第35話 天使の声からキモオタの鳴き声が…
「枕投げ…しようぜっっ……」
陽さんが帰還し本当の意味で7人が揃った夜の刻。沙良さんが修学旅行生みたいなテンションでガラス製の灰皿を持ってた。
「沙良さんそれ枕違う」
「それ投げんなよ?火曜サスペンス始まるぞ」
私のツッコミに追従する琴音ちゃんも目が覚醒したみたい。
純潔を奪われた万理華さんは床に崩れ落ちて痙攣してた。隣で万理華さんから何かを奪った星羅さんがお肌ツヤツヤの顔で「いいねー」と乗ってくる。
今のところ枕投げに乗り気なのは最年長の二人だけです。星羅さんは20歳らしい。
「もう寝ませんか?明日も早い事ですし…」
さっきのディープキスで捗りたくなっちゃった私は自室に引き上げる提案をするんだけど…沙良さんがこんな事を言う。
「……なんかさ、私、思うんだ。これからこの7人でやってくにあたって、もっと仲良しになるべきだとさ」
仲良し……
「りあちゃんとか今だに敬語でなんか距離を感じるんだよね」
酔っぱらいの指摘に私は一度考えてみる。
ようやくメンバー全員が揃った今、親睦を深めるチャンスではあるかもしれない。琴音ちゃんと沙良さんの問題も解決した事だし、星羅さんはドスケベ危険域だけどフレンドリーで距離感を感じない。
ここは枕投げにでも興じて距離感をグッと縮めて……
「…じゃあ、みんなで枕投げして……ここで一緒に寝ます?」
あわよくばカップル爆誕させるのも……
「え?ここでみんなで寝るんですか?」
難色を示したのは陽さんだった。
「嫌ですか?」
「嫌というか…うーん……」
「心配しなくても変な事はしませんよ?」
「そういう風に言ってくる人が一番不安ですね」
陽さんはみんなと分け隔てなく接してくれるけど、なんというか…ガード硬いな。
「…私は仕事があるから遊ぶならみんなで……」
「つれないこと言ってると……べろちゅーしちゃうぞ」
酒とヤニの臭いをプンプンさせる星羅さんからドスケベ注意報発令!
引きつった顔で後ずさる万理華さんを捕まえて星羅さんは諭すようにベロを出す。
「んベろ」
「舌出すな!!」
「もう時間も遅いし今日は遊んで、ゆっくり寝て、明日の夜起きればいいじゃん」
「一日終わってるからそれ!」
「人生は急ぐ旅じゃないよ」
「…合宿は1ヶ月。私達には時間が無いのよ?明日も早いんだし……」
「休むのも仕事だよ?焦ったって、君が一人で根詰めたって、みんなのレベルは上がらない」
そう告げる時だけ星羅さんの眼差しは少し冷たい温度を帯びた。
万理華さんは不服そうにムッとしたけど……
「万理華」
「は?」
「……さん(汗)」
寄って来る琴音ちゃんが圧にも屈せず万理華を見上げる。自分の疲労を案じる琴音ちゃんの表情と声音を、万理華さんも無視はできない。
万理華ちゃんは傍から見ても疲れてる。それは目の下の隈にありありと現れてた。
「明日はお休みでもいいじゃん」
「……」
「今日はお話でもしながらゆっくり休もう」
まるで天使のような小さき存在の言葉に、万理華さんも逡巡の末、首を縦に折ったのだった…
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そして繰り広げられたのは壮絶、その一言に尽きる仁義なき枕投げ。
各々が自室から持ち寄った枕を手に、女の意地とプライドをぶつけ合う凄惨なる転し愛が繰り広げられた。
られちゃった。
「死ねぇこらぁぁぁぁ!!!!」
日頃のストレスなのか……万理華さん…いや、万理華ちゃんは鬼の形相で枕を振り回し……
「誰が小さい方のドングリだ!ふざけんじゃねぇっ!!」
小さき野獣、琴音ちゃんは沙良さん…ではなくて沙良ちゃんに噛みつきデスロール。
「痛てぇよ炎上インフルエンザー」
沙良ちゃんは戦いの中で冷徹な殺戮マシーンとなり、性格無比な枕射撃で四方を蹂躙。
「あかん!?痛い!!こいつの枕なんか硬いねんけど!?」
無数に飛び交う枕(凶器)に朋花さ……ちゃんは打ち倒されて…
「あっ怖いっ助けてっ」
陽さん…じゃなくてはーちゃんは隅っこで小さくなってて……
