第158話 ……それは…泣けるわね
新曲『しゅきしゅきだいしゅきホールド』のデモテープが完成した時、星羅はその日にわざわざ私の家までそれを持って来たわ。
「どやねん。万理華ンヌ」
「この家は禁煙よ(怒)」
バリバリの恋愛ソング。でも歌詞の中には「好き」とか「愛してる」とかいうワードは一言も出てこなかった。
……てか仮歌のレベルがただのソロ曲。これで完成でいいじゃん。流石星羅。
「……ホント歌上手いわねあんた。うらやましい」
「まーね」
「あんた一人で歌った方がクオリティ高いまであるかも」
「で?曲の方はどやねん?」
……この曲は、私のりあへの気持ちを歌ったもの…らしい。
この曲を完成させるにあたって私は「りあの事をどう思ってるのか?」って拷問みたいな聞き取りを実施され、愧死。
この一曲はまさに私のメンタルと引き換えに完成された一曲。
…申し分ないクオリティだと思う。
「……「好き」とか「愛してる」とか「ちゅぱちゅぱしたい」とか、そういうワードは入れなかったのね」
「え?「ちゅぱちゅぱ」?」
「……忘れてちょうだい」
「……ちょっと、作り直してきていい?」
「完成したものにそのワードが入ってたら殺すわよ?」
あと、禁煙よ(怒)
「覚えてる?万理華ちゃんからりあちゃんへの気持ちについて聞いた時の事」
「あんな生き恥忘れないわ」
「色々語ってたけど万理華ちゃんはりあちゃんと「こうなりたい」ってのは一言も言わなかった」
「……」
「付き合いたいとか同衾したいとか子供ほしいとか」
「しばくわよ?」
「……許されない恋だと思ってる」
一瞬星羅の目が鋭く光った。
「……う〇ち行きたい」
「部屋出て左よ」
気のせいだったわ。
「だからあえてコテコテのワードは入れなかった」ブリブリッ
「出しながら話さないでくれる?」
「まぁ、万理華ちゃんの恋だから万理華ちゃんのいいようにすればいいけどさ」ビチチッ!!
「ちょっと緩いわよ?昨日何食べたの?」
「だからこの曲も好きにしていーよ」じょぼぼぼ…
「(大と小一緒に出るタイプか)どういう事?」
「そういうワード入れたいなら、いつでも好きに入れてもいいよ?それこそライブ本番中とかにそういう気になったら」
「は?アドリブで歌詞変わったらみんな困るでしょ」
「大丈夫だよ。そのために万理華ちゃんのソロパート多めにしてるから」ガチャ
「あんた流した?」
「これ、万理華ちゃんの為の曲だし」
「手洗った?」
……どういう事よ。
「そういう気になったらって何なの?」
「りあちゃんにその気持ち伝えたくなったら」
……それ、歌で告白しろって言ってる?
「バカじゃないの?」
「私は期待してるよ。歌はさ…篭めた気持ちが伝わって初めて価値があるから」
純粋に笑う星羅の透き通った笑顔に私は呆れのため息を漏らすしかなかったわ。
……そんなの伝えられるわけないじゃない。
「……なんで私の恋心が今回のテーマなのよ」
「他に思いつかんかったから。あと、今恋愛ソングが個人的にキてるから。この前観た恋愛映画が泣けてさー」
「へえ~どんなやつ?」
「ノンケで童貞の主人公が苦労して好きな人と結ばれて初めて一夜を共にするんだけど実はヒロインがニューハーフだったって話」
「……それは…泣けるわね」
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「はいはい!もっとテンポよく!遅れてるわよんっ!!」
……そんなわけで私とりあのダブルセンターの新曲なわけだけど…
……星羅と踊ってた時はなんとも思わなかったけど…近いっ。
りあと至近距離でくっついたり見つめ合ったり…この振り付け絡みが凄い。これじゃ百合営業…
サビ部分。りあと向き合って私がりあの腰に手を回す。至近距離から見つめるコバルトブルーのりあの瞳に私が映ってる。
りあがにっこり微笑んだ。
恥ずかしくて目を逸らしちゃう。
「はいストップ」
ハナアナコーチの掛け声と同時に私は膝から崩れ落ちてたわ。
「大丈夫?万理華さん」
死ぬ……
「万理華ちゅわん。しっかりしてちょうだい」
コーチの言いたい事は分かってる。ダメダメだ。星羅とやってた時と比べて明らかにキレがない。
センターがりあに変わっただけでこんなに違うなんて…
「万理華ちゅわん。恥ずかしがっちゃダメよん」
「いや……別に恥ずかしがってるわけじゃ…」
「今のところは万理華ちゅわんの方からリードしてあげなきゃダメじゃない」
「……」
「この曲は自分の恋心を打ち明けられない子が勇気を出して一歩踏み出す心情を表した曲よ。今のラスサビはその勇気の一歩を表してるのよん。あなたの方からりあちゃんにグイッと行かないとぉん」
「……///」
「どうしちゃったのよん?星羅ちゅわんとの時はいい感じに出来てたじゃない」
いや……あの……
「……ちょっと一回音楽止めてやっていいですか?」
「なんで?」
「いや……」
私の恋心を歌った曲に合わせて踊るってこれなんの拷問?
