第25話 でっけえカニだった
前回までのあらすじ!
琴音ちゃんと大喧嘩をした紗良さんがアイドルやめるって言って出ていった。それに納得いかない琴音ちゃんに引き連れられて私達は紗良さんに会う為に紗良さんの家までやって来た。
陽さんといい感じの琴音ちゃんだけど、密かに紗良さんと仲直りからの百合も有り得ると狙ってる天鬼りあ、運命の一戦を勝利に終える為黒沢家に乗り込みます!
「はじめまして、寿と申します」
寿家だった。
紗良さんの家は色々あって今は親戚のお宅で暮らしてるらしい。福笑いのおかめみたいな顔したおばさんが私達を出迎えてくれる。
「どうも。先ほどご連絡しましたPOPプロダクションの星熊と申します」
「早いですね……お電話を受けてからまだ3分しか……」
「家の前でご連絡しましたので」
非常に惜しい感じで崩れたバランスの顔でなんとも言えない表情をする寿さんが星熊さんの後ろの私達を見る。
「こちらは?」
「黒沢さんとアイドルデビューする予定の子達です」
なんでそんなのがここに来てるんだ?と言いたげな顔をされた。ここで出しゃばっても仕方ないので私達は星熊さんに全てを任せる。
「…………こちらの方は?」
寿さんはヘイケガニのマスクを被った琴音ちゃんを見てもう一度問いかける。本物にしか見えないヘイケガニのマスクが胴体に乗っかった琴音ちゃんは化け物にしか見えない。
「ですから、うちのタレントです」
「……」
そうじゃねぇよって言いたげな寿さんはとりあえず私達を中に入れてくれた。
黒沢家は代々政治の世界で成功してた家系らしくて、親戚だという寿家もまた裕福そうな感じ。私の部屋くらい広い玄関から中に入って通された応接室は貴族のお屋敷の中みたい。映画とかドラマでしか見た事ないような豪勢な部屋だった。ただ自分達の社会的地位を見せびらかすような過度に金ピカな調度品には好感は持てなかったけど…
「主人の趣味なのよ」
興味本位で金色の馬の置物を見てた私にお茶を持ってきた寿さんがどこか誇らしげに説明した。
で、本題だけど……
「実は私達も今回の話は初耳でして…まさかあの子がアイドル事務所と契約してたなんて…まぁ、あの子ももう成人してますから、あの子の事はあの子に全部任せてるものですから…ええ。なので私どもに言われてもちょっと」
「分かっております、おばさん」
「今おばさんって言った?」
「紗良さんとは直接お話しますので、呼んできて頂きたいのですが」
端から親戚なんぞに用はないと言わんばかりに星熊さんは紗良さんを出せと要求。でも寿さんの返事は芳しくない。
「ええ、今部屋まで呼びに行ったんですが……あの子どういうつもりか出てこなくて……」
「失礼ですが……グループの仲間も一緒に来た事も伝えましたか?」
「さぁ……使用人に呼びに行かせたから……」
使用人まで居るのかこの家……
「あの……結局あの子はアイドルはやめる、というお話なんですよね?」
「そうですね。その件についてのお話でお邪魔してます」
「なんか…やめるにあたって書類とか書かないといけないとか……?」
「まぁ一筆頂きたいですね」
「それならこちらの方でお預かりして、後日郵送しますので、書類とか置いていってもらえたら…」
寿さんの顔に面倒くさそうな表情が見え隠れしてる。
「いや、ご本人とお話しないといけませんので」
「何を話すんですか?」
「まず事務所脱退の意志の確認とか……」
「やめると言ってるんですよね?」
「ちゃんと話し合ってはいませんので」
琴音ちゃんと紗良さんを会わせるという目的の為星熊さんも頑張ってくれてる。それでも早く私達を追い返したい寿さんの様子は、会いたがらない紗良さんの意志を尊重して……って感じじゃない。
関わりたくない、そんな感じ。
「電話とかで話せません?あの子の携帯の番号ご存知なんでしょう?」
「ですので、事務所を脱退するとなったら書いていただくものもありますので」
「ですから、その書類だけ置いていってくだされば……」
「いや」
「いや…」
「……あの…紗良さんのお部屋まで行ってもいいですか?こちらから説得しますので」
「はぁ……」
辛うじて客人相手に体裁を保っていた寿さんの表情が完全に崩れた。
「もうすぐ主人も帰ってくるので……あの、もうお帰りいただけません?後のことはあの子にちゃんとやらせますので…」
「これは我々と紗良さんのお話なので」
「で?」
「直接話させてください」
なんか……この家での紗良さんの立ち位置が見えてきた。
胸の中にモヤモヤしたものが広がっていく。その時寿さんが発した一言。
「……もしかして、引き留めにいらしたんですか?」
「……我々は紗良さんの意志を尊重しますが、全ては話を聞いてからです。まだちゃんとお話出来てませんので」
「あの子がどうしてアイドルなんて言い出したのか知りませんけど……」
寿さんの顔が醜く歪む。少なくとも私にはそう見えた。
「そもそもですね…あの子には無理ですよ。全く、何年も部屋から出てこないかと思ったら突然変な事始めて……」
「どうしてそう思うんですか?」
「……ご存知でしょう?どうせ」
「……?」
「あの子は犯罪者の娘ですよ?」
寿さんへの不快さが最高潮に達する。それは多分、私以外のみんなも同じだったと思う。
私はその時横に居るはずの琴音ちゃんの方を見た……
んだけど……
「……あ、あれ?琴音ちゃんは?」
「え?」
私の声に陽さんも気づく。遅れて万理華さんも星熊さんも。
今までそこに居たはずの琴音ちゃんの姿が忽然と消えていた事に…
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またこのクソッタレな部屋に戻ってくる事になるとは思わなかった……
何やら下が騒がしい……さっき使用人が無愛想な声で客人が来た事を伝えに来た。会う気はなかったから無視したけど。
やめると一方的に告げて保養所を出ていった。まぁあれで全部終わりって訳にはいかない。どのみち後日手続きをしに行かないといけないだろうけど、今はそんな気分じゃない。
無駄に高い天井。その一部をくり抜いたみたいな天窓から空を仰ぐ。身が沈み込むベッドの柔らかさに包まれながら、私の心は固く冷たい氷塊に包まれたまま。
これからどうしよう……
回らない思考が無意味に働く。一時の感情に流された行動で今までの全てを無駄にした。私の復讐心は結局その程度のものだったのか…
そうなのかもしれない…
どうでもいいのかもしれない…
胸の内で燃え上がっていたと思ってたどす黒い炎も、今は冷ややかな心臓の内側に閉ざされ何も感じない。
打ちのめされて存在を消されて私はもう全てがどうでも良くなってたのかもしれないな。
それでも生きてる実感が欲しくて、なにかに縋るようにバカげた復讐に身を投じた。
……ならどうして私は琴音にあんな酷い事を?
私の胸の内が冷たいのは全てに関心を失ったからじゃないのかもしれない。
部屋に閉じこもってから、唯一あの子の事を考えてる。
琴音の顔が、声が、私の思考の邪魔をする。
本当はこんなかたちで…………
「……?」
ずっと見上げてた天窓の奥から何かが覗いてるのに気がついた。
今まで頭の中に意識を向けていたからぼんやりとしか捉えてなかった視界に映るそれが像を結び、情報として脳に伝達される。
でっけえカニだった。
しかも人面。
「……」
完全に凍りついた心。気力の削げた身体。
「うぎゃあああああっ!!??」
それが全部嘘みたいに私の喉から絶叫が鳴った。