「あはははははは」
枕の届かない全く関係ない場所で一人晩酌を続ける星羅さん……いやせいちゃんは笑ってた。
「あの……やっぱり僕そろそろ寝ます」
「あ?」「は?」「あっ」「アウトー」
自室に戻りたいはーちゃんが立ち上がって声をかけた時、一斉に襲いかかったメンバーからの総袋叩きに遭った。
敬語を使わない事。下の名前+ちゃん付けで呼ぶこと。
距離を深める為に私が定めた枕投げゲームのルール。
破ったら枕でリンチされます。
深夜1時を少し回ったあたりでせいちゃんが寝落ちしちゃったのを皮切りに、リンチされたはーちゃん、沙良ちゃん、朋花ちゃん、琴音ちゃん、万理華ちゃんは深い眠りに落ちたみたい。
ぐっちゃぐちゃにされたリラックススペースは凄惨たる有様で…破れた枕から飛び散った羽毛とか蕎麦殻とか…ひっくり返ったソファとか…
まさに目を覆いたくなる惨状に私も目を覆う事にしました。
私も固い床に寝転がって(枕は琴音ちゃんに食い破られました)目を閉じたんだけど、すぐに背後で人の動く気配が。
振り返ったらリンチされてたはーちゃんが静かに起き上がって部屋から出ていこうとしてた。
「部屋に戻るの?」
後ろから声をかけたらびっくりした様子のはーちゃんが気まずそうに笑った。
「やっぱり大勢だと落ち着かないので……落ち着かないから」
「でゅふふっ。砕けた喋り方はなれない?」
「あのっ…りあさ……ちゃん」
「でゅふふ。呼びやすい方でいいよ?今日のはゲームだから。私の呼び方とか喋り方が気になるなら元に戻します」
「いえ…じゃなくて、ううん。なんだかこの方が距離が近く感じるから…で、あのさ、りあちゃん。言いにくいんですけ…だけど、笑い方それでいいのかい?」
「え?どゆこと?」
「天使の声からキモオタの鳴き声が…」
鳴き声?私の笑い方鳴き声って言われてるの?
喋り方で少し仲良くなった気に…うーん。正直あんまり変わらないかな。
一人部屋に戻ろうとするはーちゃんの姿にまだ少し壁を感じる。
琴音ちゃんとか沙良ちゃんとかせいちゃんはみんなとの距離感がとても近く感じるけど、はーちゃんや万理華ちゃんはまだ遠慮を感じる。
まぁ焦って距離を縮めるのもよくない。これから自然に縮まってくれれば…
…もっと言うと別に私と縮まらなくても、はーちゃんが誰かと恋にでも落ちてくれてカップリング成立してくれれば……
「じゃあ、おやすみりあちゃん」
「……はーちゃんってさ」
「え?」
「女の子好き?」
「…………えっと…うん?好き…だよ?」
…ほぅ。
「でゅふふふふふっ」
「……っ!?」
「はーちゃんみんなともっと仲良くなってね」
「え?…う、うん?」
「でゅふふふふっ」
「……りあちゃんその笑い方は矯正した方がいいかも……(汗)」
「そんなに変かなぁ?」
「じゃあ…おやすみ(汗)」
そそくさと退散してくはーちゃんの背中を眺めながら聞き忘れた事があったのを思い出す。でもあえて声をかける程のことじゃないし、詮索するのもよくないよね。
「でゅふっ」
一旦笑っとこ。どこが変なのか分からない。
「……はーちゃんは今日一日どこに行ってたんだろ」
「だから事務所よ」
「うわっ!?」
背後霊かと思った。
思わず大きな声出しちゃったけど、みんな目を覚ます様子はなし。私の後ろに立ってたのは万理華ちゃんだった。
「万理華ちゃん起こしちゃった?」
「そのちゃん付けルールまだ続けるの?」
「可愛くていいじゃん」
「……一応リーダーなんですけど?歳上だし」
「万理華ちゃん♡」
「…………」
「……すみません万理華さん(汗)」
この人には通用しないらしい。
「まぁタメ口は別いいけど……それにしても、あなたがこんなタイプだとは思わなかった。積極的に…みんなの仲を深めようとか考えるタイプなのね」
「迷惑でした?」
「……いや、ありがたいと思ってる。みんなが纏まるのはいい事だし…あと敬語じゃなくていい。私もあなたの事名前で呼ぶわ、りあ」
「ありがとう万理華ちゃん♡」
「…………」
「……万理華さん(汗)」
この人さん付けにこだわりでもあるのかなぁ…?
