第174話 ねぇこれなんの時間?
これなんの時間?
「……万理華さん」
ねぇこれなんの時間?
「驚いたよぉ」
私の想い人、天鬼りあが今、私の横で感傷たっぷりに頷いてる。
マンション傍の公園には、春の香りを運ぶ風が吹き抜けてる……けど、夏祭万理華の心はアイス・エイジ。
「ちょっぴり寂しい気もするけど……」
これなんて時間!?
「でも……恋って素敵だよね」
好きな人に恋愛相談ってなんていう拷問?
「悩んでるんだ?」
「……うん、そうね」
のんびりと晴れた空を見上げるりあは何度もうんうんって頷いてる。知った風な顔をしてるけどこの女は何も分かってないわ。
……てか、この流れってさ。
この流れから「実は私の好きな人ってあんた」って流れなんじゃないの?
唐突に頭を過ぎった思考が血流を加速させて、一気に顔が赤くなる。思わず顔を扇ぎたくなる私の横でぽけーっとしてるこの女は、風の行き先をぽけーっと目で追ってるだけだったわ。
なに呑気に構えてんのよバカ。事と次第によっちや特大爆弾が落ちるんだからね?あんたにっ!!
……それもこれも星熊と朋花のあんぽんたんが私が恋に悩んでるなんて口を滑らせるから…っ!お口足軽かよっ!!
「星羅も星羅でフォローしてくれてもいいじゃないのよ…二人きりになんかして…大体りあもろくな恋愛経験ないくせになに流れで恋愛相談なんか……(ブツブツ)」
「万理華さん」
来たっ!!
一瞬の時間が何時間にも引き伸ばされていく。超スローモーな体感時間の中で私の頭は目まぐるしく回転する。
この後の展開。
それによって何がどう変わるのか。
星羅(酔っ払い)の言葉の数々が脳裏を駆けていく。
その中で密かに覚悟を決めた。
もう逃げれられない……
「万理華さんはさ……」
「……っ」
誰が好きなの?
あんたよ。
もう完璧にこの先の展開を予測してしまってるわ。見聞色を極めたらこんな感じなのかしら…
「てっきり私の事が好きなんだと思ってたけどなぁ」
「…………あ?」
「ほんのちょっとだけね?でも…こうはっきりと現実を突きつけられるとなんだか少し寂しい気がするよぉ」
私は公園のベンチからスキージャンプの選手くらいの勢いで滑り落ちてた。
「大丈夫!?」
「……私、好きな人が誰とかまだ言ってないけど?(怒)」
「……?」
「……(怒)」
これが鈍感系主人公……?
「……え?ちなみにさ…りあは誰だと思ってんの?」
「そんなの分かんないけど…」
「……自分だとは…思わないわけ?」
「……え?」
りあと私の間に変な空気が流れる…散歩中のご婦人も、砂場で戯れる子供達も、気ままに愛犬を遊ばせる紳士も、その空気の流れの変化にこっち見てた。
いやこっち見んな。
……
……いや、いっか。あえて…伝えなくても。
固めた覚悟は氷のように溶けて、同時に強ばってた全身が弛緩した。
気が抜けたのね。一気に。
それと同時になんだか…今まで心の中に蟠ってた色んなものが流れ落ちていくような気がした。
「……誰だかは教えないわ」
「秘密にされると気になるけど…うん。分かったよぉ。それは訊かない」
その一言に一抹の寂しさを感じるけど…
「ただこれだけは伝えたいんだ」
「え?なに?」
「相手が男だったら……殺すね?」
「どっちを!?」
「両方」
りあの顔は笑ってたけど目が笑ってないんだけど。
「アイドルだから男の人と恋愛しちゃいけないんだよ?うちは恋愛禁止って万理華さん言ったもんね?」
「……(汗)」
「万理華さんは百合を見せてくれなきゃいけないんだから。私がどうしてアイドル頑張ってるか、話したよね?」
「……うん(汗)」
「男と恋愛したら殺すよ?(圧)」
こいつ世に野放しにしておいていい思考してないんだけど…
「…………お…」
「ん?」
「……女だから安心して…」
ねぇこれなんの時間?
「万理華さん百合してるのぉ!!??」
自分で圧かけといて私の恋愛対象が女だって判明した瞬間に大気圏飛び越える勢いで飛び上がってる。目が怖い。異様にギラギラしてた。
「だだだだ誰!?!?」
「訊かないって言わなかった!?」
「てぇてぇ!?」
「てぇてくない」
この状況はてぇてぇとは言わないはず…てぇてぇの定義って何?誰か教えて?
