第42話 そゆこと♡
「……え?琴ちゃんってあの『ぽいずんちゃん』なの?」
「……コク」
「へぇぇぇ……そーなんだァ……星羅お姉さんもね、観てたよ、動画」
「……アリガト」
「あれが良かった。あのー……ロサンゼルス貸し切って100万人と鬼ごっこしてみたってやつ」
「ソレゼッタイベツノチャンネルダロ、ンナカネネーヨ」
……ってな感じで、せいちゃんと琴音ちゃんはその日の朝、ロビーのソファに座って親睦を深めてたんだって。
琴音ちゃん、まだせいちゃんと一対一だとマスク外せないみたいだけど、せいちゃんはそんな琴音ちゃんを「琴ちゃん、琴ちゃん」って受け入れてくれてる。ダメすぎるお姉さんだけど、多分琴音ちゃんが心を開くのも時間の問題だ。
で、天鬼りあはそんな二人を……
「はぁ……はぁ……」
階段の上から双眼鏡で観察してた。
「なにしてんねん!?」
「しっ!逃げちゃう!!」
「屋内でバードウオッチング!?」
違法カジノで地獄を見て二日経過した…そんな朝。
緩やかにかつ確実に終わりが見えてきた合宿の後半戦に……
奴らは現れた!!
玄関の開く音がした。
まず反応したのは琴音ちゃんとせいちゃん。二人は誰が来たのかと扉の方を見る。
まぁ星熊マネージャーが帰ってきたんだろ……程度に思ってた。私も。
「あら、なんだか埃っぽいわね」
「薄暗くて、感じ悪い」
でも入ってきた巨大なシルエットを見て一瞬、私達は思考が停止した。
逆光によって作られたシルエットは巨大なブロッコリーそのもの。よく目を凝らして初めてそれが人の頭部だって分かったけど、顔面の三倍はありそうな特大アフロのインパクトはそれが髪の毛である事への理解を遅らせる。
ブロッコリーから伸びる濃いもみあげに縁取られた彫りの深い顔。
膨らんだ鼻の穴。
ピンッピンに立ったまつ毛。
ムカつくくらい輝いてる瞳。
真っ白なシャツの襟を立てて、はち切れんばかりの胸筋を黒く覆う胸毛を滾らせて…
身長180は余裕でありそうな長身を支える鳥みたいに長い足がカツカツと床に靴音を響かせた。
そんなのが二人…
緑色のブロッコリーと青色のブロッコリーが二人、無遠慮に保養所に侵入してきたんだ。
「キャアッ!?」
まぁ琴音ちゃんから悲鳴のひとつあがるのも無理はない……
「ちょっとー?ここは私有地ですよ?勝手に入らないでね?」
20年の人生経験をぶら下げて、不法侵入の先達たるせいちゃんが立ち塞がる。
二人のブロッコリーはせいちゃんを値踏みするみたいな目でジロジロと見つめてた。
「……」
せいちゃんの顔に緊張の色が走った。
「多分この子が噂の……」
「なるほど、肉体のヴァランス……声質、ルックス……天性のものを持ってるわ」
「ちょっと!?なんですかあなた達!!」
ここで朋花ちゃんに連れられてそこらの20歳より安心感のある18歳、万理華さんが到着。
フリフリで可愛すぎるピンクのパジャマ姿のまま、突然の来訪者に凄んでみせる。
……でも。
「出て行ってくださいっ!!」
「……あら、ご挨拶ね」
「あたし達はあなた達の為にわざわざこんな山奥まで来てあげたのよ?んもぅ。衣装が土で汚れちゃってるじゃないっ」
「なっ……?は……っ?クレヨンしんちゃんのオカマみたいな客人を呼んだ覚えは……っ」
「聞いてないの?」
「あたし達が今日からあなた達に歌とダンスを教える事になった、新しい講師よ?」
「…………えぇ!?」
********************
「ご紹介が遅れましたが、こちらが歌の講師のケツアナ・カッポジーリさん。で、こちらがダンスの講師のハナアナ・カッポジーリさんです」
……ケツ穴が緑ブロッコリーで、鼻の穴が青ブロッコリーらしい。
星熊さんに紹介されたこの二人の存在感と、突然現れたプロのコーチに私達はただただポカンとする他なかった。
「よろしくね」って濃厚すぎるウインクを飛ばしてくる彼らに対して遅れてやって来た感情。
天鬼りあにとってそれはあまりよろしくないものだった。
百合に挟まる男。
それは乙女の花園に決して侵入してきてはならない禁断の存在……乙女達の麗しい関係に「僕も混ぜて」って無粋に踏み込んでくる、異物。
要するに百合カップリングにねじ込まれる第三者の男の事。
百合で尊死する為にアイドル業界に飛び込んだ私にとってそれは許容せるはずもない存在なのである。
……とはいえこれは現実。世界には女もいれば男もいる。自然の摂理。むしろ、男がいるからこそ女という概念があり、女という概念の中に美少女という概念があり、だからこそ百合というジャンルが成立するのであって、百合という存在は男の存在なくしては成り立たないんだ。
待ち望んだプロの講師じゃない。
これで万理華ちゃんの負担も軽減される。
「せんせー。お金はどーしたんですかー?」
紗良ちゃんが星熊さんに問いかける。星熊さんは先生じゃない。
そうだ。お金は?こんな簡単に講師がやって来るんなら私達が違法カジノでバニーガールになったのはただの眼福じゃないか。
「この人達は……私の昔の知り合いでして…特別に格安、後払いで契約していただきました」
「そゆこと♡」
「あんた達、金策の為に自分達で頑張ったって聞いてるわよ。偉いわねぇ♡でも、お金の心配はしなくていいからね♡」
……この人達の性自認は女、でいいのだろうか?