「りあも、今回の琴音と沙良の事で思う事があったのかもしれないけど…りあや陽がみんなの潤滑油になってくれて、チーム内の人間関係が良好になるのは望ましい事だと思う」
「うん……私もみんなには仲良くしてほしいよぉ」
その方がてぇてぇからね!!
「……でも、まだ出会ってひと月も経ってない間柄。無理に距離を縮めようとするとかえって溝を生むこともあるかもしれない」
「……そうだね」
「人には人の、踏み込まれたくない領域があるわ。琴音にしろ沙良にしろ…それを打ち明けられたから距離が縮まったけど、他の子達もそう簡単にはいくとは限らない」
万理華さんは少し目を伏せて、何か考える素振りを見せた。自分の頭の中を整理しながら喋ってる。
「……だから、陽が今日事務所に行った要件については、深く詮索しないようにね」
万理華さんの一言に心臓がキュって萎んだ。
「……はーちゃん、何かあったの?」
「だから、詮索しないように」
釘を刺すように繰り返す万理華さんの圧に私は無言で頷くしかない。
「……誰がどんな事情を抱えてても、私はここにいるみんなの望みを叶えてあげたいし、このメンバーでステージに立ちたいと思ってる」
その言葉に滲むのはリーダーとしての責任感。
万理華さんはすごいと思う。
一人でこの合宿のスケジュールを回してる。みんなのレッスンを見て、そして多分、私達の知らないところでも事務所とかと話とかして、色々考えてるはず。
万理華さんははーちゃんの事情を知ってそうだし…
だからこそ思う。
「……万理華さん無理してない?」
「え?」
「私達にレッスンしてくれながら、遅くまで自主練してるでしょ?」
以前、深夜に目を覚ました私は一人大広間の鏡の前で汗を流す万理華さんを目撃した。
それも一度や二度じゃない。
他の子も気づいてる。
日中はみんなの面倒を見て、一日が終わった後に自分のレッスンメニューをこなしてるんだ。
そして私達のレッスンのスケジュールまで管理してくれてた。
合宿が始まって約半月。既に万理華さんの顔には疲労の色が見え隠れしてる。
……やっぱり、ちゃんとしたコーチが必要だよ。
「気にしなくていい。現役の時にはもっと体を酷使したものだから」
「それは今とは違う形でしょ?」
「同じだよ……前もリーダーだったし、今と似たようなもの」
「…………万理華さんはリーダー向きだと思う。けど……万理華さんはその……」
「私はリーダーって立ち位置は嫌いじゃない」
私の言葉を拾って万理華さんはそう言った。
「だから気にしなくていい」
「……」
初対面の時はその高圧的な態度が気に障った。正直、苦手な人だなって思ってた。
でも合宿を通して、あの人はみんなの事をちゃんと見てくれてるって分かったし、責任感もあるし、私達の事を嫌ってるわけじゃないってのも分かった。
私は万理華さんが好きだ。
だから倒れちゃわないか心配なんだ。
「……それとも、私が講師じゃ不満?」
冗談めかしてそんな問いかけを投げてくる万理華さん。その隈の濃い目元を見て…
「うんっ!不満!!」