「ど、どこまで進んでるんですか……?(ハァハァ)」
こいつ…恋愛相談というか女子高生のただの恋バナなんだけど…そういうのも恋愛相談っていうのかしら?いや、少なくともこいつに相談に乗る気は今はない。ただただ己の欲望と好奇心を満たす事だけを考えている飢えたモンスターだわ。
拭け。ヨダレを。
「…………まだ付き合ってない」
まだってなによ。
「告白もしてない」
りあが震え始めた。怖いってば。
「まだ蕾てぇてぇ…か」
「なによその聞いた事ない単語」
「まだくっ付く前のてぇてぇ。蕾には蕾にしかないてぇてぇがあるんだよぉ」
「……」
「万理華さんの悩みって、その人にどうやって告白したらいいかって悩みなのかなぁ?」
……ここでそうだって言ったらりあはなんて答えるのかしら。それで、それをりあに実践したらこの子はどんな顔するのかしら…
「任せてよ。こう見えて私、今まで色んな百合カップルを量産してきた、恋の伝道師だから」
「……そうね」
意地悪な好奇心が頭を上げて自制心という心の蓋の隙間から這い出してきた。でも、すんでのところで私はその蓋を上から押さえつける。
そんな事したってなんの意味もない。むしろ、この恋の相手が自分だって気づいたらこの子はきっと傷つくわ。
それにしても私は一体この子に何回フラれるのかしらね。
「……でももういいの。私、フラれたから」
自嘲混じりにそう返す私にりあはポカンとした顔をした。しばらく呆けて、でもと続ける。
「告白してないんでしょ?」
「してないけど…フラれたようなものよ」
「……その人には他に好きな人が居るの?」
公園でのりあと明石ミライの後ろ姿を思い出す。
「そうね……」
「……そう、なんだ…それは、辛いね」
ほんとになんの時間なのかしら。この不毛な時間をいつまでも続ける意味はないわ。
ベンチから腰を上げようとした私に「でも」って、呼び止めるりあの声が飛んできた。足首をくすぐる春風が私達の間を通り抜ける。
「……でも?」
「……万理華さんはそれでいいの?」
……まったくこの子は。
その瞳が私を苦しめてるって、いい加減気づいてほしいわ。
「万理華さん、辛そうだから…ここ最近ずっと」
「……りあ」
「私、早く万理華さんに元気になってほしくてさ…それに、万理華さんの恋なら応援したいんだ」
健気な子……
そしてやっぱり私はリーダー失格ね。メンバーにこんな心配かけるなんて…
「その人と、別の好きな人は、もう付き合ってるの?」
「……どうかしら」
りあと明石ミライの距離感を思い浮かべ、想像して、目の前に答えは転がってる事にまた自嘲する。
答えは目の前に転がってるけど、訊くわけにもいかないわよね。
「分かんない。付き合ってはないのかもしれないし、付き合ってるのかもしれない」
「……こんな事言っていいのか分かんないけどさ…」
りあは真っ直ぐ私を見つめた。
「だったらまだ、負けたわけじゃないよね?」
「……でも…私の事は好きじゃない」
「これから好きになるって事もあるかもしれないよ?」
りあの声が……
「だって万理華さんは…最高に素敵な女の子じゃん」
入ってくる。
あぁ……この声。抗いがたい、甘美な痺れと優しさが……
蓋をしたはずの心の中にスルスルと入っていくのが分かる。
天鬼りあ……なんて恐ろしい子。
「これから惚れさせればいいんだよぉ。万理華さん、恋は戦いだよっ!!」
蟠っていたものが抜け落ちて、その隙間にりあの言葉が入ってくる。ここに来て、まだ目の前のこの子への未練がへばりついてる心の内壁に、私の口元に思わず笑みが浮かんでた。
「戦い……ね」
「そうだよ!諦めるのはまだ早い!」
そう……
……そうね。
ねぇ?りあ。
諦めなかったら、あなた私の事好きになってくれるの?
あなたが最高に素敵な女の子って言った私の事をさ。
「ふふっ…あははっ!!はははははっ!!」
「……え?」
「あははははははははははははっっ!!」
「……(汗)」
「あははははははははははははっっ!!」
久しぶりに、腹の底から笑ったわ。




