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第28話 この曲はこう歌う

「出てけやっ!!」

「いやだぁぁぁっ!!」


 桜朋花、職業アイドル(予定)

 今合宿の保養所に侵入した不審者を追い出そうと躍起になっとる元お笑い芸人や。


 玄関先に放置された受取人不在の荷物。

 それを持ってきた配達員の姉ちゃん。

 今、ウチと姉ちゃんとの死闘がかれこれ30分くらい玄関先で続いとった。

 引っ張りだそうとするウチに対して扉にしがみついて離れん姉ちゃん。華奢な身体からは想像もつかん膂力で抵抗しとった。こいつの執念の力…バイトを放棄した社会不適合者の今際の根性にウチは戦慄しとる。


「ここから追い出されたら死ぬ!!外は35℃!!」

「心配せんでええ!!あんた車で来とんやろ!?エアコン入れろや!!」

「トラックは山の麓!!歩いたら3時間!!死ぬ!!」

「ウチらは毎日その道を走っとんねん!!心配せんでも死なへんから!!」


 その走り込みで熱中症なって死にかけて入院して帰ってきたら誰も居らん保養所での戦い…

 エアコンの効いとる室内やのに互いの熱気が充満して、現場は汗ばむ暑さになっとった。


 先に折れたんはウチやった…


「ぜぇっ!はぁっ!…も、もうええわどうでも…マネージャー帰ってきたら追い出してもらうわ!!」

「まだ分からないの?帰って来たら誰も居ないんでしょ?あなた、捨てられたのよ」

「捨てられる理由がないわ!!」

「私と一緒…あなたにはこの社会に居場所なんてない。誰もあなたを必要としてない……私と同じように…」

「バイトバックレ女と一緒にすな!!」


 その時スマホの着信音。姉ちゃんが脱ぎ捨てた制服のポケットからやった。

 姉ちゃんがスマホを取る。画面バキバキ角欠け2世代前のスマホには所長って名前が表示されとった。

 姉ちゃんはスマホを外にぶん投げた。その顔はまるで『プラダを着た悪魔』のラスト、ケータイを投げ捨てるアン・ハサウェイみたいに晴れやかやった。


「バイトバックレて探しとんのちゃうんか!?」

「関係ない。私、バイトやめた」

「……やめたて…ところで配達はここが最後やったん?トラックにまだ荷物が残ってんのとちゃうんか!?」

「関係ない。私、バイトやめた」

「おどれ損害賠償請求されるで!?」


 素知らぬ顔で床に寝っ転がる姉ちゃんに『無敵の人』って単語が頭浮かんだわ……


「……もう、勝手にしたらええやん。どーせここウチの家でもなんでもあらへんし…!!」

「だからって素性の知れない女と一緒に居て不安じゃないの?」

「そう思うんやったら出てってや!?」


 暑い。汗かいた。着替えよ。

 部屋に戻ろ思ったウチの足が壁掛け時計の針を見て止まった。気づいたらもう夕方や。ホンマにウチは捨てられたんか……?

 そんでこんな事で一日が終わろうとしとる事実に焦燥感が胸に滲んだんや。


「どこ行くの?」


 登りかけた階段降りて広間に向かうウチの後ろをタバコの煙をぷかぷかさせとる姉ちゃんがついてくる。


「レッスンや。今日なんもしとらん」

「レッスン?」

「言うたやろ?アイドルやねんウチ」

「…………へー…」




 ウチらはダンスとか歌のレッスンは一階の広間でやっとる。ピアノとおっきな鏡のあるだけの部屋や。

 どうせ汗かくんやしレッスン終わった後で着替えたらええ。

 万理華が言うとった。毎日稽古するんが大切なんやって。それは実力向上だけやない。練習を日常化する事にも繋がる。デビューしたら終わりやない。アイドルにとって歌やダンスの稽古は引退するまでついてくるもんなんやと。


