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第38話 ……負けたらどうするのよ

 …で、結果はこれなわけだよ。


 競馬場で崩れ落ちるPOPプロダクション期待の超新星達。放り投げられた馬券が虚しく空を舞ってるよ。さながら木枯らしに吹かれる枯葉…運命っていう大きな波に翻弄される小さな存在、賭けに負けたそんな私達を揶揄するように紙切れと化した希望だったものは手元を離れていった。


「…ま、切り替えよーぜ」


 真っ先に立ち上がったせいちゃんが気楽〜に言うもんだから、カブトガニヘッド琴音ちゃんのローキックが鋭く疾る。


「慌てるな!」

「フザケンナ…カネカエセ…」


 お外ではまだ引きこもりモードな琴音ちゃんも流石に怒りが収まらない。無理もないよ。

 競馬なんてやった事ない私達はせいちゃんに言われるがまま単勝?ってやつでほぼ全財産をぶっ込んだのに…


「何が私が増やすよ!!ふざけんじゃないわよあんた!!てか!こんな話に乗った私がバカだった!!」


 万理華さんが己の愚かさを嘆いてる。けど、嘆いてる場合じゃないよ。


「コーチ雇うどころかウチら明日からどないして生きてったらええねん!!」


 朋花ちゃんがせいちゃんに掴みかかって涙目で訴える姿は思わず涙を零しそうになる程悲惨。多分定職もなくてまともな貯金もなかっただろう朋花ちゃんにとってこれは切実な問題だったはず。


「…大丈夫っしょ。あと半月は合宿で飯の世話してくれるんだし♪」


 今日しか生きてないんだろうなこの人…せいちゃんは私達のお金の責任なんてこれっぽっちも感じてない様子。


「私なんて1ヶ月600円で生き抜いた事あるから、大丈夫だよ」

「ウチにそないなキングボンビー強いる気か!?金返せ!!」

「落ち着けよ…勝負は時の運…こういう日もあるって。そもそも、確実に勝てる勝負なんてあると思う?これも覚悟の上だったはず」

「おどれ絶対勝てる言うたやんけっ!?」

「…朋花ちゃん。私が言うのもアレだけど…競馬で勝って金増やすから金貸してって言って全財産渡すのはどうかと思うけどなぁ…」

「殺すぞ貴様!!」


 琴音ちゃんと紗良ちゃんが仲直りしたばっかりなのに…


「大丈夫だよ。次はパチンコで勝つから」

「もう金あらへんやろ!?」

「君はそうかもしれないけど…ほら、万理華とかは前のアイドル活動の稼ぎがあるでしょ?まさかあれで全財産なわけないよね?出せ」


 もはや清々しいまでのクズだった。この人は今までどういう人生を歩んできたんだろう?罪悪感なんて欠片も見当たらないその清々しい顔にはただギャンブルがやりたい、しかも人の金でって書いてある。


