第159話 FINAL BATTLE
「もしもし?お父さん?今日もいい天気だね」
『……土砂降りだ』
明石ミライの朝は早い。
まず、居候先の天鬼家のりあちゃんの寝室で目を覚まし、隣でくーすか寝てるりあちゃんの寝顔を眺めた後、お父さんに電話して天気の話をする。
時刻は朝の4時半である。
毎日お父さんと電話で天気の話をする。
最初は天気の事以外話題もなかったんだけど…日課のように続けていくと段々と、話題が出てくるようになる。
『で?どうなんだ?辞める気になったのか?』
「ううん、辞めない」
『なら電話してくるな』
「お父さんはまだ家に住んでるの?」
『他に行く宛てがあるか?』
「引越しの準備は順調?」
『……まぁ、ぼちぼちだ』
あんなに嫌いだったのに。全然話なんてした事なかったのに。
毎日のように続く日課が私の中からお父さんと話す事の忌避感を払拭してくれてた。
『お前の部屋の物は勝手に纏めていいのか?』
「だめに決まってるじゃん。てか、勝手に部屋に入らないでよ?」
『……偉そうに。家にも帰ってこない分際で』
「そりゃ、家出中だからね」
電波に乗った沈黙が数秒続く。おとうさんの微かな息遣いだけが耳元に聞こえてきて…ちょっとキモかった。
『まだ友達の家に厄介になってるのか?』
「うん」
また沈黙。
『……一度くらい挨拶に行った方がいいだろうな』
そんな言葉がお父さんの口から出てくるなんて…
娘の三者面談にすら顔を出さないような人でも、やっぱり関係ない人様を巻き込んで迷惑をかけている事には思うところがあるんだ。
「……遅すぎるけど」
『迷惑をかけているのはお前だ。いつまでこんな我慢比べを続けるつもりだ』
「お父さんが折れるまで」
未成年の私が芸能活動を続けるには保護者であるお父さんの了承は必須。お父さんを説得しない事には私はアイドル活動ができないんだから。
電話越しにお父さんの大きなため息が聞こえてきた。
『……向こうの都合を聞いておいてくれ。挨拶に行く』
娘の事に一切関与しようとしないお父さんが私の友人宅に挨拶に行く…
なんて非現実的な話なんだろう…
「分かった」
……妻の葬儀にすら出なかった人なのに。
短く応えて通話を切った後で心の中で呟いた。
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週末…天鬼家の皆さんが家にいる日に私は久しぶりにお父さんと再会した。
天鬼家の玄関先に佇んでるお父さんの姿を私はなんだか不思議な気分で眺めてた。
そんなお父さんはりあちゃんのお父さんを前に冷や汗ダラダラ。
「ドン・カルチオーネデス」
「むむむむ…娘がお世話になっておりますす」
「イエイエ」
「これ……つまらないものですが…」
「オ気遣イドウモ…コレハ?」
「食パンの耳を油で揚げたものです…私が作りました……」
「……」
ほんとにつまらないものだなぁ。
お父さんに続いてリビングに向かっていく私を、階段の上からひょっこりはんしてるりあちゃんが見守ってる。
目を合わせたら「大丈夫?」って口パクで訊いてきた。
私も「大丈夫」の意を込めて力強く頷く。
りあちゃんもお父さんも分かってる。この場で決着をつける。今日はその日なんだ…
ここでお父さんを倒して、私は『TRY AGAIN』に帰るんだ!!
「……杏音、なんだそれは?」
「ダンボールアーマー。これはダンボールソード」
「……なんだそれは?」
「ファンの人に貰ったの」
「……お前のファンはそんな奴ばかりなのか?」
FINAL BATTLE
「お父さんのバカっ!!」
「この度は娘がご迷惑をおかけしてしまって…」
「いいんですよぉ。うちも賑やかで楽しいですからぁ」
「お父さんのカバ!!」
「ご挨拶が遅くなり、大変申し訳ございません」
「いえいえ」
「お父さんのあんぽんたん!!」
「……少し黙っていろ」
お父さんとりあちゃんのお母さんが会話してるのを、りあちゃんのお父さんが黙って聞いてる。
りあちゃんはリビングの入口からチラチラとこっちの様子を伺ってる。かわいい。
お父さんが形式的な言葉で謝意を告げ、りあちゃんのお母さんがニコニコしながら応じるやり取りが何往復かした後に、りあのお父さんが重たい口を開いた。
「トコロデ…踏ミ入イッタ話ニナリマスガ、娘サントノオ話合イハドウデスカ?」
こっちの意図を察してるようにドン・カルチオーネが戦いの火蓋を切って落とした。
瞬間空気が変わる。
お父さんは一瞬不快そうな顔をしたけどすぐにいつもの鉄仮面に戻った。自分の家庭問題に口出しされたのが面白くないんだろうけど、私の家出の原因がそれで、その結果こうして厄介になってる以上無下にも出来ないんだと思う。
「娘サンノ芸能活動ノ事デ意見ガスレ違ッテルヨウデスガ…」
そんな事まで話してるのか、とお父さんが無言の視線を投げかけてくる。
私は私でダンボールソードを構えて徹底抗戦の構え。
「……うちの問題で天鬼さんには大変ご迷惑をおかけてして」
「違イマス」
「え?」
「ドン・カルチオーネデス」
「……」
絶句するお父さんと、戦う姿勢を見せる私にドンは腰を上げながら薄らと微笑む。
「ヨロシケレバ、コノ場デユックリオ話シテクダサイ。イツマデ居テモラッテモ構イマセンカラ。我々ハ席ヲ外シマス」
ドンの申し出にお父さんは鉄仮面のまま頭を小さく下げただけで応じた。お父さんもそのつもりで来てる。
さっきまで感じなかったお父さんの纏う重たい空気が途端に絡みつくように感じ取れるようになった。
天鬼夫妻がリビングから退室しつつ、りあちゃんを奥に引っ張って行って私達の視界から完全に消えた。
それを合図に今度こそゴングがなる……
ここで私の仕事を認めさせる。
私のせいでいつまでも『TRY AGAIN』に足踏みさせるわけにはいかないからっ!!




