第23話 ソンナコトナイヨー(汗)
鏑木琴音の正体が『ぽいずんちゃん』である事は初日に分かってた事だった。
マスク越しのくぐもった小さい声と幼い体躯は画面の向こうから見慣れたそれに酷似していたから。
私……黒沢紗良にとって『ぽいずんちゃん』はある意味特別なY〇uTuberだった。
存在を無きものにされた学生時代。親戚の家の日の当たらない空き部屋に押し込められていた頃、なんとなしに開いたY〇uTubeチャンネルに彼女は出ていた。
『さいたまシスターズ』はどこにでも居るような、退屈な動画を投稿するつまらないY〇uTuberだった。ひび割れた私の心の癒しに……なんて事はなかったけど、そのチャンネルを観続けたのは『ぽいずんちゃん』の存在があったから。
この子はいじめられてる。
明るいBGMと愉快な編集、メンバー達のオーバーでバカみたいなリアクションの裏には確かな悪意が感じ取れた。
彼女らがどういう経緯でグループを作ってY〇uTuberになったのかは想像できない。
けど、何か契機になる出来事が彼女らの中で起きて…あるいはそれは些細で、当人達も気づかないようなものだったかもしれないけど…まぁとにかく、仲良しグループの中で『ぽいずんちゃん』は孤立したんだろう。
彼女はそれに気づかないようにしてるように見えた。その姿が痛々しかった。
そして動画で放送事故を起こして炎上した。
ファンだと公言していた連中が手のひらを返して心ない言葉を書き連ねる。部外者からの攻撃に為す術もなく痛めつけられる『ぽいずんちゃん』から私は目を離せなくなっていた。
それが同情心なのか、好奇心なのか…今でも分からない。
彼女に自分を重ねていたのかもしれない。
鏑木琴音が『ぽいずんちゃん』だという確信を得る為に、初日に露天風呂に誘った。
風呂でならマスクを脱ぐかと思ったけど、まさか脱がないとは驚いた。けどその徹底ぶりが私の疑念を確信に変える。
顔を隠してるのは身バレを恐れてるのか…他の理由があるのか…
いずれにしても、かつて観続けたY〇uTuberとまさかこんな場所で出会うとは……
でもその衝撃は歓喜ではなく、焦りとなる。
私はこのグループで誰よりも注目を集めないといけない。誰も私を無視する事が出来なくなった時、私のこれまでを暴露する。それが黒沢紗良の復讐だ。
でも、炎上して姿を消した元Y〇uTuberが同じグループでアイドルデビューなんてしたら、間違いなく彼女の方が注目を集める。
それは一過性のものかもしれない……
でも、『ぽいずんちゃん』ばかりが注目を…それも悪い意味で集めた挙句『ぽいずんちゃん』に引っ張られてユニットそのものの人気も伸び悩むような事があれば……
事務所の方針を確認した時これはチャンスだと思った。
同時に、何としても鏑木琴音をここから追い出さないといけないとも……
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まんじゅう業界国内シェアNo.1、老舗まんじゅう屋、便禅亭のおからドーナッツ。
まんじゅう業界というピンポイント過ぎる業界でトップを張っているまんじゅう屋がおからで作ったドーナッツだって。
色々言いたい事はあるけど琴音ちゃんが用意した渾身の菓子折り…なんと一箱19,000円。日本の物価高騰を他人事ではないレベルで実感させる価格設定。
琴音ちゃん爆発事件から一夜明け、救急車で運ばれた朋花さんが帰ってこない今日、私達は意を決して紗良さんの部屋に突撃した。
そこに待ち構えていたのは星熊マネージャー。
「紗良さんと話がしたいと言ってるの」
立ち塞がるマネージャーに万理華さんが交渉に出るけど、返答は芳しくない。
「今はちょっと……」
まんじゅう屋のドーナッツが気になる星熊さんが琴音ちゃんの手元をチラチラ見ながら、部屋の前を退かない。
「退かないならあんたから殺すっ!!」
「どうしちゃったの!?琴音ちゃん!?」
マスクを脱ぎ捨て剥き出しになった琴音ちゃんの闘争心に陽さんもびっくり。
「紗良さんは顔に重大な怪我をしてて…みんなに見せたくないと言ってます」
こう言われちゃな…
「私の素顔を見ておいてそんな言い訳は許さないから!出てこないってんならこっちにも考えあるよ!?」
しかし琴音ちゃん退かない。話をしに来たのか襲撃掛けに来たのか……天鬼りあ、ハラハラが止まらない。
そして琴音ちゃんの気迫に負けたのか星熊マネージャーは折れた。
「……少々お待ちください」
少々と言いつつ軽く30分は待たされた後…部屋から紗良さんが出てきた。
「お待たせ」
紗良さんは佐清みたいな白いゴムマスクを着用してた。
紗良……さん?