「てなわけで、今日からあたし達のやり方で教えていくからね」
「早速あなた達一人ひとりの特徴を知りたいから、今から個別であたし達にパフォーマンスしてもらうわ」
パフォーマンス……?
「簡単に歌とダンスを見せてくれればいいのよ?」
「早速、始めましょ?時間は有限、人生は学びの連続。即ちユーキャン」
「あら、ケツアナったら。有限とユーキャンをかけるなんて」
「「おほほほほほっ」」
……
********************
なんか怪しい人達だなぁ……
なんて思ってた。
「歌でいちばん重要な要素ってなにか分かる?」
「……え?えっと……音程?」
「声よ」
オーディションみたいな個別審査では1分くらいしか見られなかった。
でもその1分間でこの二人には充分だったみたい。
「どんなに上手に歌えてもね……聴きたいって思わせる声質は天性のもの。それに勝るスパイスはないのよ」
「あなたはそれを持ってる。神様からのギフト」
声を褒められたのは初めてじゃない。ありがとうございますって流してたらこんな事を教えてくれた。
「あなたの声は1/fゆらぎって言ってね…1万人に一人しか持ってない特性なの」
「1万人に一人……」
「小川のせせらぎのような、生体リズムに共鳴して、ヒーリング効果を生み出す特別な音…訓練である程度身につけることもできるけど、あなたのそれは天性のもの。大きな武器になるわ。お客さんはみんな、あなたの歌を聴きたくなる」
緑ブロッコリーの言葉に私はあの時を思い出した。
朋花ちゃんと一緒に出たお笑いの舞台。あの時、ネタは滑りまくったけど、お客さんの視線はずっと感じてた。みんな私を見てた。
あれは見てたんじゃなくて、聴いてたんだ。
「人を束ねるカリスマなんかもこの声質を持ってるわ。あと、著名な歌手なんかもね」
「宇多田ヒ〇ルとかね」
「……へー…」
ただ、と緑ブロッコリーが分厚い唇を尖らせる。
「歌唱力はまだまだね」
「いくら声が良くても、それだけじゃダメ。ノンノンよ?」
この指摘は少し胸を抉った。
プロ級なんて自惚れてはないけど、これでも少しは上手くなったと思ってたけど…
「りあちゃんは音感がないのね」
「音程を正確に捉えられてないわ。だから音痴に感じるのよ」
音痴……
「で、ダンスの方だけど……」
「そうね、基礎は身についてる。あなた可愛いんだから、あとは魅せ方を覚えなさい」
「魅せ方……」
「自分がどうすれば一番可愛く見られるかを知るって事よ。あなたは多分、他人の視線を意識して踊ってないでしょ?」
他人の視線……
「まぁ、人前で踊った事ないんで……」
「ダメダメ。ダメよ。鏡の前で何万回と練習なさい?自分がどう見えてるのか、よく分かるはず…」
「それは毎日の練習でも……」
「お客さんの気持ちになって見るの」
お客さんの気持ち……
あのお笑いの舞台の視線が想起する。
「歌もダンスも一緒よ。自分のパフォーマンスを受け取る側の気持ちになってみる事が一番の上達の近道よ」
「自分だったらどんな歌を聴きたいか、どんなダンスを見たいか……アイドルのパフォーマンスは愛情表現……恋は相手の気持ちを知らなきゃでしょ?」
……なんかよく分かんないけど、言葉に重みがある気がした。この人達は紛れもないプロ、そう感じ取れた。
今まで後ろに倒れないように踏ん張ってここまで歩いてきた。
今日、倒れないようにその背中を支えてくれる大きな手が突然、私達の道に現れたみたいだ。
ところで…って、青いブロッコリーが質問してきた。
「あなた達曲とかまだないのよね?」
「ないですね。まだデビューもしてないし……」
「曲がなかったらデビューできないじゃない」
「まさか初ライブでカバー曲って訳にはいかないでしょー?」
曲……
「あたし達はほぼタダ働きみたいなもんだけど…曲作ってくれる人はあてがあるのかしら?」