「…私を心配してくれたりあの気持ちを利用してただ遊びたかっただけなのね?あんた…」


 図々しく差し出されたせいちゃんの手を万理華さんが強烈な眼力で払い除ける。もう今後一切この人に一銭も金を渡す日は来ないと思うよ。


「でもどうしよう…コーチ雇うどころか有り金全部消えちゃったし…」

「やっぱり事務所にお願いするしかないって。そもそも、なんで私らが金出すの?」


 紗良ちゃんの言い分はもっともだった。今更だけど。


「アイドルってお金がかかるんだねぇ…私らの楽曲とかもプロの人に外注すんでしょ?その金すらあるか怪しくね?私らこれ、デビューできんのかな?」


 頭を抱える私の呟きを拾う紗良さんの言葉の続きが全員の胸に暗雲を立ち込める。

 ちゃんとした事務所に所属したはずなのに…ちゃんとしてなかった。私達の前に「金」っていう大きな壁が立ち塞がってる。

 見上げるほど高いそれを乗り越える方法を私達はまだ知らない。



「お嬢さん方、お困りのようですね」


 その時、立ち去ってくお客さんの波に逆流してこっちに近づいてくる声があった。

 私達が振り返った先に、このクソ暑いのに黒いスーツにネクタイまで締めた、糸目で胡散臭いお兄さんが立ってた。


「なんですか?」


 でも胡散臭さでは私達も負けてない。うちはカブトガニのマスク被った子と右目に眼帯した子が居るから。まぁそれはいいとして、すかさず前に出る万理華さん。


「突然失礼しました。私、怪しいものではございません」


 怪しい人が言いそうなセリフと一緒に口元に手を当てて、お兄さんは万理華さんに近づいた。


「お金の事でお困りのご様子でしたので…」

「おたくから借りませんからっ!!」

「いえいえ、誤解です。私は消費者金融ではありません。実は…私はとある賭博場の経営者でして…」

「と…賭博場……?」


 何言ってんだこの人……


「ご安心ください。至って健全な公営ギャンブルでございます。政界の方や、芸能人の方々にもご贔屓にして頂いております」

「……芸能人の方々」


 なんでか万理華さんがその一言に引っかかった。

 琴音ちゃんがグイグイって万理華さんの服を引く。


「ゼッタイアヤシイ!ダメッ!!」

「そもそも僕らお金ないよ?」


 そう、はーちゃんの言う通り。この人が何者か知らないけど公営だろうと違法だろうとお金が無きゃ遊べない。


「ご安心ください…当賭博場ではお金の持ち合わせのないお客様でもお遊び頂けますので」

「どういうこと?」

「マリカサン!キイチャダメ!!」

「勝っていただければいいのです。えぇ。どうですか?『THREEPIECE』の万理華さん」

「えっ!?なんで私の事…っ!!」

「もちろん存じ上げております。有名人ですから、はい」

「……有名人…」


 万理華さんの何かがあっさりコケた音がしたよ。


「あなたにこそ相応しい一流の方々の社交場へ、是非」


 *********************


 コンテナハウスみたいな建物だった…

 外では外国の国旗が風に靡いてる。


「大使館じゃーん」

「大使館で賭博!?アウトレイジじゃん!!」


 紗良ちゃんがキャッキャッしながらはしゃいでたけど私はもう帰りたかった。


「その通りです。大使館は治外法権…故に日本では禁止されている賭博もここでは合法…これは国を挙げての産業なんですよはい」


 日本では違法ですって認めちゃったよ…


 軍人みたいに回れ右して琴音ちゃんを連れて帰ろうとした私をせいちゃんが捕まえて囁く。


「こういうのはよくある事なんだよね。大丈夫みんなやってるよ。それにこういう場所の方が大金が動く。稼ぐにはチャンスだ。何より…楽しい」

「せいちゃん!?せいちゃんって大丈夫な人ですか!?」


 はーちゃんも…


「姉さんが言ってたんだけど…」

「はーちゃんのお姉さんの格言はロクなのないから今はいいよ!?」


 気づいたら他のメンバーはスタスタと中に入って行くのを見て私泣きそうになっちゃったよ…

 このユニット大丈夫なのかな……?

 倫理観的に……


「大使館は日本国憲法は適用されないんだよ。日本人が外国で賭博したって罪には問われないだろ?ここは日本であって、日本じゃないの」


 満面の笑みを浮かべながら私の肩をポンポン叩くせいちゃん。


「お金、欲しいんでしょ?」

「……あの……ちなみにせいちゃんはこういう場所で遊んだ経験が……?」

「……(*^^*)」





 入口でよく分からない書類にサインさせられた。日本語じゃないからなんて書いてるか分かんなかった。


「ただの会員登録だと思ってください」

「会員登録!?!?」


 違法…?賭博の会員登録を済ませてしまった私達に軍資金となるチップが手渡される。色々説明を受けたけど細かいところはせいちゃんに任せることにした。

 私は帰りたかった。


 これって賭けで使うお金…って事だよね?

 私達一銭もお金出してないのに両腕で抱えるレベルのお金が出てくるシステムがよく分からなくて怖かった。


「……星羅、つまりどういう事なの?」


 全ての説明を受けた後、よく分かってない万理華さんがせいちゃんに尋ねる…けど。


「……んー…まぁ…軍資金貸してやるから勝って返してねって事」

「……負けたらどうするのよ」

「……(ニッコリマッコリ)」


 多分肝心な事は聞いてなかったんだと思う。



 怪しいお兄さんに連れられて奥へ…


 扉一枚隔てたその先の光景は、外から見た殺風景な豆腐ハウスの中とは思えない程ギラギラしてた。


 シャンデリアが天井に煌めいて、深紅の絨毯が私達の影を吸い込んでる。そこかしこから聞こえてくる喧騒。ダイスやルーレットの回る音、お客さんの歓声。賭けに興じる客の隙間を縫うようにお酒を持って歩き回る妖艶なバニーガールさん達。

 異様な熱気と輝きが私達を一気に別世界に誘った。


「ここが…」

「カジノ…」


 乗り気じゃなかった私と琴音ちゃんもその光景には息を飲む。


 色んなゲームが行われてる。そのどれもがルールすら分からないものだったけど……

 訳も分からず楽しそうって感情が湧き上がった。この気持ちはそう…麻雀のルール知らないのにアカギは雰囲気で楽しんで読める…そんな感覚に似てる。


「……コーチ代、稼ぐわよ」


 先頭に立つ万理華さんが鼻息荒く意気込んだ。

 私達は万理華さんに続く。


 ……本当に違法じゃないんだよね?大使館の中だから日本の法律の外なんだよね?



「ごゆっくりお楽しみください……」

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