軽く考えてた。こんなに恥ずかしいなんて…恨みを込めた眼差しで星羅を睨むけど、本人は他人事みたいにニヤニヤ笑ってるだけだったわ。
……とにかくこのままじゃだめ。
レッスン終わり、みんなが帰った後も私は一人で鏡の前に向かってた。
私はセンター。私がちゃんとしないとみんなのステージが台無しになる。
レッスン中、りあと踊ってた時はあんなにダメダメだったのに、一人で踊ってる時はイメージ通りに体が動く。
歯痒く思いながらもやっぱり、鏡に映る自分の隣にりあをイメージすると、どうしても恥ずかしさが先行しちゃう。
りあちゃんにその気持ち伝えたくなったら
星羅があんな事言うから…
「……言えるわけないじゃない。私はリーダーなんだし…それに……」
りあは私には……
「何を言えないのぉ?」
「ぎゃあぁっ!?!?」
とろんとした声に背後を取られて飛び上がった先、りあがポワポワした顔で立ってた。
心臓に悪いっ!!
「自主練?」
「……まぁ…帰ったんじゃないの?」
「私も練習して行こうかなって思って。なんせセンターだもんね」
ストレッチしながら嬉しそうに言うりあの姿に心が引き締まる。
そうだ……この子の初センター…台無しにはできない。
私がしっかりしないと……
「……りあ。少し付き合ってくれる?」
「え?……付き合うだなんてそんな…今はアイドル業の事しか考えられないし、恋愛なんて…」
こいつわざとやってる?
「……(怒)」
「冗談だよぉ」
笑いながら隣に立つりあの笑顔が眩しい。軽口への苛立ちも一瞬でたち消えるのは惚れた弱みかしら……
「……ちっ!!」
「え?舌打ち……?」
「ほら!さっさとやるわよっ!!」
二人きりのスタジオに、曲と、私達が靴底で床を擦る音だけが響いていく。余計な音全部が消えたスタジオは本来集中力を底上げしてくれるはずなのに……
二人きりだと思うと余計に色んな事を考えちゃう。
りあの体温、匂い、息遣い。触れ合う身体の柔らかさ。
「……えへへ」
「……何がおかしいのよ」
「やっぱり恥ずかしいよね?この曲」
至近距離で向き合ったりあが顔を少し赤らめてはにかんだ。
そんな顔にもドキッとしてしまう。
そっか。りあも恥ずかしいんだ……
「……あんたは上手にやれてるわよ」
「そうかな?」
「最初は不安だったけど…自分の魅せ方、分かってきたんじゃない?安心してセンター任せられるわ」
これも惚れた弱みか…私の前で踊るりあの姿はいつもより可憐で輝いて見えていた。
そんな私にりあははにかみながら…
「万理華さんも可愛いよ」
一瞬で顔を朱に染める血流を何とか抑え込む。
「……ばっ……何言ってんのよ…っ」
「ホントだよぉ。いつもより可愛い。この曲、万理華さんにぴったりな気がするよ」
「え……どういう意味?」
まさか……この曲の意図に気づいて……
「なんだかリアルな感じ。万理華さん、この曲やってる時、曲の中に生きてるみたい。いじらしくて初々しくて……色んな感情が伝わってくるよ」
……っっ。
りあの悪気ない感想が私の羞恥心を掻き立てる。そんなふうに周りからは見えてるなんて。
私は務めて冷静にしてるつもりだったけど…
それってつまり、傍から見たら私は恋する乙女…
……いや、これはそういう曲だ。だからそれは本来、正解なはずで……
くそっ!星羅!!これが私の為の曲だなんて余計な事言わなければ……こんなに意識する事なかったのに……っ!!
星羅への恨み節を心の中で吐いてたら、突然りあが私の腰を抱き寄せた。
「きゃっ!?!?」
思わず情けない声が喉から登ってきたけど、りあは意に介さず至近距離で見つめてくる。
「こんな感じだよね?ラスサビの万理華さんの振り付け」
「……いや、あんたがやってどうすんのよ」
「確かに恥ずかしいね」
「……」
密着した胸から心臓の鼓動が伝わってないか心配。
「……人に見られてたら恥ずかしいね。今のうちに慣れちゃわないと」
「慣れるって……」
「……今なら誰もいないよ?」
いたずらっぽく耳元で囁いてくるりあの声が鼓膜を貫通して脳にまで届く。その声音は一瞬で私の脳を痺れさせて、全身を掌握した。
「……ダブルセンター、頑張ろうねぇ」
「……死ね」
「なんで!?」




