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32話 でも……気持ちよかった?

「私……キス魔なんです」


 保養所に現れた謎の女性は警察にそう語った。意味が分からない。


「天鬼……ウチ……汚されてもうた……!!」


 涙ながらに語る朋花さんの唇は見ず知らずの女性の唾液でてらてらとテカってる。不同意だったみたい。

 確認しなきゃ……


「満更でもなかったですか?」

「満更でもないわけないやんけっ!?」

「でも……気持ちよかった?」

「気持ちええわけあらへんわ!!」


 ちょっと……興奮しました。



「錦野さん……何があったか説明してくれ」


 ヤマネコヤマトの宅急便のおじさんが説明を求めてる。この人が行方不明だった配達員で間違いないみたい。

 女性の名前は錦野さん。彼女は語る。


「私もう辞めたんで」

「辞めたんで!?」

「関わらないでください」

「ちょっと待ちなさい。いきなりそんな…順を追って説明してくれ」

「仕事中にやになったから、もう辞めました。ここで暮らします」

「……いや、急にそんな……一体何があったんだい?」

「あなたが私の事いやらしい目で見てくるからっ!!」


 目に涙を浮かべて声を張り上げる錦野さんの発言にお巡りさんの鋭い目がおじさんに向く。私には分かる…この人は迷惑な人に違いない。おじさんが不憫だ。


「お巡りさん!この人私の胸をずっと見てくるんですっ!!」


 それは事実だった。

 錦野さんは何故か私のシャツを一枚身にまとったままのけしからん格好してて、おじさんの視線はぷるんぷるんのおっぺぇに吸い付いてる。


 お巡りさんの目が確信に変わった。


「待ってください」

「どういう事ですか?」

「違う」

「しつこく食事に誘われました。あと、家まで尾けられた事も……」

「そんな事実はないっ!!」

「私、辞めます。もう耐えられない」

「話し合おう錦野さん。話せば分か…」

「近寄らないで変態っ!!」



 署までご同行願います。その一言と共におじさんは連れて行かれた。当事者の錦野さんは「この人と一緒に居たくない!!」って同行を拒否。何故かここに残った。





 残された私達と錦野さん……彼女をどうすればいいのか。その結論が急務になった。


「……で?あなたは?ここで何をしてるの?」


 リーダーの万理華さんが問いかける。彼女の素性は分かった。分からないのは…なんで朋花さんとキスしてたのかって事だけど…


「あなたがここの責任者ですか?」


 返す刀で質問を返す錦野さんに「まぁ…現状」って万理華さんが肯定。


「ここに住ませてください」


 錦野さんがヤバい人だってのははっきりした。


「家賃が払えないんです。家に帰れません」

「じゃあうちにも住めません」

「私に野垂れ死ねって事?」

「そもそも配達員がどうしてうちに上がり込んでりあの服着て朋花とキスしてたのか説明して。あなたは朋花の知り合いの方ですか?」

「ちゃう。こいつの言うた通りや。荷物届けに来て急に仕事バックれて帰ってくれへんのや。そんで襲われたんや!!」


 ヤバい人だ……


「がはは」

「笑っとる場合ちゃうわ紗良!!」

「てか朋花ちゃんはなんでここに?病院は?」

「退院して帰ってきたら誰も居らんかったんや!!どこ行っててん!?」


 そっか。説明しないとだね。


「朋花さん、実はかくかくしかじかで…」

「かくかくしかじかで終わらせんなやっ!!」




 朋花さんに琴音ちゃんと紗良さんの仲直りの経緯を説明。


「……てなわけで、私、琴音と結婚し「しねーよ!飛躍しすぎだろっ!!」


 ……ああ、この絡み。いいな…てぇてぇなぁ…


「でゅふっ」

「なんや!?」

「でゅふふふふっ!!」

「また天鬼が例の笑い方しとるで!?」


「ちょっと」とてぇてぇを切り裂く声がした。錦野さんがタバコに火をつけながら私達を睨んでる。


「禁煙なんですけど!?」


 万理華さんが尋常じゃなくキレてた。キレたら怖いで評判の万理華さんの怒号も何処吹く風な不審者さんはふーって、美味しそうに煙を吐き出しながら「それで?」って…


「私をどうするつもり?」

「いや、出てって下さい」

「自活できない私を追い出すって事は…間接的に私を殺す事になるんだけど…これ、殺人ですよ?」

「朋花!なんでこんな人入れたの!!」

「ちゃうっ!!出てかんのやこいつ!!」


 ため息つきたいのはこっちなのに「はぁ」って盛大なため息を吐き出した錦野さんがやれやれな感じで人差し指を立ち上げた。


「じゃあこうしよう。あなた達アイドル候補生なんだよね?」

「なんで知ってるの……」

「あなた達と私で、歌唱勝負よ。私が勝ったらここへの永住を認めてもらう」

「嫌よ。帰って」

「負けるのが怖いんだ?」

「いや、私達にメリットないもん」


 その時朋花さんがおずおずと口を開いた。


「まぁ……ええんちゃう?一回こいつの歌聴いてみたら!!」

「何言ってるのあなた……」

「損はせぇへんから!!」

「本当に何を言ってるの?」

「こいつ、すごいから!!」


 それはキスがじゃないよね?


 *********************


 朋花ちゃんの強い押しに負けて錦野さんの歌を聴くことになったんだけど……


 ぶったまげた。



 練習で使ってる『THREEPIECE』の代表曲を歌い終えた錦野さんを前に私達は腰を抜かしちゃってた。


「……プロの人ですか?」


 陽さんが思わず問いかけてた。


 錦野さんの歌う姿はまるでステージを観てるみたいだった。ソファとテーブルしかない保養所のリラックススペースがまるで煌びやかなステージの上だと錯覚するくらいに。

 彼女の創り出す世界に引き込まれた。圧倒的な引力。


 歌う彼女の姿はまさに私達の目指すべき完成系のようにすら感じさせたの。


 得意げに笑う錦野さんは陽さんの質問には答えず…


「これで永住決定ね」

「それは関係ないから」


 キッパリ言いつつも、プロの万理華さんもその実力に冷や汗垂らしてるよ。


 正直、アイドルの実力ってモノにピンときてないものがあった。けど、錦野さんのパフォーマンスを前に「これがアイドルなんだ」って…

 アイドルでもないだろう彼女を前にそんなふうに思い知らされた。

 アイドルを目指しながらアイドルに関する知識が全くない私に「お前達の目指すものはこういうものだ」って叩きつけられた気分だった。

 これがアイドルの実力ってやつなんだって…


 もし私がライブハウスで彼女の今の歌を聴いたらその日から彼女を推してたかもしれない。そう思える程の存在感があったんだ。


 完全に怖気付く私達に錦野さんは告げる。


「まぁ君達がなんと言おうとだよ…私はここに居る。その権利があるからね」

「な……どういう事よ?それは…」


 万理華さんの問いかけを遮るように、引きずるみたいなスリッパの足音が聞こえてきた。

 振り返るとそこには見慣れた星熊マネージャーの顔があった。

 うん。さっき死んだはずの星熊さんが何食わぬ顔で立ってた。


 星熊さんは見知らぬ不審者を前に立ち尽くし、錦野さんも星熊さんをじっと見つめてる。


「……あ、おかえりなさい。実は…」


 万理華さんが事情を説明しようとする。でもそれより早く……


「あれ?錦野さん」


 星熊さんは初対面のはずの不審者の名前を呼んだ。


 私達は衝撃的な真実を知る事になる。


「あ、ご無沙汰してまーす」

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