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百合や尊死  作者: 白米おしょう
プロローグ
1/10

百合は眺めるに限る

「ちゅきっ」


 ピンクの桜が満開だった。

 桜吹雪が幼い告白を祝福するように舞い散って、それはそれは心華やぐ美しい光景がそこには広がっていたの。


 …いや。


 心華やいだのは春の香りを感じさせる美しい桜吹雪のせいではなかったのかもしれないけど…


「わたちもちゅきっ!」


 熱烈なる愛の告白を受けたその人はぷっくりした頬っぺを朱に染めて、そんな返事をした。

 齢5歳にして一世一代の告白を成功させた彼女はまんじゅうみたいな丸い顔を弛緩させて、ぎゅっと握った両拳を解く。


 その時…

 告白を受けた幼女は告白してきた幼女の方にてくてくと寄って言って、その小さな両腕をいっぱいに広げて包み込むように抱きしめたの。


「あらー、二人とも仲良しさんねー」


 二人を祝福するウェディングベルのような幼稚園の先生の声が聞こえる。


 二人はまんじゅうみたいな顔をベッタリくっつけて、互いの頬っぺが溶けてくっ付く勢いでチューをしたのですよ、えぇ。


「あらあらあら」


 朗らかに笑う先生の声。暖かな春の陽射し。青空の下に散りばめられるピンクの花びら達…

 その光景はとても尊く、美しく、私の心の性癖サンクチュアリを開いたのです……



 天鬼あまきりあ、5歳。

 この人生の一ページに刻まれた光景は私のこの先の人生を決定づける瞬間だった。


 ********************


 百合ゆり

 女性同士の恋愛や友情を描いたジャンルの総称。


 齢5歳にしてこの世で最も美しいものに触れてしまった私のその後の人生はもう…それ一色になりました。はい。




「…天鬼、好きですっ!」


 中学二年の文化祭。

 体育館ステージ上から突然愛の告白をぶつけて来たのは男子バレー部の三島君。


「俺と付き合ってくださいっ!もしオーケーならステージの上に上がってきてくださいっ!!」


 頭を下げたままそう告げる彼の言葉に応えるように私は無言でステージへの階段を踏む。

 そして私が彼の前に立った時体育館は黄色い歓声に包まれた。

 気を利かせた文化祭実行委員の人がわざわざマイクを手渡してきて、無言でそれを受け取る私を彼は頭を下げた体勢のまま待っていた。

 運命の瞬間……

 三島君は自らの勝利を確信した顔で頭を上げて、なんなら抱きしめようとするように両手を広げて歩み寄って来る。


 ……ので。


『ごめんなさい私男の人に興味ないんです』


 マイクを通して拡声されたその返事は熱狂に包まれていた体育館を凍りつかせた。


 固まる三島君の顔を今でも忘れることはできない。クラス一のモテ男の引きつった表情は今でも夢に出てくるほどのトラウマです。


『私、男の子は男の子同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思います』


 一色でした。

 はい。

 百合に。







 地獄のような空気で終わってしまった文化祭から三日後…


「女の子の方が好きなんだ…」

「……っ」


 女子バレー部の王子様、古畑さんから体育準備室にて言い寄られた日の事も忘れられない。


 女子特有の甘い香りとかっこよさと可愛さの両立したご尊顔は大変尊いものでした。

 そして予感したの。

 私の人生に百合の花が咲く時が来たのかと…


「私とか…どう?」


 確信した。


 壁ドンからの顎クイのコンボからのキスでした。

 もはや抗う術なし。

 天鬼りあの初キッスは女子に奪われ、念願の百合が……




「…………なんか、違う」




 しかし私の返答はこれだった。


 私と彼女の恋は10秒で、儚い白百合のように散っていったのであった。




 憧れの百合の当事者になったのに、私の胸に去来したのは「なんか違う」という言語化できない感情。

 相手の問題?

 王子様系なのが気に食わなかった?


 思春期の繊細な心に魚の小骨のように引っかかるその感覚に私自身モヤモヤしたものを抱えたまま過ごしたんだけど…




 それはとあるVTuberの配信。


『もんじゃせんぱ〜い♡しゅきっ♡』

『もんじゃもコナモンの事好きだよ〜♡ちゅっ♡』


 配信のコメント欄は「てぇてぇ」で包まれている。

 その業界では「尊い」事を「てぇてぇ」と言うそうだ。


 濃密に絡み合う二人の姿に5歳の頃の胸の高鳴りを感じながらてぇてぇしてたんだけど…



 やっぱり百合は眺めるに限る



 流れてきた誰かのコメントに私はハッとした。その一言に私は連日のもやもやが吹き飛ぶ衝撃を受けたのだから。


 今までずっと、てぇてぇ百合を眺めながらいつか私もこんな濃密な百合を…なんて夢想していたのですが、それが間違えていたのだと気づいたの。


 百合は眺めるもの……


 あの時、壁ドン顎クイキッスの三連単を食らったのに全くときめかなかったのはそういう事なのです。

 私は女の子同士の恋をしたいんじゃない。

 私は女の子同士の恋を眺めて尊死したいんだ。


 私の生きる理由が確定した瞬間だ。





 ……さて。

 生命活動に意義を見出したのであればその為に出来る最大限の努力とはなんでしょうか?

 私の人生の意味はできるだけ可愛い女の子同士がイチャイチャチュッチュッしているのを最前列で鼻血を垂れ流しながら見守る事。


 その為には当事者達の最も近くに居なければいけませんよね?

 なるべく可愛い女の子達の近くに…

 つまり可愛い女の子達…いや、可愛い女の子だけの世界こそが私の生きる場所だという事なの。


 え?女の子だけの世界だからといって百合に発展するとは限らない?

 百合がなければ作ればいいじゃないですか?

 てぇてぇは作れる。



 リビングで何となくつけたテレビに映った映像…私は人生三度目の衝撃を受ける。

 閃いたんだ。


 テレビの向こうでキラキラの笑顔を振りまく美少女達の姿に。



 可愛い女の子だけの世界……

 あ、アイドルだって……

 アイドルになろうって……



 可愛い女の子だけの世界で可愛い女の子同士をくっ付ける。


 これは私、天鬼りあが至高のてぇてぇで尊死する為の物語…

 ですっ!!

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