第1話 JR東日本をご利用くださいましてありがとうございます
『あの…おっぱいの話なんですけど……「尊い」のネットスラングの「てぇてぇ」ってマレー語で「おっぱい」を意味するらしくて……なんて言うか……いい…ですよね?』
会場は静まり返ってしまった。
マイクを片手に突っ立ったままなぜこんな事を口走ったのか…
それは司会進行役の人に「何か一言」と言われたから。
何か一言……お題もなく突然何か一言。
ママが言ってた。「晩御飯なんでもいいって言われるのが一番困るんだ」と…
まぁつまり……こういう事なんだろうなぁ……
『……あの…よくママが言ってたんですけど…「晩御飯なんでもいい」が一番困るって…これってつまりそれと同じ事なんでしょうね…』
「は?」
テカテカした頭のオールバックの司会者が聞き返してきた。
一言が終わった後の沈黙に耐えかねて口を開いた私の口から出た所感は、場を更にぽかんとさせてしまったようで…
『つまり……具体的でない指示というのは…相手を困惑させるものだなと……まさに今の私の心境がそんな感じでした……』
これが「好きな歌は?」とか「ご飯なに食べた?」とか「アイスホッケーで新しく追加された新ルールとは?」みたいな大喜利だったらこんな事にはならなかったはずなのだ。
それならば私も周りもこんなぽかんとする事なかったと思うんです…
……天鬼りあ、16歳。百合女子(※百合を愛好する女性の意)歴11年。てぇてぇ百合を求めて生き方を決めました。
私、アイドルになります。
アイドルになって百合カップルを誕生させてそのてえてえを眺めながら尊死します。
決めました、もう。
……決めたんですが早速躓いたかもしれない。
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さて。
アイドルになろうと決めたなら、アイドルになる為のアクションを起こさなきゃいけないよね?
「……おいグルグル。アイドルの成り方」
『以下の検索結果がヒットしました』
グルグル先生曰く、アイドルになるにはオーディションを受けるのが一番一般的らしい。
「えー?りあちゃんアイドルになるのぉ?」
グルグル先生から視線を上げると目の前には二人の友人の姿が。その手にはクレープが握られてる。
放課後のクレープデート。もちろん、デートをしてもらうのはこの二人…
ふわふわもこもこのボリューミーな髪の毛の彼女(美少女)を……まぁAさんとしよう。
そしてモデル体型のギャルみたいな彼女(美少女)をHさんとする。
「りあちゃんアイドルとか興味あったんだぁー」
頭の悪そうな話し方をするAさんが私の分のクレープを手渡しながらスマホの中身を覗き込む。
「なんか意外だけど…天鬼可愛いもんね。なれんじゃない?マジで」
頭の悪そうな外見のHさんが私の対面に腰を下ろし、Aさんがその隣に。丸い机を囲む少女三人…私が今日ここに来た目的は彼女らと新作クレープに舌鼓を打つためではない。
高校入学から1ヶ月。天鬼りあによる厳正なるジャッジの末、獲物に選ばれた二人は私の計画通りに互いのクレープに興味を示してた。
「そっちも美味しそぉー」
「じゃあ一口ちょーだい」
互いが口を付けたクレープを…お互いにあーんし合いながら分け合う光景。
「クリーム付いてるよぉ〜」と笑うAさんがHさんの頬っぺのクリームを直接舐め取ろうとしてる。Hさんも流石に驚いた様子だっけど「やめてよぉっ」と満更でもなさそう…
長かった……
この二人をてぇてぇ百合カップルにする為苦節1ヶ月…数々の暗躍の末互いの存在に興味の無かった二人が今やこんなにも濃密にイチャイチャしているよ……
「りあちゃん?鼻血出てるよぉ!?」
私の見立ては間違ってなかった…
パーソナルスペースの狭いAさんと、少し百合っ気のあるHさん。
あと3デートくらいしたらくっ付きそうだなぁ…
「天鬼やばいってぇ!生クリーム血まみれっ」
もっと絡んで欲しいですねぇ……
「でゅふっ…でゅふふふふふっ」
「……(ドン引き)」
「……(ドン引き)…えっと…さっきの話だけど、天鬼はオーディションとか受けるの?え?てか、マジでアイドルになるん?」
「……てぇてぇ///」
「「てぇてぇ?」」
「……あ、いや…まぁ…目指してみても…いいのではないかと……思ってる次第…」
娯楽に飢えている女子高生だから、同級生がこんな事を口走った日にはピラニア並の速度で食いついてくるよね。
まぁ、バカにしながら笑いとばさないだけ彼女らは良心的だ。
なんたって私は、本気、なのだから…
「あ、りあちゃんも私のクレープ食べるぅ?」
「いや……いいよ。私は別に…」
百合女子にも色々な属性が居ますが、私は百合を眺めたいのであって女の子と恋愛したいとか挟まりたいとかそーいうのはないんだ。
むしろ、挟まりたくない。
眺めたい。
そして死にたい。
