第161話 鉄仮面に感情が宿ってた
お父さんの謝罪。
娘に初めて頭を下げる父親の姿に私はどう反応したらいいのか分からなかった。
お父さんは私を説得する為に演技をしてるんじゃないかなんて考えが頭を過って、そんな自分の意地悪さに自己嫌悪。
お父さんがそんな器用な事できるわけないじゃないか……
そう思いなおしてから、少しはお父さんがどういう人か分かってるじゃんって、呑気に思った。
この人は家族との向き合い方も分からない不器用な人なんだ。
「……分かった。信じる」
そんな不器用な父親の娘はお父さんの謝罪を受け入れた。
「私もごめんなさい。お父さんの気持ち分かってなかった」
不器用な私も謝罪する。
お父さんは聞いてるのか聞いてないのかよく分かんない顔で小さく「ああ」って、これまた気の利かない、不器用な返事をした。
「……なんの話だったか」
「私のアイドル活動の話だよ」
お父さんはなにか大仕事をやり遂げた後のような、放心した顔のまま頷く。
「私はお前が心配なんだ」
改めて口にされて、今の私にはその言葉を突っぱねる事に罪悪感すら感じてる。
相手の事を知ったら余計に話辛くなったな。
「ごめんなさい。でも、心配しなくていい」
「……つまり、私の言う事は聞けないという事だな?」
頷く。
「心配しなくていい。もう迷惑かけない」
「その言葉を信じる根拠がないな」
さっきまでのやり取りなんてなかったみたいにお父さんは普段通りに戻った。
「そうまでして芸能活動を続ける理由はなんだ?」
お父さんの目が真っ直ぐ私を見る。
「もう借金はないんだ。お前が働いて金を稼ぐ必要はない」
「……本気で言ってる?」
今度は私がお父さんを見つめる番だ。
「私が家の借金の為にアイドルになったと思ってるの?」
「……」
お父さんの目を見てたら分かる。そんな事はお父さんも思ってない。本音をぶつけ合ったらお父さんの事が少し分かるような気になってくるから不思議だ。
「そんな理由ならお父さんは私がアイドルになるなんて許さなかったと思うよ?」
お父さんが目を逸らす。こうして見てるとこの人案外分かりやすいんだな。
「お父さんはさ…そんなに心配なら、どうして私がアイドルになるのを許したの?」
お父さんに無断でオーディションを受けて、受かって、契約書類をお父さんに持っていったあの日…
私は人生で初めてお父さんにお願いをした。
あの時、何も言わないで保護者として契約内容に同意したお父さんの横顔を今でも覚えてる。
何も変わらない無表情だった。
あの時はこんな大事な話を持って来た時にも表情一つ変えないお父さんに「やっぱり私の事なんてどうでもいいんだな」って思った。
でも、あの鉄仮面の奥できっと何か思ってたはずだ。
今はそれが知りたい。
「……お前が産まれてからずっと、私達はお前にずっと我慢を強いてきた」
お父さんは私から視線を外したまま答える。
「貧乏で何も買ってやれなくて、母さんも働きに出ててお前はいつも一人ぼっちだったな」
「……うん」
「それはすべて、私が事業に失敗したせいだ」
「……うん」
「お前には寂しい思いをさせてきた。我儘も言わずにずっと我慢してきた。だから…お前が私に何かをねだったのはあれが初めてだったから、お前のいいようにしてやろうと思ったんだ」
「……そっか」
「いきなりアイドルなんて言い出した時は驚いたし、心配もしたが、事務所の社長にも会って、ここなら心配ないと思ったんだ」
「早川社長に会ったの!?」
「ああ」
社長…それなら教えてくれればいいのに…あの人はまったく。
「……思ったんだけどな」
お父さんの顔に憂いが浮かぶ。差し込む日差しと堀の深い顔の作り出す陰影はお父さんのこれまでの苦労と心配を表してるみたいだった。
ずっと心配してくれてたんだ。
無関心なんかじゃなかったんだ。
私の我儘を聞いてくれてたんだ。
……そんなお父さんに私はもう一度我儘を言わなければいけない。
「……お父さん、私はアイドルを辞めたくない」
真っ直ぐ目を見て言った。その視線に言葉以上の気持ちを込めたつもりだ。
お父さんもその視線を受け止めた。
「…今度はお前が質問に答える番だ。なぜそこまで拘る?お前も今回のストーカー騒動で怖い思いをしたはずだ」
「……」
「二度目がないとは言い切れない。どんなに気を付けても起こる時は起こる。お前も分かっているはずだ」
「……うん」
「それでも芸能活動を続けるのか?」
「うん」
「なぜだ?」
重たい質問だ。
お父さんとの会話なんて今までなら適当に流してた。というか、碌な会話なんてなかった。
でも、今は違う。
この言葉は嘘にできないと思った。
それが、ここまで私を育ててくれたお父さんへの誠意だと思うから…
……同時にこれでだめならもう諦めた方がいいかもしれないとも思った。
それが、葛藤の末私を一度は芸能界に送り出してくれたお父さんの気持ちならと…
「私は『TRY AGAIN』のセンターだから」
考えた結果出た言葉がこれだった。
「『TRY AGAIN』は明石ミライのグループだから…」
私は『TRY AGAIN』のセンター、明石ミライなんだ。
レオちゃんが、はぁとちゃんが、事務所のみんなが、ファンのみんなが、私をセンターにしてくれた。認めてくれた。
だから裏切れない。
アイドルのセンターはそれほど重い。
ステージから降りてもアイドルであれ
今は引退した、事務所の先輩から教わった言葉。その人はこれだけ忘れなければどんなに売れなくてもプロのアイドルだって教えてくれた。
私はいつ、どこに居ても、『TRY AGAIN』のセンターだから…
尾け回されたって、刺されたって…
卒業するその日までアイドルであり続ける。
私達は日本のトップアイドルだから。
…こんな事を言ってもお父さんには分からないだろう。
「私が成りたくて始めた…でももう、明石ミライは私一人の為のものじゃないんだ」
それでも言った。
「私が逃げちゃダメなんだ」
お父さんは黙って私の話を聞いていた。その薄い唇の隙間から小さな吐息が漏れる。
「…そんな話をされてもちっともピンとこないな」
お父さんは変わらない無表情だった。
「……そう、だよね」
「ただお前なりに責任感を持ってるのは分かった。遊びではないという事が…」
「……え?」
「杏音、正直に答えなさい」
お父さんの目が私を射抜く。鋭い目だった。かつて業界中の注目を一身に集めた社長だった頃のお父さんはきっとこんな目をしてたんだろうな。
「一番大事な事だ」
「……うん」
「……楽しいか?」
それは拍子抜けする程シンプルで、そして父親として一番大事な事が詰まってるように思えた。
私は自信を持って答えれた。
「うん。楽しい」
お父さんはその答えに、呆れたような、安心したような顔をした。鉄仮面に感情が宿ってた。
「なら…私はもう何も言わない」




