第33話 今日も講師は来ません
「こちらは7人目のメンバーの錦野星羅さんです」
星熊マネージャーから正式に紹介された不審者こと錦野星羅さんが「ども」って軽く頭を下げて、私達は目ん玉飛び出した。
POPプロダクション新ユニットの最後の7人目。
合宿初日から姿を現さなかった最後の7人目の正体は仕事中にバイトをバックれて不法侵入かました破天荒さんでした。
深い藍色の長髪に白い肌。切れ長の瞳に完璧なバランスの鼻と小さな口。女性的起伏に富んだ肢体。私達の中で一番の長身の紗良さんより少し高い高身長は長身の星熊さんと並んでも遜色ない。
改めて見ると人工物のような美貌の彼女は今…タバコをふかしながらヘラヘラと締まりのない笑みを浮かべてる。
天鬼りあ、百合園の最後の天使の降臨に胸のドキドキが止まらない。
ただ…
「……え?その人が?」
万理華さんは難色を示してた。
「バイトバックれて不法侵入するような適当な人が?」
委員長気質の万理華さんとは反りが合わなそうだ。
ただ……私達は彼女のアイドルとしての適性をこの目で見てる。あの歌を聴かされた後に素人に波平の毛が生えた程度の私達に彼女を拒絶する資格なんてあるはずもなくて……
「今日からここに住みます。よろしく」
最強のダメ人間が仲間入りした。
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「社長、鏑木さんと黒沢さんは無事に仲直りしました」
『あ、そう』
「あと、錦野さんも無事に合流しました」
『そっちは無事でも…うちのアルファードは無事じゃないみたいじゃない』
我がPOPプロダクションの社長は電話越しに苦言を呈する。今まさに新ユニットの為に骨を折ってるこの星熊に、です。
偉そうにネジの外れた椅子に背を預けて煙の出ない葉巻を咥えてる姿が目に浮かびます。
「あれは黒沢さんが壊しました」
『お黙り』
私の給料カットが確定。が、しかし。ここ半年給料なんて貰ってない。
『星熊』
「なんですか?」
『無事にデビューさせられそう?』
社長の言葉に過去の重みが乗っかります。
「……黒沢さんがみんなの輪に加わって、グループは安定したと考えられます。人間関係の問題は解決かと…私はもう心配ないかと思います」
アイドルグループ内での不仲。それが原因のいじめや、空中分解。自分の過去と同じ事態を案じる社長の懸念は一旦払拭されました。
この合宿でメンバー間の結束が固くなれば、デビューしても当面は大丈夫でしょう。
錦野さんは周りと衝動するタイプじゃないと思うし。
経験者として全体を引っ張れるしっかり者の夏祭さん。
愛らしいルックスと確かな覚悟を持った鏑木さん。
ムードメーカーとしてメンバーの空気を和ませる黒沢さんと桜さん。
全体の緩衝材となる大人な一さん。
そして類い稀な美声とルックスを持つ天鬼さんにアイドルとして天性の才能を持つ錦野さん。
このユニットは強い。
鏑木さんの過去は懸念材料だけど、それは最初から分かってた事です。彼女達なら大丈夫だと私は確信に近いものを感じてました。
現役時代の私達のようにはならないはず。
『星熊』
「はい」
社長が珍しく真面目な声を出したので私も身構えます。スマホを握る手に力が篭もる。彼女らと直に対面した事ない社長にも、私の声を通して彼女らの才能が伝わったのでしょうか?
