬼りあ16歳。
至高の百合を求めて今日も邁進する。
「はいお疲れ様、今日はここまで。みんな格段に良くなってるわよぉ」
「アイドルのパフォーマンスってのがどういうものか、イメージ掴めてきたみたいね」
ブロッコリー式アイドルレッスンは朝から始まって15時には終わる。その後は自主練とか…
その日も反省点を振り返って全体のレッスンはお開きになった。
「先生!!」
「あら?」「なにかしら朋花ちゃん」
みんながレッスン場から引き上げていく中、ブロッコリー兄弟を引き留めるのは朋花ちゃん。
誰よりも汗を滝のように流した彼女は肩で息をしながら真剣な眼差しでコーチに訴える。
「今日もマンツーマンでお願いします!!」
「あらあら…朋花ちゃん。やる気いっぱいねぇ」
「でも、無理は体に毒よ?ここ最近ずっとじゃないの」
「…大丈夫やから…ウチはみんなより遅れてんねん。追いつかんと…!!」
プロの講師が来るようになってから朋花ちゃんは全体のレッスンが終わった後もこうして個別指導を所望してる。
ここのところ毎日だ。
きちんと休まないと連日の疲れも抜けきらないだろうに…
心配になりつつも、誰よりも熱心な朋花ちゃんの姿勢に誰も苦言は呈せなくて結局見守るしかない。
……さて。そんな朋花ちゃん以外はというと。
まずせいちゃん。彼女はレッスン中も昼寝してたりフラフラと消えたりとサボってる事が多い。
万理華さんが火山噴火の如く怒り散らかしてるんだけど何処吹く風で…
ただそれでもたまに真面目にレッスンしてる姿は見とれちゃうくらいの実力だ。
そんなせいちゃんだけど最近はレッスンが終わると部屋に引きこもっちゃうんだよね。レッスン中もサボるわけでもなくぼーっとしてる時もあるし…
で、琴音ちゃんと紗良ちゃんは相変わらず仲良し。
「琴音…私今日の昼、見たぞ?お前ブロッコリー残したろ?」
「ぎくっ!」
「お子ちゃまなんだからぁ」
「誰にだって好き嫌いはあるでしょ!?紗良だって昨日ゴーヤ残してたし!!ブロッコリーよりゴーヤ食べれない方が子供だね!」
「分かってないな…あのゴーヤはさ…地面に埋めてここで自家栽培する為に残したんだよ」
「生えてくるわけねぇだろ!!チャンプルになってんだから!!」
「琴音ちゃんは違うでしょ?はーちゃんにブロッコリー押し付けたろ?コーチの先生と農家さんに申し訳ないとか思わないわけ?」
「コーチの先生関係ないじゃん!あの頭はブロッコリーじゃなくてアフロだから!!」
「あっ、寄るなよ汗臭い」
「ふざけんじゃねぇぞてめぇ!!いい匂いだろーが!!」
「ほらシャワー行くぞぉ。琴音は腕が短いからな、背中洗えないだろ?洗ってやるよ」
「やだ、すぐ胸触る」
「ねぇだろ」
「はっ倒すぞお前!!」
仲良くちちくり合ってる二人の横をはーちゃんが通り過ぎる。多分自主練するんだと思う。いつもレッスン終わりに一時間くらい歌唱レッスンしてるから。
「はーちゃん。シャワー浴びに行こう?紗良と二人で浴びるのはやだ」
「ごめん、僕は後で入るよ」
はーちゃん、ガード硬いんだよな…お風呂掃除の都合とかもあってみんな大体一緒に入浴するんだけどはーちゃんだけいつも一人。
無理矢理連れ込もうとしたら万理華さんキレるし…
「そっか…あっ。りあ。一緒にシャワー浴び……」
「琴音ごめん。りあはこの後私と用事あるから」
顔を輝かせてこっちに向かってくる琴音ちゃんを遮ったのは万理華さんだった。
「ごめんねぇ」って顔の前に手を立てる私に対して「……まぁ、りあもたまにセクハラしてくるからな」って琴音ちゃんがドライに吐き捨てて紗良ちゃんに連れ去られる。
各々が捌けていった一角で佇む私に万理華さんが振り返った。その手にはAmaz〇nのダンボールが抱えられてる。
来たんだなって思った。
「りあ…私の部屋に来て」
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「ASMRですか?」
金策の為に万理華さんが下心と共に捻り出した策、Y〇uTubeに私のASMR動画を投稿するというアイディアを聞かされた星熊マネージャーは難色を示した。
「…え?まだ合宿動画も何も投稿してないのに?一発目がASMRなんですか?」
そりゃそうだ。
「散々撮っておいてまだ私達のチャンネル運用してないの?」
「忙しいんですよ私だって」
万理華さんの講義にブー垂れる星熊さんはそう言いながらスマホでFPSやってた。
なんかこの人の事もだいぶ分かってきたなぁ…
初対面の時の圧迫感はもう毛程も感じないや。
「……忙しいし…合宿中にまだ何があるか分かりませんからね」
なんて呑気な印象を抱いた傍から溢れ出た星熊さんの呟きは一旦聞かなかった事にする。
「じゃあ、りあの個人チャンネルでやるから」
「え?私Y〇uTuberになるの?」
「ちゃんとグループの宣伝もするから」
「えぇ〜……」
星熊さんはまだ乗り気じゃなかった。
