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第36話 お金の事なら私に任せといてよ

「いい度胸ね」


 万理華さんの笑顔が引きつった。怖い…


「むにゃ……誰がニュドウカジカだっ!!」


 リラックススペースに雑魚寝した人影の中から素っ頓狂なツッコミが飛んだ。だいしゅきホールドで沙良ちゃんに抱き込まれた琴音ちゃんが足をバタバタさせながら寝言で叫んでた。

 だいしゅきホールドの意味は自分で調べてね。


「……」パシャッ

「りあ!?なんで撮ったの!?」

「万理華さん、みんな起きちゃうから場所変えようか?」




 食堂に移動した私の前に万理華さんが枝豆を出してくれた。多分20歳組のツマミ用に茹でてたんだと思う。やっぱり万理華さんはよく周りを見てるよ。


「……分かってるわよ」


 枝豆をひとつ皿から拾い上げながら万理華さんは対面に座った呟いた。


「私じゃ力不足なのは…私はプロの講師じゃないし、アイドルとしたって中途半端」

「そういう意味で言ったんじゃないよ?」

「歌もダンスも星羅の方が上手いしね?正直……朋花に星羅と講師代われって言われた時はちょっとショックだった」

「朋花ちゃんはそういうつもりで言ったわけじゃないと思うよ?」

「言われても仕方ない。私が教えてたんじゃ上達するものも上達しないわ」

「聞いて?」


 万理華さんは案外繊細で打たれ弱い。時々自罰的な発言が飛び出す。ユニットを背負わされたプレッシャーから来るものだろうけど、多分生来自信がないタイプなのかもしれないと思う。

 無い自信を努力と根性で補ってきたタイプ。でも自己評価が低いから何かを背負わされるとネガティブな方に思考がいくんだ。


 万理華さんはみんなに認められてないと思ってる。

 でもそんな事ない。

 合宿初日に星熊マネージャーが暫定リーダーとして万理華さんを指名した理由はよく分かる。この中で万理華さん以上にまとめ役として適任な人はいないから。


「万理華さんだって自分の練習をするべきだと思うんだ」

「……」

「私が言ってるのはそういう事。万理華さんの能力を疑ってるわけじゃないんだよ」

「……朋花の事、どう思う?」


 突然第三者の名前が飛び出して困惑する。


「正直、成果がない」


 万理華さんはすごくストレートに言った。


「ここに来た時からダントツで下手だった。で、今日まで何も成果が出てないと思う」

「言い過ぎじゃ……」

「朋花のせいじゃない。私の指導能力が低いから」


 うーん……


 私はふとさっきせいちゃんから言われた言葉を思い出した。おもむろに立ち上がる私を万理華さんが見上げる。


「聴いて」


 暗い食堂に流れるのは自分の歌声。レッスンで使ってる『THREEPIECE』のサビ部分。

 万理華さんはぽかんとしてそれを聴いてた。


「……どぉ?」

「……上手いわよ」

「さっきせいちゃんにも褒められたんだ〜」

「……ごめんせいちゃんって…」

「星羅の事だよ」

「あぁ……慣れないわね」

「私スカウト受けた時朋花ちゃんと似たり寄ったりな下手っぴだったんだよ。でもここまで上手くなれた」


 自画自賛。でも確かに上達したと思う。毎日レッスンに時間を使ってるのもあるんだろうけど、ほんの半月でこんなに歌って上手くなれるんだって驚いた。


 オーディション番組に出た時は人前で歌声を披露するのは憚られたけど…今ならそこまで抵抗がない。


 せいちゃんが言ってた「歌うのが好き」かはちょっとまだ分かんないけど…


「才能があるのよ。声も綺麗だし…」

「万理華さんの指導がいいからだよ」


 万理華さんはまた枝豆を一口つまむ。


「じゃあ朋花がダミ声下手っぴやかんの沸騰音なままなのはなんなの?」

「言いすぎじゃない…?」

「才能よ。りあのは」

「才能と言うより相性だよ。万理華さんの指導との相性が良かったんだよ。朋花ちゃんだって結果を焦らなきゃきっと上達する」

「……なんか、矛盾してない?私が教えるの反対なんだよね?私を褒めてどうする」

「だからね?その相性というか……人によって適切な教えた方ができるかどうかが、万理華さんとプロの違いなんだよ。きっと。だから万理華ちゃんの教え方は悪くないけど、プロが居た方がいい」

「……人に合った教え方ができないのはつまり下手くそだからって事じゃ……」

「いや、違くて」

「まぁいいわ」


 私の言葉を手で遮って万理華さんは尋ねる。


「じゃありあはどうしたらいいと思う?」

「プロの講師を呼ぼうよ」

「うちの事務所じゃ無理よ。お金ないもの」

「この事務所どうなってるの?」

「入る事務所を間違えたわね…」


 とにかくプロとしてやっていくにはいずれちゃんとした講師が必要になると思う。何より万理華さんの体がもたない。

 今も気だるそうに頬づえをついてる万理華さんの姿に心配が募る。


 私の頭に浮かんだ案は一つだった。


「……私達が雇うってのは?」

「私達って……」


 ポカンとした顔をしながら私を見つめる万理華さんは呆れたように口角を上げた。


「バカ。いくらかかると思ってるの?」

「いくらくらい?」

「……知らないけど…仮に今雇えたとしてもこの先ずっと必要になってくるものよ?デビューしてもレッスンはずっとあるんだから」

「……私達が売れっ子になれば、事務所にもお金が入るでしょ?」

「その為の講師を雇うお金が今、私達にあるの?個人で契約するってなると結構するんじゃない?りあ、お金あるの?」

「……」


 確か今財布の中にあるのは……3,800円…


「事務所に所属しておきながら個人で講師を雇うなんてバカらしい話ないよ。私らがよくても、他の子にもお金を払わせる気?」

「……それは」


 みんなの問題だし、って口から出そうになるのをグッと堪えた。


 その時……


「話は聞かせてもらったぜ」


 突然暗闇の食堂に声が響く。

 私と万理華さんが同時にそっちを見ると、酒臭い息と共に一人の影が姿を現した。


「講師を雇うお金が無いって?」


 私達が騒がしかったのか…そこには起きてきたせいちゃんが一升瓶片手に佇んでた。


「まだ飲んでるの!?」


 万理華さんドン引き。


 咄嗟に唇を手で守る万理華さんを意に介さずせいちゃんは私の方に正気か怪しい瞳を向けてきた。


「お金の事なら私に任せといてよ」

「……え?」


 もしかして……払うつもりなの?朋花ちゃんの話では家賃払えなくてここに転がり込んだ、バイトもまともに続かないこの人が!?


「私が教えてあげるよ……お金の増やし方」

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