「なんか……背伸びました?」
私の質問に紗良さんは動揺した様子で「ソンナコトナイヨー」と一言。
「星熊マネージャーから聞いたと思いますけど……あれ?星熊マネージャーは?」
「ホシクマサンナラキュウヨウダッテデテッタヨー」
「出てく所見てないんですけど…」
「マドカラデテッタヨー」
「ここ2階ですよ!?」
下で話そう。そう促され私達は食堂に移動する。
テーブルを挟んで向かい合う紗良さんと琴音ちゃん。二人のどちらかが口を開くまで私達は沈黙を貫いた。無言の時間が重たく流れる。
「……紗良、昨日はごめん」
琴音ちゃんが口火を切った。
「これは…お詫びの品です」
満を持して渡されるおからドーナッツ。紗良さんは不気味なゴムマスク越しにそれを見つめてた。
「……知ってると思うけど、私は『ぽいずんちゃん』だよ」
琴音ちゃんが正体を明かす。その反応は…
「シッテルヨー」
さっきから声どうした?やたら高いけど…
「紗良は気づいてたよね?多分……それで私に突っかかって来てたんでしょ?」
「ソンナコトナイヨー」
「今更嘘つかなくてもいい…じゃあどうして私をいじめてたの?」
「ムカツイテタカラダヨー」
「……私が炎上したY〇uTuberだからじゃないの?」
「ソンザイガムカツイテタンダヨー」
「んだとてめぇ」
「琴音ちゃん、どうどう」
気性が荒いと自分で言うだけあって本性を晒した琴音ちゃんの沸点はとても低い。陽さんが居なかったら第二ラウンドが勃発しそう。
「……紗良、それにみんなも」
琴音ちゃんが問いかける。
「みんなに訊きたいんだけど…私みたいなのが居たらやっぱり……迷惑だよね」
「そんな事ないよ」
間を置かずに即答したのは陽さんだった。
「僕は琴音ちゃんと一緒にアイドルやりたいよ」
「……陽さん」
「琴音」
今度は万理華さんが…
「大事なのはあなたの気持ちだから。あなたがアイドルになって、また世間から叩かれるような事になっても……あなたが本気でこの世界で生きていく覚悟がある限り私はあなたの味方」
「万理華さん……」
琴音ちゃんの視線が私に向く。
「……私も琴音ちゃんと一緒がいいな」
琴音ちゃんの瞳の周りが赤くなっていく。
自分を変える為に……かつて失望させたファンの為にと、辛い思いをするかもしれないのにこの世界に来たんだから。
そして紗良さんは……
「イインジャナイカナー」
なんか……軽かった。
「あんた……真面目に話聞いてんの?」
さっきからふざけてるとしか思えない紗良さんの態度に万理華さんの目が据わりはじめたよ。
それでも紗良さん変わらず。
「ナカナオリシヨー」
「……」
「ゴメンネー」
「顔、見せてよ」
琴音ちゃんの要求に「ヤ!ソレハー…」と紗良さん尋常じゃない動揺っぷり。
なんか……怪しいぞ?
「……おからドーナッツ食べてください」
私が詫びの品を押し付けると「イマハイイカナー」とそれを押し戻す。
「琴音ちゃんの気持ちです」
「オキモチダケー」
「折角買ってきたから…」
「イラナイヨー」
「もしかしておから嫌いですか?」
「キライダヨー」
その時、バンッて台パンしながら琴音ちゃんが立ち上がった。
「……私の事許してないならはっきりそう言えば?」
「ソンナコトナイヨー(汗)」
「紗良さん、琴音ちゃんは真剣なんです」
陽さんがふざけた態度を咎める。この空気感でもなお、紗良さんはふざけた態度を改める気がない。
なんかまずい気が……
「おいてめぇ!!」
「琴音ちゃん琴音ちゃん!どうどう!!」
混沌としてきた。この状況で話し合いは無理か…
「ワタシネムイカラカエルネー」
「紗良っ!」
怒る万理華さんを無視してそそくさと退散しようとする紗良さん。背中を向けて逃げるように出ていこうとする紗良さんの頭に…私は手をかけた。
紗良さんの身長は私より少し高いくらいだけど、今の紗良さんは私が背伸びしてつま先立ちしないと頭まで手が届かない。
履いてるのはただのサンダルだ。
「アッ!!ヤメテ!!」
抵抗を試みる紗良さんに悪いとは思いつつ、私はマスクを上に引っ張った。
顔にフィットしたマスクが皮膚を引っ張って強引に剥がされる。
……そこにあったのは星熊さんの顔だった。
リンチの幕開けだ。
「琴音ちゃんは真剣なんですよ?」
陽さんが睨みつける中「ゴメンヨー」と強面無表情が正座謝罪。
「その声やめなさい」
「すみません……」
万理華さんの圧に負けてふざけた声から元の声に戻った。ちょこんと床に膝を折る大の大人を目の前に琴音ちゃんは沸騰直前だった。
「喧嘩売ってる?」
「違うんです聞いてください」
「聞いてあげるから目的を言え。おから?おからドーナッツ欲しかった?」
「いや……お菓子におから使うのはナンセンスかと……」
「私のセンスにケチつけてんのかてめー」
「琴音ちゃん、話が逸れてるよ」
陽さんのツッコミの後、星熊さんが真意を語る。
「皆さんが真剣な様子だったので…無下にするのも悪いかと思いまして……考え抜いた末、紗良さんの代わりを務めてこの場を穏便にやり過ごそうかと」
「やり過ごせてないじゃないですか。考え抜いた末の結論がこれなら何もしない方が良かったですよ」
「天鬼さん、大人をいじめて楽しいですか?」
「子供を揶揄って楽しいですか?」
拳を握りしめた琴音ちゃんの顔は暗い。ふざけ倒された怒りじゃない。その顔は少し悲しげだ。
「紗良はそんなに……私と会いたくないの?」
「いや……」
「この期に及んで誤魔化さないで」
「その……」
「……蹴り入れるぞ?」
身長140センチの獣からの脅しに身長180センチ越えは屈した。
星熊さん曰く……
「紗良さんは今朝……出ていきました」
「「「「え!?」」」」
「アイドルは……諦めるそうです」




