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第18話 これはスマイル強制マスクよ

 二日目のレッスンも万理華さん主導で行われた。相変わらず講師は不在…


 歌唱レッスンにダンスレッスン、そして基礎体力作りの走り込みが追加。

 昨日に比べて肉体的な疲労が段違い。


「保養所から麓の町まで走って降りて帰ってくる…往復で1時間以内を目指して」

「死ぬて!!」

「終わったらそのままダンスレッスン」

「死ぬて!!」

「ステージ上では歌いながら踊らなきゃいけないから、バテない体力作りは必須よ。あと、ひとつ条件をつけます」

「なんやねん!!」

「レッスンが終わるまでずっと笑顔で」

「怖いて!!」

「アイドルは表情が命!例え脱水症状になって担架で運ばれてても笑顔を絶やさない」

「怖いて!!」

「アイドルに必要な心技体を今から叩き込むから」

「死ぬて!!」


 朝一から行われた地獄のNGワードゲームでメンタルをゴリゴリに削られた私にとってそれは昨日以上の地獄になったよ。


 本日気温38℃。快晴。

 真夏の灼熱マラソンが始まった。



「はぁ……はぁ……っぜぇっ!!」


 天鬼りあ、100メートルタイム16.8秒。汗をかく運動は学校の体育くらい。好きな食べ物は家系ラーメン。

 日々の不摂生がここでダイレクトアタック。


「みんな!ペースが落ちてる!!」


 先頭を走る万理華さんが怒声を張り上げながら輝かしきスマイルを後ろに向けてくる。その真後ろを走る陽さんは煌めく汗を滴らせながら息を乱して、陽さんの後ろに辛うじて食らいつく私はもはやスマイルなどと言ってる余裕はなかったよ。


