第175話 私、りあの事が好きなの
別に星羅に流された訳じゃないんだからね!!
起きて、シャワーで汗を流して、私、夏祭万理華は家を出る。時刻は19時過ぎだった。
春の訪れを確実に肌で感じる。3月のライブはもう目前。
りあとの恋愛相談以来、レッスンを休んでる。
星熊には体調が優れないから、と伝えてあるけど、嘘なのはバレてるはず。
ただ家にまで押しかけて来ることがないあたり、今はそっとしておこうって事なのかもしれないわね。
その優しさに甘える。
今りあの顔を見たら、色々混乱する気がする。だからしばらく休む。
本番目前だっていうのに……みんなには謝らないといけないわ。
数日家に閉じこもって色々考えた。
今までの人生でこんなに考えた事あるかってくらい考えた。
でも、学校の問題集と違って答えはいくら考えても出なかった。
りあは明石ミライが好きなはず。明石ミライもきっと同じだ。出会った時から二人の距離感は特別だから。
もしかしたらアレが運命の出会いってやつなのかもしれないと思う程……
りあの恋が成就する…それは友人として祝福すべき事なんだと思う。私が割って入ってかき回すべきじゃない。
でも……色んな人が私の心をかき回す。
その度に揺れる。それくらい私は天鬼りあが好きらしい。
どうしてそんなに好きなのかが分からないくらい…説明できないくらい、好きらしい。
だからもう好きにする事にしたの。
この日この時間、りあは学校終わりにスタジオに寄って、多分まだレッスン中。家にりあは居ない。
それを確認してから、私はインターホンを押した。
間髪入れずに「はーい」って朗らかな声が聞こえてきて、慌ただしい足音の後に玄関の扉が開かれる。
「……あら」
私を出迎えたのはいつかお会いしたりあのお母様。私は丁寧に頭を下げる。
「夜分遅くにすみません。私、りあさんのアイドルグループのメンバーの、夏祭万理華です」
「あらぁ。覚えてますよぉ。ごめんなさい…りあはまだ帰ってなくてねぇ……」
「いえ、今日は娘さんにではなく……」
『TRY AGAIN』のスケジュールは、出演番組やイベントを追えば大体の予想がつけられる。長年アイドルをやってきた経験則から、彼女達がいつ働き、いつ休んでるのかを大まかに推察するのは容易い。
恐らく……彼女はこの時間、ここに居る。
「明石ミライさん……居ます?」
*********************
夜の道を二人で歩く。私の隣に今、日本で一番のアイドルグループのセンターが居る。
俯き気味に歩幅を合わせて歩く明石ミライは至近距離で見ても可愛かった。
なるほどね……このルックスならセンターで間違いないわ。
明石ミライの可愛さは星羅の芸術作品のような美しさとは違う、どこか親しみを感じさせる、安心できる可愛さだった。学校の隣の席に居る美少女って感じ。
こういうのがりあの好みなんだって、私は思った。
「……あの」
明石ミライが遠慮がちに口を開く。
その言葉を遮って私は目の前の公園を指差した。
「そこ、座りましょうか」
「あ、はい……」
バレンタインの日、りあと明石ミライが並んで座ってたベンチ。
あの時と同じベンチに並んで腰を下ろす。けど、その距離感はあの時とは違った。
「……今日はごめんなさい。疲れてるでしょうに…」
「いいえ。あの…今日はどういった用件で?」
「暖かくなってきたわね」
本題を切り出すのを先送りにするように、足をぶらつかせながら適当な話題を探す。ここに来て臆病風に吹かれてる自分に、明石ミライは急かすわけでもなく会話の歩調を合わせてくれた。
「もうすぐ春ですね」
「そうね…」
「3月のライブ、楽しみにしてます」
「ありがとう。そっちは残念だったわね」
「ちょっとゴタゴタしちゃって…」
……どうしよう。帰りたい。
夜の風が頭を冷やしてくる。沢山考えたはずなのに冷静になって、私はここで何してるんだろうって気持ちになってきた。
……このまま帰ろうか。
ダラダラと中身のない世間話を続けながら、そんな事を考えた時。
「ようやく引越し先が決まりそうで…」
どういう流れでその話題になったのかは分からなかった。口を動かしながらもその実、話なんて聞いてなかったから…
でもその話題がきっかけになった。
「じゃありあの家出るのね」
「……少し寂しいですけど、あんまりご迷惑もかけてられないので」
帰ろうかなんて考えてた意識が一気に反転した。
「…そうね。そもそも知り合ったばかりの人の家に転がり込むなんておかしいものね」
声に険が籠ってるのが自分でも分かったわ。明石ミライもその空気の変化に敏感に反応した。
「どうしてりあの家なの?」
「それは…りあちゃんのお父さ「好きなの?」
明石ミライの返事を待たずに被せた一言に、致命的に踏み込んでしまった事を自覚する。
体が熱い。
もう戻れない。
私は明石ミライに喧嘩を売ったんだ。
それは同時に自分の気持ちをこの女に吐露したという事と同義なんだ。
しばらくの間。私は明石ミライの反応を伺うべくチラリと横目で彼女の顔を見た……
「すすすすすすす好きじゃないですよ別に!?えぇ!?やだ!びっくりした!!どうしたんですか!?あっ!でもお友達という意味では好きですけど!!あっ!あ〜っ!そうですよね!?お友達として好意を抱いてるのかって事ですよね!?やだ私ったらあはははははははははははははははははははははははははははははっっ!!」
「…大丈夫?」
「恥ずかしいなぁもーーっ!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
「怖い怖い怖い」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ごめんなさい」ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「許してください」ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
トマトみたいに顔赤くして目かっ開いてこっちガン見しながら狂ったように笑い続けてるんだけど。なにこれ?呪いの儀式?殺されるの?私。
「私が訊いてるのは恋愛的な意味だけど」
「はははは…は?」
「好きなのね」
今度は固まった。
「単刀直入に訊くわね?あなたとりあは付き合ってるの?」
真っ直ぐ切り込んでくる私に対して、日本のトップアイドルは真っ赤な顔をさっと青くして、遅れて冷や汗をタラタラ流し始めた。この子は嘘が下手くそなんだなって思ったわ。芸能界にこんなに純粋な子が居るなんて心配になっちゃうレベル。
「いや……ちょっと……よく分かんな……」
「知り合って間もない同業者の家に転がり込んで同棲するなんて、ただならぬ関係なんじゃないかって憶測を呼んで当然だと思うけど?」
「いや……私は……ストーカー被害と…家庭の事情でちょっと家に帰れなくて……」
「私も『FOOLS』のリーダーだからさ…ホントはメンバーのプライベートな事に干渉はしたくないんだけど…」
自分で言ってて、この期に及んでまだ建前を口にしようとしてる自分に嫌気がさす。
覚悟を決めろ。夏祭万理華。
「その時りあちゃんのお父さんからうちにおいでと誘われましてそれで……」
「嘘ついたわ」
「……え?」
「リーダーだからとか、そんなの関係ない」
挑むような眼差しを明石ミライに叩きつける。
それは底辺アイドル夏祭万理華から、日本のトップアイドルのセンター明石ミライへの大胆な、勝機の薄い宣戦布告だった。
「私、りあの事が好きなの」




