第155話 夢はでっかい方がいいんだよ
歪ながらも私達は着実に絆を深めていった……と思います。
決して仲良しこよしという雰囲気ではなかったと思います。不要な会話は少なかったですし、休日は各々好き勝手に一人の時間を過ごしました。
ですが、互いに一切干渉しないというような凍りついた関係ではなくなったのは確かでした。
……特に社長とは。
「おい星熊、焼肉行くぞ。お前の奢りな?」
「いやです」
「あぁー…頭が……あの時打ち付けた頭が痛ぇ…」
「……」
「おい星熊、私の分の洗濯物回しとけや」
「いやです」
「頭が痛ぇなぁ…なんか目眩するわ……」
「……」
「おい星熊、お前センター譲れや」
「いやです」
「頭が……」
「……」
センターは実力でもぎ取られましたが……
練習生として入所して一年…私達は無事に4人でデビューする事が出来ました。
社長はセンターで、田中さんのレベルは相変わらずでしたが、私も社長も山田さんも田中さんに足並みを合わせて、ユニットとしての安定感を保ちながら…
最底辺の田中さんに合わせたパフォーマンスは満足のいくものでは決してありませんでしたが、4人の足並みが揃っている事に安心感を覚えられ、今はこれがベストだと思えるくらいには、この一年は私の心を開かせたのでした。
……今担当している『FOOLS』も日本一を目標に掲げました。
あの時の皆さんを見ていると、自分達のデビューライブ直後の打ち上げ会の時の光景が思い出として蘇ります。
「今日は無礼講よん……どんどん飲みなさいいっんっ!!」
「マネージャー、私達未成年です……」
「固い事言うなよ星熊。おまえはホントに場を白けさせるのが得意だよな…?19も20も変わんねーよ。な?田中。山田」
初めてメンバー全員で行った焼肉。
マネージャーの奢りで初めてお酒を飲みました。
あの日ばかりは、普段ビジネスライクなメンバー達も楽しそうな顔を見せてくれていました。
「…なぁ、うちらどこまで行けると思う?」
ビールジョッキ片手に赤ら顔のけしからん未成年の山田さんが呂律の回らない口調で言います。
それに対して田中さんはアルコールの回った眠そうな目で「どこまで?」と質問の意図を問います。
「どーせ目指すなら日本一」
ベロベロの社長の答えに私は少し驚きました。
今でこそ考えられませんが、当時のいつもクールでリアリストな社長でも、そういう大きな夢を胸に秘めているのかと…
意外そうな顔を向ける私に社長は「なんだよ」と不服そうでした。
「夢はでっかい方がいいんだよ。どうせ見るなら……せっかくやるなら……武道館…いや、東京ドームでワンマンライブだ」
掲げられたジョッキに私の…仲間達のジョッキが打ち付けられ甲高い音が鳴りました。その音が私のこれからの芸能人生の、本当のスタートを祝福する福音だと……
そう思っていたのですが……
それはデビューしてからわずか半年後の事です。
「山田さんが辞めました」
マネージャーからの報告は唐突すぎて流石にメンバーの誰もがすぐに状況を理解できませんでした。
彼女の部屋には荷物がそのままで、彼女の居た空間は、彼女の痕跡だけを残して本人だけがぽっかりと消えてしまっていたのです。
「あの……理由は……?」
田中さんの問いかけにマネージャーはただ首を振るばかり。
「あたしの口からは話せないわん。ただ、本人から「ごめんなさい」とだけ…みんなに伝えて欲しいそうよ」
田中さんは呆然として、私はまだ理解が追いつかず、社長はただいつもの仏頂面で黙っていました。
数年後に人伝に聞いた話では、当時隠れて付き合っていた男性との間に子供を身篭ったんだそうです。
交際してる人が居るなんて寝耳に水過ぎてあの時は衝撃を受けました。
何も言わずに唐突に消えた理由は事務所との契約違反を責められるのを恐れたからだそうです。
事務所側は事情を把握していたようですが、自分から消えた彼女に対して責任を追求するような真似はしませんでした。
とにかく、卒業ライブも行えず、山田さんは消えてしまいました。
私も田中さんもしばらくはアイドル活動に身が入らなくなっていました。
ようやく仲良くなれたと思っていただけに、彼女の行動は裏切りに感じて、しばらくは心にぽっかり穴が空いたように感じていたのです。
あの時誓った日本一は嘘だったのでしょうか?
