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第20話 ただスマイル強制プログラムはやめてほしいですね

「どう?星熊。合宿の様子は?」


 久しぶりに顔を出した本社(倉庫)の社長室(窓際)でバカ社長は葉巻を咥えてました。相変わらず先は切ってません。しかし私は教えてあげないのでした。


「危惧した通り、人間関係に亀裂が……」

「言ったでしょ?あたしの言った通り、合宿やって良かったでしょ?」

「しかしこんな事をしてる場合ではない気がしますが……間に合うんですか?一刻も早く新ユニットを立ち上げて売り出さないと……このままじゃうちの会社自己破産ですよ?夜逃げですよ?ヨニゲ」

「バカだね星熊…焦ってデビューさせたって当たらなきゃ意味ないじゃん。じっくり時間をかけて育てないと…」

「その時間と金がねーんですけど?返済の期限は刻一刻と迫ってるんですよ?」

「星熊はホントにバカだね…自己破産するなら夜逃げしなくていいじゃん。借金の支払い免除じゃん」

「私への給料支払いも免除されちゃうじゃないですか(怒)」

「未払賃金立替払制度って知らないの?」

「最大で八割しか取れないですので。てか、倒産する前提の話はやめましょう」


 まぁとにかく…と、火のついてない葉巻を吸って何かをふーって吐き出してるバカ社長は、どこか遠くを見つめるような目をしながら言うのでした。


「…デビューしてから人間関係で揉めて心病んで…うちのアイドルがそんな形で消えてほしくはないからねぇ…」

「私達がそうだったからですか?」

「そうだよ」


 バカ社長、いくら吸っても煙が出ない葉巻に訝しげな眼を向けます。その姿は愚か者以外の何者でもありません。

 社会のしゃの字も知らなそうなこの小娘に、会社の命運を託すのが間違いだったのです。


 ただ……


「上手くやっていけないなら初めからデビューはさせない…その為の合宿だからさ。いいんだよ最初は衝突したって……でも、ここを乗り越えられないようなら、あの子達をグループとしてデビューさせるわけにはいかないんだよ」