 ……正直、ウチはダメダメや。

 紗良なんかは琴音ばっかり悪く言うとるけど、体力作りもダンスも歌も、ウチが一番成果があらへん。

 天鬼とか陽とかが日に日に上達しとるのを間近で見とる分ウチの焦りは深刻やった。


 スマホで音楽を流す。

 万理華が前居った『THREEPIECE』言うグループの曲や。練習に使っとる。


 鏡の前に立ってスマイル。指で頬肉吊り上げて笑顔作って、喉を鳴らす。


 気合い入れとるウチの背中を床に転がったままの姉ちゃんがつまらなそうに眺めとった。


 気にせんで、レッスンを始める。





「あーなたーのたーめにー♪」


 歌に集中。今まで言われ続けた事を意識してやってみるけど、驚く程成果があらへん。自分で聴いても音程ズレまくりのダミ声が広間に拡散される時間が続いとった。


 イマイチ集中しきれへん……


 原因はひとつ…この女や。鏡に映り込む姉ちゃんは寝転がってぼけーっと、何するでもなくウチの姿をただ眺めとる。時々くしゃみしてウチの集中力を著しく削いでいく以外なんもせぇへん女の存在が、いつにも増してウチのパフォーマンスを低下させとった。


「……あんさ!?」


 耐えかねたウチが振り返ると、一言。


「下手くそだね」


 曇りなき笑顔で言い放ちおった。


「いてまうぞこら!!」

「素人さんでももっと上手く歌うよ」

「やかましいねん!その素人さんに言われたくあらへんわ!!」

「君も素人さんでしょ?」

「ウチはアイドルやから!!」

「まだアイドルにはなってないんでしょ?」


 ……あれ?まだデビュー前やって言うたっけ?


「……この曲もイマイチだなぁー」


 興味なさげにウチのスマホを見つめながら億劫そうに立ち上がった姉ちゃんがウチの隣に立って鏡と向かい合う。


「……?」

「あのね?」


 何する気やろ……見とったら……


 姉ちゃんは一歩、ウチの前に出てからくるりってその場でターンして、長い髪を宙に踊らせながら流し目で笑ったんや。


「この曲はこう歌う」


 ちょうどそのタイミングでスマホから流れとった曲が終わって、リピート再生がまた始まる。何度目かのイントロ。アップテンポな前奏がレッスンに響き渡る。


 その時、視界が華やいだ。


 目の前の訳分からん姉ちゃんが一歩、スキップするみたいに大きく前に踏み出して振り返って、その顔に綺麗な笑顔を浮かべとった。


 輝く顔やった。

 自信に満ちた、オーラ溢れる顔や。無視できん引力がそこには確かにあった。

 汗だくで床に伸びとった、社会不適合者の姿は幻みたいに消え失せた。




『あ〜なぁたぁ〜のた〜め〜にぃ〜』



 歌詞を知っとったんかは知らん。

 せやけど姉ちゃんはウチの目の前で完璧にその曲を歌って魅せよる。

 それは、何度もウチらの前で手本を見せてくれた、自分らの曲を歌う万理華のそれよりも……



 ……なんでや…っ。


 無味乾燥な広間の空気が華やいで、全身を言語化できへん高揚感が包む。

 肌がヒリヒリと痺れる。

 目が離せへん。軽やかにステップを踏む姉ちゃんの揺れる毛先を、翻るシャツの端を、躍動する全身を無意識に目で追っとる。

 鼓膜を通り抜けてくる歌声は透明な清流みたいに自然と流れ込む。

 まるでライブ会場にでも居るみたいな臨場感。本物の妖精のダンスを見せつけられとるような、非現実さすら感じさせる高揚感…


 そんで……歌い終わり、ゆっくりと空気に溶けていく伸びのある声が鼓膜から消えていく最中、まるで超名作映画のエンディングを映画館で観終わった後みたいな余韻がウチの残された。


 4分13秒、適当な振り付けやけど踊って歌いきった姉ちゃんは呼吸ひとつ乱さんとウチの方を見つめて、一礼した。


 ……こいつ…


「この曲はね……楽しそうに歌わないとダメなんだよ」


 こいつは……


「……あんた、一体何もんや!?」

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