ただチャンネル運営は事務所が管理、内容は全てチェックするという条件をつける事でなんとか天鬼りあASMRチャンネル開設に漕ぎ着けた。
そして今日。
「さぁ…始めるわよ」
万理華さんの部屋に設置されたパソコンと録音機材とか照明とか…
自腹で全て揃えたんだって。
万理華さん怖い。
撮影部屋と化した万理華さんの部屋の中で一際異彩を放つのは、灰色の人の生首みたいなこれだ。
「ダミーヘッドマイクっていうの。これに囁きかけるみたいにしてASMRしてね」
「…具体的にどうすれば……?」
「大丈夫、台本書いてきたから」
万理華さんの手渡してきた台本にはまず『癒し系お姉さんの吐息責めASMR』ってタイトルが踊ってて、私は万理華さんの顔を二度見したよ。
「これ、星熊検閲入ってる?」
「入ってない」
「バレたら怒られるんじゃ…」
「大丈夫。さっき睡眠薬飲ませたからしばらく起きない」
「いやそういう問題じゃなくて…」
「撮っちゃえばこっちのものだから」
「私の気持ちは?」
「いずれは生配信とかもやっていくわよ」
「あの…」
「まずは広告収入得るために登録者1000人を目指すわよ」
「聞いてない…?」
「一応冒頭に喋る台本も用意してるから…ちゃんとPOPプロのアイドルだって挨拶してね」
「いや……」
「さぁ、始めるわよ」
「…万理華さんはいっつもこういうの聴いてるんだ。吐息……責めとか」
「……」
「……」
「…………始めるわよ///」
後方彼氏面万理華さん監視の元、私の初ASMR動画の撮影が行われたんだけど……
「えー…POPプロダクション所属の…りあです。えっと、一応アイドルやってます。デビュー前ですけど…」
カメラの前で一人で喋るのってなんか…虚しい。
この映像が一体何人に観られるのかも定かじゃないし…
でもこれも慣れなきゃいけない事なのかもしれない。
「えっと…グループ名は…………」
ここのセリフ、台本には空白のみが記されてた。多分この台本はグループ活動用のチャンネルで使う予定のものを転用したんだ。未完成らしく所々空白の箇所がそのままになってる。
まぁつまりこの台本は台本として機能してないってことだ。
…私達グループ名も決まってないんだよね。
「まぁ…未定です……とりあえず…このチャンネルではASMRやっていくんで……ヨロシク」
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……全てが終わった後万理華さんの部屋から二人で出てきたら顔を真っ赤にしたはーちゃんが扉の前に居た。
いたたまれない空気感に襲われる。
「……やぁはーちゃん」
「……あの、さっき…いや、盗み聞くつもりなんてなかったんだけどね?なんか部屋から怪しい吐息と嬌声が……いやなんでもない」
怪しい吐息は私のだし嬌声は万理華さんのだね。
万理華さんは別に耳元でやってるわけじゃないのに、別にASMRしてないのに、興奮してた。
「…陽。これは極秘プロジェクトだから///ただ私達の間にやましい関係があるわけじゃないから、そこだけは誤解しないで」
「別にイチャイチャしてたわけじゃないんだよ、信じてねはーちゃん」
「あ、うん。なんかY〇uTubeでASMRやるって星熊さんからは聞いてたから」
バレてる!?
驚愕してたら件の星熊さんが険しい顔でドスドス足音鳴らしながら階段登ってきた。
「勝手に撮りましたね?」
星熊さんキレてる。睡眠薬盛られたらまぁキレるか……
「もう投稿しましたー」
対する万理華さんはキャラ崩壊レベルのあっかんべーで対抗だ。
「削除しまーす」
「させませーん。元データは私が持ってるから、削除されても何度でもアップしまーす」
「その度に削除しまーす」
「それを上回るスピードでアップしまーす」
「更にそれを上回るスピードで削除しまーす」
「更にそれを「いや更にそれを」
「もういいです」
はーちゃんが間に入って子供みたいな喧嘩を止めつつ「Y〇uTubeといえば」って話題を変えた。
「なに?陽もやりたいの?ASMR」
「いやいいです」
「じゃあなに?」
「僕らグループのチャンネルっていつ始動するんですか?」
これに星熊さんはぼんやりとした、何も考えてなさそうな顔で「合宿終わったあたりに…素材が集まってたら」って答える。
そこで私は思う。さっきの台本の空白部分が頭の片隅にずっとあった。
マイクに向かってはぁーっとかふぅぅぅ〜っとかやってる間ずっとあった。
「私達のグループ名、そろそろ決めないとですよね」
「グループ名」
はーちゃんがちょっと目を輝かせてる。万理華さんも「確かに」って頷いた。
「グループ用のチャンネル始動するにもグループ名すら決まってなかったらカッコつかないわよね」
「それならもう決めてありますよ」
「「「え?」」」
初耳な三人に星熊さんはチョットドヤ顔しながらせっかくの機会だからと、私達のグループ名(勝手に命名)を発表する。
「あなた達は『FOOLS』です」




