第176話 りあちゃんは私に対して好意を抱いてくれてると思う
「私、りあの事が好きなの」
夜の公園に私の声が染み込んで、消えていく。
私の顔をじっと見つめていた明石ミライは、驚いたような顔をしてしばらく固まったままだったわ。
夏祭万理華からの宣戦布告。恋敵は日本トップアイドル。
「だからもう一度訊くわね?あなたはりあと付き合ってるの?」
自分が何をしてるのか未だにはっきりしない。この話をする事の意味や、それによって起こる変化を理解しきれてない。
でも言ってしまった。
だからもう突っ走る。
私は自分で諦めた恋の結末を突っぱねる。
「……えっ…と」
こっちとしては清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟をもってぶち込んだ問いだったって言うのに、明石ミライがあんまりにもポカンとしてるものだから、もしかして全て私の勘違いだったんじゃないかって不安が過ぎる。
せめてなんか答えなさいよ。これじゃ私がただ恥ずかしい奴じゃん!!
瞬間最大風速を記録した私の覚悟も明石ミライの作り出すギクシャクした空気に萎みだす。
もう帰りたい。今すぐこの場から離れたい。
顔から火が出る程の羞恥心が遅れてやって来た。
でも一度口から出た発言は取り消せないわ。
もういいわ!
「付き合ってないなら、私がりあに告白してもいい?」
「…………え?」
ようやく脳の理解が追いついてきたのか、明石ミライの顔に動揺が宿った。
…いきなり呼び出されてこんな話されても、理解が追いつかないわよね。自分でやってる事だけど、同情するわ。
「…それは……」
はっきりした答えを寄越さない明石ミライ。その反応に、顔色に、やはり確信する。
明石ミライは天鬼りあが好きなのね…
「別に付き合ってないなら、いいわよね?」
圧をかける。明石ミライが少し距離を空けた。
完全に俯いてしまったカノジョの答えをこれ以上待つ気はない。言う事は言った。何より私自身がこの状況に耐えられない。
さっさと帰ろう。
立ち上がった私の顔に吹きつける風の冷たさに、今自分の顔がどれだけ赤くなってるんだろうって考える。
夜でよかった。昼間ならきっと、最高にカッコつかないザマになってたわ。
「……じゃ。急に悪かったわね。話はそれだけだから……」
「私は……っ」
背を向ける私に明石ミライの声が飛んだ。
振り返ったら明石ミライも立ち上がってた。
困ったような、泣きそうなような、怯えてるような……そんな顔で。
「……私は…りあちゃんとはいいお友達で…」
「……」
「別に付き合ったりしてません……」
「……そう」
「……」
「じゃあ、別にいいわよね?」
「……はい」
やめてよその反応。キツイわ。心が。
いや自分で喧嘩吹っかけといて何言ってんのよ、私。
申し訳なさと自己嫌悪で胸がいっぱいになる。私のやってる事は正しい事なのかしら。
いや。正しいとか正しくないとかそういう話ではないんだと思う。
これ以上うだうだ考えるのやめよう。
「いいけど……」
立ち去ろうとする私の足を明石ミライの控えめな声がまた止めた。
振り返る。
明石ミライの瞳が真っ直ぐ私を見つめてた。
雪山の山頂の夜空みたいに綺麗な澄んだ目で。
「別にいいけど…………」
何を言おうとしてるのかは分かる。
彼女自身は胸の中に湧き上がってくるその気持ちを言語化できないでいるみたい。それをどう伝えたものか、そもそも伝えてどうなるものなのか、と…
彼女の意を汲んで体ごと向き直る。私も明石ミライの顔を真っ直ぐ見つめた。
「……あなたもりあの事好きなのよね?」
改めて問う。その答えをはっきりした形で聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが相反してた。
明石ミライはまた俯いたわ。
「だからやめてほしい?」
彼女はゆっくり顔を上げて、また私を見た。明石ミライの星空みたいな黒髪が風にくすぐられて広がった。
「……私、ずっと考えてて…」
「……?」
「私がストーカーに襲われた時、りあちゃんはどうして身を呈して守ってくれたんだろうって」
突然変わる話題に今度は私の方がぽかんとする番だった。
「その問いに、りあちゃんは「私と友達になりたいから」って…答えました。でもよく考えたらそれって答えになってないような…」
「……」
「私、考えて……全然思い違いかもしれないけど……」
その時、今までずっとウジウジとした態度をしてた明石ミライの顔に、一瞬だったけどはっきり覇気みたいなものが宿ったのを見た。
一瞬だったけど、間違いない。
その瞳の、声音の強さに、気圧されたわ。
「りあちゃんは私に対して好意を抱いてくれてると思う」
……こいつっ。
「万理華さんがりあちゃんに告白するのとか…別に私がとやかく言う事じゃないけど…これを伝えておかないのは……フェアじゃない気がする」
それは明石ミライからの宣戦布告だった。
はっきり言われたの。
お前に勝ち目はないと。
でもその一言がかえって私の中から罪悪感を消し飛ばした。
私の宣戦布告を受けてくれた事実が…
ふつふつと闘志が湧き上がってくる。
「……負けないから」
それだけ言った。
明石ミライは何も返さなかったわ。ただ私を真っ直ぐ見つめて……いや、睨みつけてた。
互いに背を向けて別々の方向に歩いていく。
その一歩は、踏み出した私の恋の一歩だった。




