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第29話 私の気持ち、分かってくれるの、君だけかもしれない

「何者って訊かれてもね…」


 姉ちゃんは困ったみたいに笑うてまたタバコに火ぃつけた。


「音楽の神に愛されしヴィーナスだけど?」

「もうええわ」


 姉ちゃんの戯言はどうでもええ。

 この姉ちゃんが何者なんかは知らんけど…今の歌には人を惹きつけるパワーがあったんは間違いないんや。


 ウチは藁にも縋る思いで姉ちゃんに詰め寄っとった。


「こらぁ!!」

「いやっ!?殴らないで!!」

「桜朋花、一生のお願いがあんねんけど…!!」

「一升のお願い……?(ジュル)」

「ウチに歌教えてくれへん!?」

「教えてあげたら大吟醸奢ってくれる?」

「なんやねんダイギンジョウて…ウチはギンジョウよりツキシマが好きやねん!!」

「この話はなかったことに」

「嘘嘘嘘嘘!!奢ったるわ!!」

「だが断る」

「ナニッ!?」

「……」

「……っ!!」


 この先に続く「この岸辺露伴が……」ってセリフは無かってん。


「もう遅い時間だし風呂入って寝よー」

「泊まるつもりなんかい!?」

「泊まる?暮らすって言ってんじゃん」


 ……こいつ宅配のバイト放っぽってここに居座ってんねんけど…会社から捜索願とか出されへんよな?ここまで警察とか来おへんよな?

 いや別に来てもええねんけど……


「……泊めてやるから歌教えてや!!」

「寝ぼけんな。この建物はお前の持ち物じゃないんだろ?お前の許可は必要ない」

「……バイトバックれて会社に迷惑かけて他人ん家に上がり込んで勝手にそうめん食って…人様に迷惑かけっぱなしの人生、せめてほんの少しでも誰かの役に立ったろって気持ちあらへんの!?」

「……グスンッ」

「……え!?」

「……そんな事……言わなくったっていいじゃないかぁ〜」


 泣いとった……


「ううぅぅ……どーせ私は社会不適合者のクズだよぉ……そんな事は分かってるんだっ!!私の居場所なんてこの社会には無いことくらい…っ!!」

「……自覚はあるんやな!!」

「慰めろよ」


 嘘泣きやった。なんて奴。

 無駄に面がええだけにこの泣き落としに何人が騙されたんやろか…


「……まぁ、私人にもの教えるのとか苦手だし眠いし」

「ちょっとはないんか?いきなり押しかけて申し訳ないっちゅう気持ちは…!!」

「押しかけてって言うけど…私荷物持ってきてあげたんだけど?受け取り人居なかったけど…」

「仕事やろがい!!」

「てか…歌なんてのは人に教わるもんじゃないよ?」


 ぷはぁ〜って、怪獣みたいに口から紫煙を吐き出す姉ちゃんは冷めた目でそんな事言うた。その一言と表情に、なんか…プライド?みたいなもん感じたんやけど…


「……せやったらどうやって上手くなるん!?」

「音楽ってのはねー……楽しい曲なら楽しく歌うし、悲しい曲なら悲しく歌うんだよ。それだけ」

「……つまり…どゆこと!?」

「ていうかさ……君、歌うのそんなに好きじゃないでしょ?」


 煙の昇るタバコの先っちょを突きつけられてそう断言された。ウチの心を見透かすみたいな一言。心に鋭い棘が一本刺さったみたいや。


「別に好きなら上手とか、嫌いなら下手とかそういう話じゃないけど……アイドル志望なんだよね?音楽楽しめない人は、アイドル向いてないんじゃないかなぁ?」

「……っ!!」


 無視できん言葉が重たかった。

 なんで無視できへんのか言うたら…それはウチの心の底にずっと横たわっとったものやからや。

 拳を握って、俯く。

 この心情を表すそんな動作が、悔しさなんか、情けなさなんか…一体何に起因するものなんか、ウチには分からへん。


 せやけど、突然現れた不審者にそないな事言われても納得してまうくらいの説得力がこいつにはある。

 多分やけど……こいつは間違いなく“経験者”や。


「お風呂お風呂〜」

「待てや!!」

「ひぃっ!?殴らないでっっ!!」

「……さっきからなんやねん…!!」


 こいつの話を聞いてみたい…

 こいつの話を聞いて、ウチの心の中の感情に白黒つけたい。


「ダイギンジョウでもなんでも奢ったるから、ちょっと付き合えや!!」

「え?……付き合う?…交際?///」

「晩酌や晩酌!!」


 こいつに酒飲ませたら麓に置き去りのトラックは少なくとも今晩は動かん事が確定。それはつまりこの不法侵入者の一時滞在を許可するっちゅう事やった。


 ********************


「あんた、ホンマは歌手かなんかやないんか!?」


 一階のリラックススペースなる部屋でコンビニのやっすいカップ酒片手に向かい合う姉ちゃんにウチは問いかけとった。


 あの歌声……正直、万理華より上手かった。それに視線を掴んで離さへんオーラ。こいつが一般人とは思えへんかったんや。


「私はプー太郎だよ…職も失った」

「それは自分で放り投げたんやんか!!」


 でも返ってきた返答はこれやった。


「ぐすん……私も苦労したんだよ…高校出て二年…ビッグになるぞって上京して、でも何もかも上手くいかなくて……ぐすんっ」

「大変やったな!!」

「バイトも続かないし……ねぇ、労働ってなんだと思う?」

「バイト続かんのは多分自分のせいや!!…せやな……労働……」


 酒飲んでタバコ吹かしてのやさぐれ姉ちゃんの言葉はウチの胸にやたら染みよる。

 ウチだって似たようなもんや。まともに働いとるとも言えへんし…偉そうにこいつの事言えるか言うたらそら違う。



 いい加減現実見ぃ



 地元の母ちゃんの言葉が耳の奥で鳴る。芸人目指して上京して…今はアイドル。何年経っても芽が出らん。フラフラ遊んどるだけ言われても仕方ないわ。


「……君はどうしてアイドルになろうと思ったの?」


 酔いが回っとんのかとろんとした目つきの姉ちゃんが反対に問いかけてくる。

 その質問にウチは答えられへんかった。


 そういえば…仲間達はなんでアイドルになろうと思ったんやろ?


