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第19話 私は全てを失った

 黒沢紗良の人生は孤独に彩られてた。


 私の父親は政治家だった。母は著名な音楽家。兄は名門大学の首席。笑えるくらい絵に描いたようなエリートの家系だった。

 そんな家に産まれた私は産声をあげた瞬間から金も環境も何もかも持ち合わせていた。

 人生というゲームは成功が既定路線で、私の人生には何の苦もなく幸福と成功が約束されてたはずだった。


 更にそれを磐石にしたのは優秀な血統か…私は他の子より優秀だった。


 美しい母に似た私の容姿は恵まれてたし、代々政界で成功してきた父方の家系の血筋か私はあらゆる能力が高かった。


 産まれた時から全て持ってた。

 黒沢紗良は完璧だった。



 地元の中高一貫の進学校に入って、エリートと呼ばれる人種に囲まれても私の地位は揺るがない。

 まだ未成熟な年齢から既に全てを持ち合わせた私は心の中でどんどん傲慢なエゴを膨らませていく。


 それでも外面は良くした。

 家柄、父親の面子…色々あるけど、何より、政治の世界に生きる家系に産まれたが故か、不祥事で人生の足下を掬われる政治家バカの話は何度も耳にしてた。


 体面がいかに重要かも、そして学校という狭い世界がどれだけ不安定かも知ってた。


 学校という場所はすぐに序列が入れ替わる。

 昨日までクラスの中心だった人物がある日突然隅に追いやられる事もある。そして、親の権威などというものはこの狭い世界では絶対ではなく、一ステータスに過ぎないのだ。


 だから私は取り繕った。


 自分より劣る者達を見下しながらも決して表には出さず、周りに親切にしたし、優等生でもあり続けた。

 それが自分の安寧を守る絶対の手段だと知ってたからだ。


 私は慕われた。友達からも、後輩からも。

 そして素敵な恋人とも出会った。


 内心では自分より何もかもで劣る全てを見下しつつも決して表には出さず…

 そういう強欲を、自己顕示欲を抑え込みつつ、私は私の立場を守って、幸せに生きてきた。

 生きていけるはずだった…


 盛者必衰の理。

 どんなに栄えてもいつか必ず終わりは訪れる。だとしたら私はもっと、傲慢に強欲に振る舞うべきだった。

 転落する羽目になるなら、自分を抑える事なんてしなければよかった…



 きっかけは父親の汚職だった。

 父親の秘書が内部告発、しかも自殺した。


 世間はすぐに食いついた。そして、情報は拡散され、暇人達の暇つぶしの種になる。

 こういう時一番過剰に反応するのは当事者じゃないはずの第三者だ。

 私の父親が起こした不祥事によってなんの被害も被ってないはずの、蚊帳の外の国民達だ。彼らは獲物を見つけた獣のように安全圏から石を投げる。それも、無差別に。


 父親の愚行など知る由もなかった私にも無差別な投石は飛んできた。


 父親の権威を失った私に残された、今まで堅実に積み上げた信頼と実績なんて…そんなものは最初からなくて…


 私の確定された未来は簡単に奪われた。

 私が今まで築いてきた人間関係の全ては結局、私が有力な政治家の娘だというブランドの元成り立っていたんだと気付かされた。私の力で得たものなんてひとつも無かった。


 私は孤立し、私の家柄やスペックを妬んでいた連中からのいじめが始まった。


 私物を捨てられた。

 机に死ねと書かれた。

 下駄箱に虫の死骸を入れられ、乱暴もされた。服を剥かれて何時間も放置された事もあった。

 身も心も打ちのめされた。

 恋人にも裏切られ、今まで私に擦り寄ってきて連中は手のひらを返したように容赦のない暴力を振るってきた。


 私には人権はなかった。

 学校という狭い箱の中で私はこの世の地獄を味わった。


 子供の倫理観は危うい。タカが外れた奴らのいじめは取り返しのつかないところまでエスカレートした。


 面白半分で私に突きつけた彫刻刀が私の右目を抉った。

 彫刻刀を握ってたのはかつての恋人だった男だった。




 男は少年院に送られた。

 これだけの事件になったんだからいじめも収まるだろう…そう考えたけど、その考えは甘かった。


 確かに私への干渉は収まった。

 収まりすぎた。


 事件の被害者となり、右目を失った私を待っていたのは無視だった。


 誰も私の存在を認知しない。狭い学校という世界の中で私の存在は抹消された。

 声をかけても、目の前に立っても、みんな私を居ないものとして扱った。生徒も、教師も。

 まるで生きながらに幽霊にでもなったみたいだった。


 父親を失った私の家はぐちゃぐちゃになった。

 兄は大学を辞めて姿を消して、母親は発狂した。

 家に帰っても誰も私を見なかった。

 母親はそこに存在しない在りし家族の幻影を虚ろな目で映すだけ。


 私は家でもその存在を亡き者にされた。



 父親の汚職から一年後…父親の判決を待たずに母親は自殺した。

 まだ黒沢家が健在だった頃の家族写真を抱いたまま、首に包丁を突き立てて死んだ。






 私は全てを失った。









 親戚に引き取られた私はそこでも腫れ物扱いだった。

 世間体から引き取った犯罪者の娘。親戚の対応は無視だった。

 家に居るだけの、空気のような存在になった。


 私の父親はそんなに悪い事をしたんだろうか?

 私は何もしてないのに、どうしてそのツケを払わされるのか?

 半端に社会というものを知っていたが故にそんな理不尽への答えを持ち合わせていた私は、こんなものだとそれを受け入れて、ただ存在しない人間として青春をやり過ごすしかなかった。


 私は全てを失った。

 自らの存在までも。






 でも、復讐心が芽生えるのは当然だった。


 どうして私がこんな目に…と思った。

 私がかつて内心見下していた全てから見下されるどころか、存在しないものとして扱われる屈辱。その屈辱は私から端を発したのではなく、家族という血の繋がりというだけの糸を伝って私に降りかかった。


 私は上手くやってきた。

 なのに身内のたった一つの間違いに全てを奪われた。存在まで。


 ……ただ、全てを投げ打って暴力に訴える程の覚悟も度胸も私には無かった。



 失った私という存在を取り戻す。

 そして誰も無視できない存在になってから、全てを告白する。

 私が受けた今までの仕打ちを全て。

 私を虐げた全ての人間の存在を社会にぶちまける。

 その為には私が誰も無視できない存在になる必要があった。


 私が芸能界を目指すのは必然だった。


 最も適性があるのはアイドルだと思った。ただバカみたいに笑って歌ってればいい。


 ただ、この国では地下を含めれば年間100を超えるアイドルグループが生まれては、日の目を見ずに消えていく。

 誰もが無視できない存在になるには凄まじい倍率を勝ち抜かなければならなかった。


 POPプロダクションに自分を売り込んだのは、弱小事務所だったからだ。

 アイドルを志す有象無象達の中で勝ち抜く自信はあったけど、大手はそれだけライバルも強力だし、デビューまでの難易度も跳ね上がる。


 弱小事務所なら簡単だと思った。デビュー出来さえすればなんとでもなると思った。




 私はアイドルになって、誰も無視できない存在になって帰ってくる。

 そして復讐する。


 そんな私の人生に立ち塞がったのが、あのふざけた女の子なんだ。



 例えアイドルになれたとしても…

 あいつの隣じゃ私はまた『無き者』にされてしまうかもしれないから…

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