「ふーん…あっ、じゃあさー、こんなのはどーよ?」
Hさんが自分のスマホの画面を突きつける。
それは「実際何をすればアイドルになれるのか?」という問題を前に足踏みをしていた私にとっては、まさに天啓にも等しい情報。
「……タレント発掘ドラフトオーディション?」
「歌手とか芸人とかアイドル志望の子が出ててー、有名な芸能事務所とかが主催しててー」
「あー、なんかそれ観た事あるぅ。番組でオーディションしてぇ、なんか審査員の芸能事務所の人に選ばれたらそのまま契約してくれるんだってぇ」
……なるほど。そしてオーディションに落ちた人が見世物になるまでがセットですか。
「出てみたらぁ?まだ参加者募集してるみたいだよぉ。というかー…私達三人で出てみなぁい?」
「バカじゃん」
「いいじゃあん。一緒にアイドルになろうよぉ」
「やーめーろっ!くっ付くなしっ!あっ!服にクリーム付いたじゃんっ」
「へへへへ」
「ばーかぁー」
「えへへへへ」
「でゅふふふふふふふっふふふっ///」
「「鼻血鼻血」」
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さて。
番組に出演するにはいくつかの関門がある。
保護者の同意書…これはママがすんなりオーケーしてくれたので大丈夫。
次に書類選考。高校に入ってすぐにバイトをしようと思い立ち履歴書を書いたのを思い出したよ。
バイトは落ちました。
ちなみにガールズバーでした。
選考書類には趣味とか特技とか書かなきゃいけない欄があって、あと、歌手なら歌手、芸人なら芸人、アイドルならアイドルと……希望する職種(職種というのか?)を選択する欄もある。
私はアイドル志望だから当然アイドルに丸を付けるんだけど…そうなると特技の欄はダンスとか歌とかにしといた方がいいのかな…?
「……え?動画撮るの?」
垂れ目顔で驚きながら「まぁまぁ」って言ってるこの人が私のママ。進研〇ミに出てくるエロいママみたいな顔してる。
私とはあまり似てないんだ。
「書類審査でなんか…なんかやってる動画も一緒に送らないといけないんだ。だから撮って」
「いいけど…りあちゃん何するの?」
「……」
ここで気づいたけど…アイドルになる為の適性が私には欠けているような気がする。
歌もダンスもほぼ未経験だし…声は綺麗と言われる事はあるけど……
「りあちゃん、声が素敵だから歌ってみたらいいんじゃないかしら?」
ママはそう言うけど…素人といえどアイドルを目指す競合達と戦うにあたっての第一印象。それが私の下手くそな歌唱力では心許ないと思っちゃう。
しかもアイドル志望の子なんてみんな歌とかダンスの動画を送り付けてくるんでしょう?その中で埋もれてしまってはそもそも番組出演すら叶わない気がする。
……やはりここは少しでも個性を出すべきなんじゃない?
「……ママ、モノマネにするよ」
「え?モノマネ?」
「ちゃんと撮ってね?」
私、声の幅が広くて…昔からモノマネ得意なんだよね。
出来上がった動画がこちらです……
『JR東日本をご利用くださいましてありがとうございます。この電車は湘南新宿ライン、高崎線直通特別快速高崎行きです。停車駅は、国府津、平塚、茅ヶ崎、藤沢、大船、戸塚、横浜、武蔵小杉、大崎、渋谷、新宿、池袋、赤羽、浦和、大宮、上尾、桶川、北本、鴻巣、熊谷と熊谷からの
各駅です。グリーン車は4号車と5号車です。グリーン車をご利用の際にはグリーン券が必要です。
グリーン券を車内でお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次は国府津です』
私の十八番なのですが会心の出来だった。
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『あの…おっぱいの話なんですけど……「尊い」のネットスラングの「てぇてぇ」ってマレー語で「おっぱい」を意味するらしくて……なんて言うか……いい…ですよね?』
そして現在。
書類選考を突破した私は今、地上波で盛大に滑り散らかしたというわけです。
終わったのでしょうか……
「……なる、ほど。確かにね。何でもいいが一番困っちゃうよね。あはは」
何の話だ?みたいな顔で笑う司会者の声が心に染みましたよ…
「えーっと……じゃあRAさんは…アイドル志望との事ですけども……」
本名を名乗るのは怖かったから番組ではイニシャルでお願いしますという事になってる。今の私はRAさん。
「歌とかダンスとかも自信ある?」
『…………アリマス』
嘘です。
「でもモノマネも得意なんですよね?一次選考の時の動画、拝見した審査員がすごいって言ってましたよー。あれも見たいなー」
オーディションの時間は一人あたり5分程度。
その中で存在感を残さなきゃいけない。
『……じゃあ…京浜東北線のアナウンスを…』