 天鬼はスカウトされる前からアイドル志望やった。ただお笑い芸人に転んだしアイドルっちゅうもんに拘りはないのかもしれへん。

 せやけどあいつならなれるやろ…

 他の連中は?

 聞いた事あらへんけど多分、みんなそれぞれ目標とか夢があるんやろ。


 ウチの夢は芸人やった。


 なんでて訊かれたら芸人になれへんかったからとしか答えられへん。

 せやけど地元に帰るんも嫌で、渡りに船でここに居る。

 けど結果は出えへん。


 もう痛いほど理解しとった。

 ウチは芸能人向いてへん。

 芸能界このせかいはウチの居場所やあらへん。


「……本当はアイドルなんて興味ないんじゃない?」


 ウチの心のモヤモヤを見透かすみたいに姉ちゃんは訊いてきた。


「なんでそう思うんや!?」

「……君の歌を聴いたらそう思ったんだ。あの曲は誰が聴いたって楽しい気持ちで歌う曲だ」


 紫煙を天井に吐き出しながら姉ちゃんは語る。


「でも君は楽しそうじゃなかった。苦しそうに歌ってた。そういうの、分かるんだ…君は音楽に愛されてないし、愛してない」

「……」

「愛されてなくてもいいけど、愛してないと歌うって仕事はできないよ。アイドルってのはね…」

「……」

「仕事ってのは自分が楽しめるものをやらなきゃ損だ!私はアイドルが楽しい!……って連中が選ぶ仕事なんだよ」


「そうとも限らんやろ!?」

「でも、そーいう奴が上に行く」


 確信めいた一言やった。


「だって、上手く歌えないなぁとか、自分の人生、ほんとにこれでいいのかな?って顔しながら歌ってるアイドル見たって、お客さんは楽しくないよ。君はそんな顔してた」

「……っ」

「迷ってる」


 まるで超能力者みたいにウチの心を見透かしてくる姉ちゃんの言葉は、拒絶を拒んでストンと胸に落ちてきた。

 そんな事あらへん。自分は本気や。そんな言葉は建前でも口からは出てきてくれへんかった。

 何より、ウチはこの言葉をかけられるのを姉ちゃんに望んどった気がした。


「本当は妥協でしょ?声に出てる」

「……」

「他に夢があったんじゃない?」


 再び紫煙が天井を昇る。口から吐き出された煙は薄まって、天井付近で溶けるように消えた。

 二人しか居らへん夜の刻が、壁掛け時計の秒針の音に刻まれていく。静かやったし、緩やかやった。

 ウチの本音を時間が待ってくれとるみたいに緩やかやった。


「……ホンマは芸人になりたかってん!!」


 カップ酒を握った手に力が籠った。


「せやけど諦めてもうたんや…自分で、自分から……それを後悔しとる!!」

「……」

「もっと頑張りたかった…せやけど自分の限界感じて自分で降りてしもうた…そんな後悔をそのままにしたくなくて、たまたまスカウトされたアイドル事務所に飛び込んだんや!!」

「……そっか」

「あんたの言う通りや。ウチには気持ちも才能もあらへんのや。妥協や。このまま地元帰って現実生きるんが嫌で、ここに逃げてきたんや。たまたまこのアイドルって道が間口を開いとったから……たまたまや!!」


 姉ちゃんは酒を呷った。釣られるみたいにウチも残りの酒を喉に流し込んだ。

 喉から胸にかけてカーッて熱くなる感覚がある。頭がクラクラして、瞼が落ちてきよった。


「……分かるよ」


 姉ちゃんが言った。灰皿に押し付けられたタバコの火が最後の煙を吐き出して消える。


「私も似たようなもんだ」


 姉ちゃんがウチの横に席を移した。

 二人がけのソファの隣に姉ちゃんとウチ。互いの肩が触れ合う距離で酒で火照った体温を感じる。


「私達、似てるね」

「……似てへんよ。あんたは才能あるし、ウチにはあらへん!!あんた……もったいなで!!」

「もったいないのは、君もだ」


 蕩けたような眼差しがウチを見つめる。ウチの頬に細い指が触れて、髪を撫でて…

 落ちてきた指がウチの唇に触れた。


「君にそんな顔は似合わないよ」

「……な、なに!?」


 ……なんか、これ…


「私の気持ち、分かってくれるの、君だけかもしれない」

「ちょい待ち!!」


 あかんっ!!


「ねぇ…………」

「待っ……っ!!」


 気づいたら吐息がかかる距離まで顔が接近しとった。

 真っ白な姉ちゃんの顔が赤らんで、重たげな瞼の隙間から妖しげな瞳の輝きがウチを見つめとった。


 そんで……

 そんで……息を呑んでまう妖艶な唇がすぼまって…………


「……ちょっ…………っ!!」

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