星熊愛梨が選んだメンバーなら……社長の声にはそんな信頼を感じる。
伊達にかつて同じユニットで汗を流した仲ではないのです。
『……てっぺん取るぞ』
珍しく熱の籠った社長の声に私は言葉を忘れました。事務所を立ち上げたばかりの頃のような…新しい人生に挑む青臭い情熱がスマホを介して伝わります。
……彼女達がコケたらうちの事務所は後がない。
あの7人は間違いなく我が社の存亡を賭けた希望。芸能界で頂点を目指すくらいの気概がなければ……
その時気配を感じて振り返ったら、私を見つめてる人影が立ってました。
一陽さんがそこには居ました。
彼女は様子を伺うように私を見ていました。その顔には覚悟にも似た決意の眼差し…
「社長……」
『なに?』
「葉巻は先を切らないと吸えませんよ」
『え?』
電話を切った私はスマホをポケットに仕舞いながら一さんと向き合います。
「すみません」
気を遣わせた事を一さんが詫びます。
「こんな時間にどうしましたか?」
「……星熊さんにどうしても伝えないといけない事があります」
嫌な予感がしました。
しかしマネージャーとして担当タレントのこうした顔を見て見ぬ振りはできません。密かに覚悟を決める私に彼女は「いえ」と訂正します。
「謝らないといけない事、です」
「……何かありましたか?」
「……いつまでも隠し通せる事でもありませんし…実は僕……」
「……」
二人きりの空間に一さんの告白が飛び出します。その告白を耳にした時、少なからず動揺したのは間違いありませんでした。
というか、目眩がしました。
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「今日も講師は来ません」
「どないなっとんねんっ!!」
色々あった一日が終わり日が昇り……
今日も始まるレッスン。広間に集まったメンバー達の光景に昨日まではなかった変化があった。
まず琴音ちゃんが素顔を晒してる事。隣立つ紗良さんとの間に流れる空気感は以前までの険悪なものじゃない。
あと、新しい顔が増えた。
頭抜けた美貌でそこに立つ存在感の塊、錦野星羅さん。ただ立ってるだけで視線が惹き付けられる。
7人目のメンバーが参加していよいよグループが完成系へ向かっていく……んだけど。
「……万理華さん。陽さんは?」
寂しそうな顔を隠そうとしない琴音ちゃんが尋ねる。今日は陽さんの姿が見えない。いつもカメラを回してる星熊さんも居ないんだ。
「今日はお休み。事務所に行ってるから」
万理華さんはそう説明した。何か知ってるのかも。紗良さんが質問を重ねる。
「事務所ってあのアルファード?」
「違う。本社の方」
「POPプロダクションで検索したけど住所出てこなかったんだけど、本社ってどこ?」
「渋谷の貸テナント……」
「へぇー」
「……の、倉庫を間借りしてる」
この事務所脱退した方がいいかも。
相変わらずプロの講師不在のレッスンが今日も始ま……ろうとしたその時、おずおずって朋花さんが挙手。
「あのさ、提案があんなんけど…!!」
「なに?」って万理華さんが聞く姿勢。珍しく言いにくそうな朋花さんが遠慮がちに口を開いた。
「今日のレッスン、この姉ちゃんに教わるってのはどうやろ!?」
朋花さんが視線で指し示す先には錦野さんの姿が…本人は興味無さそうに天井ら辺をぼんやり眺めてる。けど、万理華さんの顔は一瞬引きつった。
今までレッスンは万理華さんが見てくれてた。
朋花さんの発言は遠回しにより適任者が居るって言ってるようなものだ。
それは万理華さんのプライドに切り込む提案だよね。広間に緊張感が広がるのを私は肌で感じた。
でも気持ちは分かる。
錦野さんの実力はすごい。正直…元アイドルの万理華さんよりも上だって……多分みんな思ってる。
でも……今日までみんなを引っ張ってきたのは万理華さんだ。
万理華さん怒るだろうな……って思ったんだけど…
「どう?錦野さん。みんなに歌とか教えられる?」
万理華さんは至極冷静にその提案を検討した。これには私も琴音ちゃんも紗良さんも意外だったから驚きの表情。
ただ……
「めんどくさぁい」
当の本人にその気はないみたいで、床に寝転がっちゃった。
この態度は真面目な万理華さんに火をつけるか…って思ったけど、万理華さんは「そう」って一言で流して朋花さんに向き直る。
「本人にその気がないみたいだから…」
「……せやな!!」
……どうなる事かと思ったけど…
でも、私の目には確かに映った。朋花さんの一言に確かに表情を曇らせた万理華さんの顔が…
「じゃあ、始めるね」




