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第24話 琴音ちゃん…っ!どうして!!

「諦めるって…じゃあ、紗良さんは今どこに?」

「帰ったんじゃないですか?」


 おからドーナッツをもぐもぐ食べる星熊マネージャーがまるで他人事みたいに言うのを、私はちょっと不愉快に感じた。


「ジャマイカですかって…ちょっと無責任なんじゃないの?」

「万理華さん、ジャマイカになってますよ」


 見て、万理華さんも思わず冷静さを失ってる。知的なツッコミにより冷静さを損なわない陽さんが改めて尋ねた。


「紗良さんはPOPプロダクションとの契約も破棄したという事ですか?」

「…まぁ、後日正式に話し合うつもりですが…こちらとしては引き留めるつもりはありません」


 私と陽さんの顔を見ながら説明する星熊さんの言葉には「やめるのは自由」っていう、事務所側の意向が見え隠れしてた。

 琴音ちゃんとのこの騒動も、事務所としては想定した範囲内だったんだろう…


 陽さんは続ける。


「やめる理由については?」

「本人の口からは何とも…ただ、鏑木さんとの喧嘩が原因であると見て間違いないかと」

「ちょっと!おからドーナッツ食べるのやめなさい!?」

「夏祭さんもどうぞ?」

「まるで自分が買ってきたかのように言うんじゃないわよ…」


 紗良さん言ってたのに…

 アイドルになるなら一番にならなきゃいけないって…ならなきゃいけないって、あの人は強い口調で自分に言い聞かせるみたいだった。


「…ここに居るみんながそうであるように…」


 私が口を開くのをその場の全員が黙って見守る。


「紗良さんにもアイドルを志す目的があったはず…こんなかたちで終わるのは……」

「ちょっと待ってください」


 制止したのは星熊さん。


「彼女に同情するのはまぁ自由ですが……彼女は鏑木さんへ執拗な嫌がらせを行った加害者ですよ?」


 その言葉に事件の当事者…琴音ちゃんへ視線が集まる。


「…琴音ちゃん、どうする?」


 陽さんが優しく尋ねた。ずっと押し黙って俯いていた琴音ちゃんは、弱々しい仮面を脱ぎ捨てた、自分の意思で立つ一人の女性の顔を持ち上げる。


「……暴力振るったのは私なのに、あっちが出ていくのはおかしい」

「黒沢さんの口から被害届とか訴訟とかそう言った話は出ませんでしたが…まぁ、黒沢さんが法的措置に出たら事務所としての対応も考えないといけませんね……」

「だったら私が直接話す」

「え?」


 琴音ちゃんが私達を見た。


「……紗良とちゃんと話す。このままじゃ私は……アイドルになれない」

「話すって……連絡先とか知ってんの?」

「大事な話は面と向かってしなきゃ」


 万理華さんの疑問に答える形で琴音ちゃんは踵を返す。向かう先は階段だった。

「どこに行くの?」って陽さんが問いかける。階段に足をかけた琴音ちゃんが振り返って、強い決意の眼差しでこう答えたの。


「紗良に会いに行く」


 *********************


「琴音ちゃん…っ!どうして!!」


 密室…それは互いの距離感がゼロになる濃密シチュエーション。説明しよう。濃密シチュエーションとは濃密な百合を思わせるシチュエーションの事。水、タンパク質、炭素、窒素、水素と百合で構成される天鬼りあにとっては酸素よりも重要な要素。

 ちなみに割合は百合80%でその他はいい感じです。


 星熊マネージャーが持ってきたアルファードは荷物がパンパンで4人で入っても窮屈。そんな密着シチュエーションの中で今まで絆を育んできた姉妹と呼んでも差し支えないはずの陽さんと琴音ちゃんがぎゅうぎゅう。

 小柄な琴音ちゃんを陽さんが半分抱っこするみたいな状態に……


 なのにっ!!


「どうしてマスクっ!!」


 復活したマスクでそのご尊顔を隠してた。しかも今日はヘイケガニのマスクだった。

 ヘイケガニは甲羅が潰れたおっさんの顔みたいに見える日本のカニです。


「……ダッテ、ソトニデルカラ……」

「琴音ちゃん!!外出時に顔を隠すのは公序良俗に反する!!」

「どうしたのよりあ…」


 一人助手席を快適に占領する万理華さんがドン引きしてる。でもそんな前からの視線を気にしてる場合じゃないの。


「脱いで!顔見せて!!」

「ヤダ」

「それで紗良さんに会いに行くつもりなの!?」

「りあさん一体どうしちゃったんですか!?」


 その頃星熊さんは運転しながら器用に電話をかけてた。


「……てなわけで一旦合宿中止して黒沢さんの家に行きますんで…ええ。どーせ契約解除の話もしに行かなきゃですし…え?桜さん?さぁ。入院しましたよ?熱中症で。あ、あと…事務所で行くので高速料金とガソリン代お願いします」


 どこかへ連絡を終えた星熊さんはため息を吐きながら「ここから4時間……」と暗い目をしてた。


「事務所で行くってなんですか?」

「このアルファードはうちの移動式事務所なの」


 私の質問に万理華さんがよく分からない事言った。キッチンカー的な……?


「事務所なの」


 見渡す車内はよく分からない段ボールとか機材とか……よく見ると複合機とかシュレッダーとかパソコンまで乗ってた。

 おかげで陽さんと琴音ちゃんは密着状態なんだけど…


「……事務所なの」


 万理華さんも暗い顔をして繰り返してた。





 当事者である琴音ちゃんは途中で夢の中へ…陽さんの胸の中ですやすや眠ってる。美しい光景だった。私はそれをおかずにコンビニで買ったおにぎりを頬張る。

 道中暇になった星熊さんは簡単に黒沢さんについて説明してくれた。


「黒沢さんは都内在住で、今は親戚の家で暮らしてるそうです」

「ご両親は?」

「お父さんは議員でしたが……まぁ色々あって今は……」


 黒沢という苗字と議員という単語が私の中で繋がった。確か少し前、黒沢とかいう参議院がインサイダー取引してそのお金で国有地を不正売買してそこにおっパブを建てて選挙費用使っておっパブでノーパンしゃぶしゃぶして逮捕されたとかいうニュースを目にした気が……

 カオスすぎて何をしたのかはよく分からないけど、とにかく逮捕されたんだって。


 もしかして……


「それで一家離散して今は親戚のお宅です。学生時代はそれで随分苦労したとか」



 彫刻刀で目抉られちゃったんだよねー



 紗良さんの暗い過去が私の頭の中で鎌首をもたげる。


「スヤスヤ」

「ふふ、よく寝てる」


 んでもって一番聞かなきゃいけない人は寝てた。



 そんなこんなで……

 私達は黒沢さんが住む邸宅に到着した。

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