「みんな笑って!!」

「あはっ!!あはははは!!(怒)」


 滝のような汗を流しながら目を血走らせ最後尾を走る朋花さんはブチ切れてた。


 そして私と朋花さんの間…


「ハァハァハァ…」

「朋花ちゃんそれ笑ってる?スマイルだよ?」


 フラフラになりながらも足を前に出す琴音ちゃんと並走する紗良さんの姿があった。

 紗良さん、琴音ちゃんに付き添ってるのかと思ったけどどうやら違うらしい。

 比較的余裕のありそうな様子の紗良さんはヨタヨタと走る琴音ちゃんにベッタリ張り付きながらしきりに話しかけてる。けどその内容は…


「マスク脱いだら?中臭そうだね」

「ハァハァハァ……」

「てかさぁ〜。レッスン終わるまでスマイルだよぉ?それ、笑ってる?マスクしてたら分かんないねぇ。もしかして笑ってないんじゃない?ズルしてるよズル」

「……ダマッテ…」

「みんな真面目に頑張ってるのに自分だけ楽して……申し訳ないと思わないの?」


 それは励ましてるわけではなくて、ひたすらにチクチクと嫌味を投げつけてるだけだった。


「てかさ、こんなんでバテてたらアイドルなれないよ?引きこもりちゃんには無理なんじゃない?」

「ウルサイ……」

「諦めちゃいなよ〜?無理は体に毒だよ〜?」


 ニタニタといやらしい笑みを浮かべながら嫌味を途切れさせない紗良さんの体力はなかなかのものだと思う。いや、今はそんな場合じゃない。


「紗良さん、琴音ちゃんの気が散るから…」

「途中で倒れないように支えてあげてんだよ」

「……どう見ても違いますよね?」


 ペースを落として二人に合流した私の苦言にも紗良さんはいやらしい笑みを返してくる。


 この人……


「紗良!余裕あるならもっとペース上げて!!みんなもこんなんじゃ1時間切れないよ!!」


 前方からペースを落とさずに声をかけ続けてくる万理華さんの体力もおばけだ…流石、元プロは違うや。


「りあちゃん、スマイルスマイル」


 紗良さんが自分の口角を指で吊り上げながら指摘してくる。紗良さんの琴音ちゃんへの執拗な攻撃に思わず笑顔が崩れてたらしい。


「てか、りあちゃんも思うでしょ?この子、マスク付けてんのずるいよ。絶対笑ってない。万理華ちゃーん、この子やる気ありませ〜ん!!」

「紗良さんっ!!」


 私が思わず声を張り上げた時、万理華さんが足を止めた。

 理由は後方のトラブル……じゃなくて。


「がはっ!!」


 最後尾でぶっ倒れた朋花さんだった。

 自転車で並走してた星熊マネージャーが寄っていく。


「み……みず……!!」

「……夏祭さん、飛ばしすぎです。最初はもっとペースを緩めるべきですよ」

「……この程度で……」

「この山の中だと救急車が来るまで10分以上かかりますので、死にますよ?」


 朋花さん瀕死。


 引き返して来て朋花さんを介抱する私達。油断してスマイルが崩れた陽さんに「顔!!」って万理華さんの厳しい注意が飛んだ。


 ……表情筋が壊れるって…


「……紗良」


 へっちゃらって顔して水飲んでる紗良さんに万理華さんが詰め寄った。万理華さんも後方のやり取りはちゃんと把握してたらしく、その視線は厳しい。


「ん?スマイルしてるよ?」

「……人の事はいいから真面目にやりなさいよ」

「おいおい、私は真面目に笑いながら走ってたじゃん?真面目にやってるか怪しいのは……この子だよねー」


 肩で息をする琴音ちゃんのフラミンゴマスクを上からバシバシ叩く紗良さんに「やめてください」って陽さんも詰め寄った。

 全員の非難的な眼差しを受けても彼女は何処吹く風だった。


 なんなのこの人……


「……琴音、マスクは外しなさい。この暑さの中でそんなの着けてたら本当に死んじゃうわよ」


 万理華さんのそれは流石に正論。純粋な心配からの注意を受ける琴音ちゃんはその場にへたりこんで辛そうだ。こんなの被ってたら私達より倍辛いはず…

 でも琴音ちゃんは無言でフラミンゴ頭を横に振るだけだった。


「……いや死ぬて!!流石に……もうええやん!!あんたはよくやった…あんたの芸人魂、見せてもろたわ!!」

「芸人魂じゃないと思いますけど……てか、大丈夫ですか?朋花さん。なんか意外です。意外と体力ないんですね」

「天鬼達がおかしいねん!!」


 このやり取りをしてる間も私達はスマイルを強要されてる。満面の笑みでキレ散らかす朋花さんの姿は狂気的で怖かった。

 あと10分続いてたらおかしくなってたかも…


「……陽と紗良はともかく他三人、表情が崩れてるわよ」


 そんな状況でも万理華さんのスパルタは止まらない。


「いや、琴音ちゃんは分かんないじゃん」


 紗良さんのツッコミを無視して「仕方ないわね」と万理華さんがスポーツバッグから何かを取り出した。

 ストッキングだった。

 嫌な予感した。


「……何をする気ですか?(汗)」

「これはスマイル強制マスクよ」


 陽さんの問いに返ってきたのは私達の聞いた事ない、別次元のアイテムの名称…

 嫌な予感がした。


「これで顔面をスマイル状態のまま引っ張りながら走るわよ。そうすれば、スマイル筋が固定されてスマイルが崩れる事はないわ。顔がスマイル筋の正しい形を覚えれば、四六時中スマイルで居られるはず」

「スマイル筋ってなんですか…?(汗)」

「琴音に被りもんやめろ言うたの誰やったっけ!?」





 休憩込みで2時間半かけて麓の町まで到達した私達を迎えたのは、町民の悲鳴でした……


「なんだ!?あの集団は!?」

「頭からパツパツのストッキング被って走ってるぞ!?」

「しかも一人はフラミンゴ頭だっ!!」

「もしかして!新手の宗教団体か!?」


 いいえ、変態集団です。

 あと、琴音ちゃんはあろうことかフラミンゴマスクの下にストッキング装着してます。

 変態です。


 結局帰り道で朋花さんが完全に動けなくなって、救急車でした。


 ********************


 二日目のレッスンも終わり……というか、朋花さんが救急車の人になっちゃったから切り上げられて…

 各々が余暇時間を過ごしてる時。


 私は紗良さんの部屋に突撃してた。



「……(汗)」

「すみません急に」

「いいんだけどその…まだストッキングしてんの?」

「スマイル筋のトレーニングなんで」

「ストイック過ぎか(笑)」

「それでお話なんですけど…紗良さん覚えてますよね?露天風呂で紗良さんが話してくれた事」


 紗良さんの目が光る。


「覚えてるけど……なるほど、文句を言いに来た……ってわけだ」

「文句……」

「琴音ちゃんに対する嫌がらせへの」

「自覚があるならやめてください。こんなやり方で夢を叶えたって……」

「夢?」


 嘲笑するようなニヤケ面が返ってきた。


「……夢なんて生易しいものじゃないんだよ。私にとってこの道は、生きる意味そのものなんだ」

「……え?」

「その話をここで君にする気はないけどね…」


 埒が明かない。


「紗良さん、あなたは勘違いしてます」

「なにが?」

「琴音ちゃんを蹴落とす必要なんてないんです。私…星熊さんから聞いたんです」


 紗良さんの表情から笑みが消えた。掴みどころのない妖しいお姉さんが狡猾な毒蛇の顔になる。

 不気味な圧をぶつけられながらも、フラミンゴ頭を思い出し、想いながら私はストッキングの奥で勇気を出す。


 やっぱりこの人怖いよ……


「今回のユニットは別に5人で組むって決まってる訳じゃないって…全員に力があれば、7人でもデビューできるんです。逆に言えば、二人脱落したとしても、その後生き残れるとは限らない。例えみんなやめていって最後の一人になったとしても、それはそれで構わない…事務所はそう考えてるんです」

「そうだよ」


 あっけからんと返す紗良さんの一言に私は「え?」と間抜けな声を出すしかなかった。その一言は「知ってるよ?」と同義だから。


「これは限られた椅子を奪い合うゲームじゃない。私はマネージャーと万理華ちゃんの会話を最後まで聞いてたからね」

「……だっ…だったらっ!琴音ちゃんを攻撃する意味はないですよね!?」

「……」

「琴音ちゃんが足手まといになると思ってるならそれは間違いですよ?琴音ちゃんは……ちゃんと自分の意思でアイドルを目指してます。だから…」

「……りあちゃんは仮にデビューできたとして、どんなアイドルになりたい?」


 意図の分からない質問を投げられてストッキングの下で表情が固まる。それはどういう意味の質問だろ?話を逸らそうとしてるのか…?はたまた…


 同時に私には、アイドルになった後のビジョンが無いことに気づいた。

 そりゃそうだ。私の目標はアイドルに『なる』事で『なった後』の事なんて考えてなかったから。


 ……考えてたのはあなた達がイチャイチャしてるのを眺める事だけです。


「折角アイドルやるんだから、一番にならなきゃ意味がない」


 でも、紗良さんは違うみたい。


「ならなきゃいけない。私の場合はね…そのうえで琴音ちゃんは……」

「……」

「邪魔なんだよ」

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