 有無を言わさない決意にも似た固い眼差しでした。

 この人がこの世界で自分の会社を旗揚げする時これだけはと誓った事…

 それは自分達の失敗をタレントにはさせない、という事でした。


 それは分かってます。


「……まー、最悪あの子一人でもデビューしてくれればいいかなってあたしは思ってる。あの子はあたしの若い頃に似てるから、絶対当たる」

「居ませんよ?バ……社長に似てる子なんて」

「お前が最後にスカウトした奴だよ!!似てるだろ!?」

「……え?どこがですか?」

「あの子にさ……賭けてんだあたし」


 最悪あの子だけって言うけど…今時単品ソロアイドルなんて……


 ……まぁでも、確かにあの子は…凄い。


「で、その子の様子はどう?」


 ただ……


「……合宿、まだ来てないんですよね。連絡もつかないんです」

「……は?」


 *********************


 合宿が始まって一週間が経過した。


「スマイルスマイル!!」


 朝一の走り込みから始まって……


「スマイルスマイル!!」


 ボイトレ、歌唱レッスン。


「スマイル忘れてるよ!!」


 ダンスレッスン。


「スマイル足りてないよ!!」


 休憩挟んで、また走って……



 甲子園でも目指してる気分になる毎日に、天鬼りあの心身は徐々に衰弱していってた…

 それに反して「アイドルたるもの常に笑顔!」と万理華さんに強制され続けたスマイルは表情筋に張り付いてて……


「どうしよう…スマイルから無表情に戻れなくなっちゃったよ…」

「僕もです」

「タスケテ……」

「がはは(涙)」

「まぁ笑う門には福来る言うからな!!」


 私達は日夜狂ったようなニヤケ面から戻って来れないまま、フラフラになりつつ、目を血走らせて特訓の日々を送って…………




「もうアカン!!死ぬわこんなん!!」


 休みのない過酷なスケジュールに弱音を吐き散らしたのは朋花さん。目をガン開きにして耳まで吊り上がった笑顔のまま、突然叫び出す。

 騒然とする食堂。


「落ち着いてくださいよ…朋花さん」

「やかましいわ!!これが落ちついていられるかっ!!見ろやウチの顔を!!」

「ヤバい薬使った人みたいですね…(汗)」


 ツッコむ陽さんも同じ顔してたけど…


「…何が不満なの?」


 ただ一人スマイルじゃないニュートラルな表情筋のままの万理華さんが発狂した朋花さんに問いかける。正直、朋花さんの気持ちは分かる。


「毎日クソ暑い中走って踊って歌って声ガラガラドンでまた走って倒れて救急車で…!!いくらなんでも詰め込みすぎや!!しかも!!プロの講師はいつ来るんや!!いつ!!」


 指差される万理華は「私の指導じゃ不満って事?」って喧嘩腰だ。


「……万理華さん、確かにこのスケジュールは殺人級ですよ。このままじゃみんな体が持たないです」


 私ももう少し楽になりたい…そんな思いからそう進言した。

 でも彼女の口からは喜ばしい返答は得られなかったよ。


「……みんなはまだまだ実力が足りない。もっと詰めていかないと……」

「私も今のやり方は反対だなー」


 頬杖を突く紗良さんが私達に同調した。


「実力ない子に足並み合わせてキツイスケジュールこなす必要なんてないんだし…毎日走って筋肉痛だし声も枯れてきたし…体壊しちゃ元も子もないでしょ」


 万理華さんに話しかける紗良さんの眼差しはフラミンゴ頭の琴音ちゃんに注がれてた。

 でも、その言葉に一番ダメージ受けてたのは多分…


「…とにかく休みが欲しいねん!!」


 切実なみんなの眼差しが集中する。万理華さんは苦々しい顔をしてる。どうして分かってくれないのって顔だ。


「…分かったわよ。確かに、頑張りすぎるのも良くないわね」


 *********************


 一週間という時間が経過しても私達の中に劇的な変化は生まれなかった。

 初対面の時から関係は変わらず、琴音ちゃんと紗良さんの溝は緩やかに深くなっていく。


 一日一生百合いちにちいちなまゆりを家訓とする天鬼りあは近年稀に見る百合不足により百合欠乏症に陥ってた。

 このままじゃ死んじゃう……

 何とかしてみんなの関係を深めたい……なんの為に毎日脚が引き千切れる思いで走り込んでるのかと言ったら元はと言えばその為なんだから…


 降って湧いた休日を持て余しながら一階のリラックススペースのソファで抜け殻になる私にひとつの影が降ってきた。


「隣座るわね」


 我らがリーダー(暫定)万理華さん。


「あ……どうぞ」

「喉とか大丈夫?」

「え?」

「いや……喉痛めてる子も居るみたいだからさ…あと筋肉痛」

「私は……まぁ大丈夫です」

「なら良かった……」


 虚空を眺めながら気のない返事を返してくる万理華さんには疲労の気配なし。これが元プロのフィジカルなの?


「ダメダメだね」

「え?」

「焦ってみんなに無理させて反感買って……紗良の言う通り。体壊したら意味ないのに……やっぱりプロの講師がついてないと……」

「万理華さんはよくやってくれてると思いますよ。それを言うなら責められるのは万理華さんじゃなくてプロをつけてくれない事務所ですし…というか、万理華さんだってレッスン受ける側なんだから…」


 私のフォローに「ありがと」って彼女は小さく微笑んだ。よくよく見ると、歳の割に童顔だ。18歳って言ってたから今年から大学生って年齢だけど、大学生には見えない。


「ただスマイル筋強制プログラムはやめてほしいですね」

「あれが最も重要なトレーニングなんだけど…スマイル・モストマスキュラーポーズって言ってね?」

「もういいです」


 この休日も彼女にとってはみんなの体調を考慮しての結果だ。万理華さんから見たら私達はまだまだお話にならないレベルなんだし、これ以上注文をつけるのも悪い。

 この合宿で彼女にかかってる負担は私達以上のはずなんだから。


「……焦ってる」

「え?」


 不意に万理華さんがそんな一言を零した。


「前のグループが突然解散して、早く…世間に忘れられないうちにって…私、焦ってる」

「万理華さん……」

「ダメね私……前のグループでも結果が出なくて…一人で焦ってメンバーを追い込んで、こんなんだから前のグループも解散するんだ」

「……そんな事は…万理華さんが居なかったらこの合宿は崩壊してますから」


 何も知らない女の慰めでも効果はあったのか万理華さんは再び笑ってくれた。

 膝の上で組んだ両拳に込められた力が、彼女にとってアイドル業がどれほどの重さなのかを物語ってる。


 この人も真剣だ……


「なんかさ…あなたに話しかけられると安心するというか……つい愚痴っちゃった」

「そーですか?」

「声かな?……落ち着く声してる」


 突然でした。

 万理華さんの頭が私の肩にこてんっと落ちてきた。寄りかかるようにして距離を詰めた万理華さんからは女の子の甘い香りが……っ!!


 ちっっっ……違うっっ!!私じゃないんだっ!!まぁでもこれはこれで……っっっ!!!!


「くんかくんか///」

「その声は武器になるよ…唯一無二だと思う」

「すーーーはーーーっ///」

「天鬼は喉も強いみたいだし…それに一番結果出てると思う。才能あるかもよ」

「くんくんくんくん///」

「……聞いてないね」

「香薫!!」



 まぁこんな感じで久々の休日で万理華さんと距離が縮まった気がしたけど……


 事態が大きく動くのは、この後からだった。

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