でも社長は変わりませんでした。
そんな日がしばらく続いた後に……私達の運命を決定的に変える人と出会います。
「紹介する。新メンバーの佐藤さんよん」
マネージャーが連れて来た彼女…仮に佐藤さんとするその人は初対面の私達に「よろしくお願いします!」と人懐っこい笑顔と慇懃な態度で挨拶をしました。
「…あの人、知ってる…」
田中さんが私に耳打ちします。
曰く、佐藤さんは以前にそこそこ知名度のあるアイドルグループに所属していたのだと言います。
地方出身の私は知りませんでしたが社長と田中さんは認知していました。
マネージャーも期待の大型新人と紹介し、事実彼女の実力は抜きん出ていました。
それこそセンターの社長よりも。
その差を如実に突きつけられたのは田中さんです。
何をするにも彼女との実力差を見せつけられた田中さんは以前にも増して努力を重ねますが、追いつきません。
佐藤さんのパフォーマンスは素晴らしかったですが、私達は4人でひとつ。
佐藤さんは山田さんのように全体のバランスを見てはくれませんでした。佐藤さんと田中さんのパフォーマンスの差は悪目立ちするばかりで、私達のユニットは纏まりを欠いていったのです。
奇しくもそれは以前の私のようでした。
だからでしょうか…私は佐藤さんに対して周りに合わせるようにという忠告をしずらかったのです。
レッスン終わりに佐藤さんに食事に誘われたのは、彼女が入ってきてからひと月ほどが経った頃の事です。
佐藤さんは以前の私のように一匹狼で、田中さんなどが話しかけてもまともにコミュニケーションを取ろうとはしない人でした。
そんな人だけに親しげに食事に誘ってきたのには意外に思いつつ、これをきっかけに彼女も輪に入れれば……そんな事を考えました。
「なんて言うか……レベルが低すぎません?」
そんな私の目論見を他所に佐藤さんは対面に座る私に対して、私達のユニットを見下したような物言いをするのです。
「分かりますよ?星熊さん、抑えてるでしょ?それってあれですか?他の子達のレベルに合わせてやれって言われてるからですよね?」
「……言われてるというか…」
この子は私と違って見抜いていました。私や社長のパフォーマンスがわざと低いレベルで抑えられてる事に。
流石に経験者だなと思いましたが……
「まぁ星熊さんが目立っても仕方ないですもんね…やっぱ人気のある子が目立った方が売れるだろうし……」
「……」
「どんだけ実力あっても結局アイドルはルックス…星熊さんみたいなタイプは日本のドルオタには受けないんですよねー」
この子は私達の事が嫌いなのだろう…そう思いました。
しかしグループである以上上手くやっていく必要はあります。無礼な態度に目を瞑りつつ、喉元まで出かかる怒りをアルコールで飲み込みます。
「でも……それって間違えてますよ」
「……と言うと?」
「事務所の戦略でこの子が売れるようにしようとか…ルックスだけ評価してこの子を応援しようとか……アイドルってぇ、顔だけじゃなくて歌もダンスも評価されるべき職業でしょ?てか、そっちが大事というか……顔がいいだけの女なんて今時都会ならどこにでも居るんだし…私らが特別なのはパフォーマンスあってこそ!」
でしょ?と同意を求めてくる佐藤さんはいつの間にか砕けた口調になっていました。
「星熊さんも…もう一人の子ももっといいパフォーマンス出来るのに…」
「……まぁ…」
この時私は、仲間達から教わった4人でひとつという事を彼女に説くべきだったのでしょう。
その言葉を飲み込んでしまったのは心のどこかでやはり、満足のいくパフォーマンスが出来ないことに対して不満があったからなのかもしれません…
最も、私が教えられた事を彼女に伝えたとしてそれは意味のない事だったのかもしれませんが…
「やっぱり癌はあの子だよね?田中さん」
「……癌?」
「あの子のレベルに合わせてるんでしょ?」
佐藤さんの目に狡猾で獰猛な光が宿っていました。
「あの子が足を引っ張らなきゃこのユニットはもっといいユニットになるのに……」
「……それは」
でも彼女だって努力している……
「頑張ったってダメな子はダメなんですよ」
私の反論は声になる前に佐藤さんに潰されます。
「もうやめない?こういうの…」
「やめる……?」
「田中さんに合わせんの」
口の周りに付いたビールの泡を舌先で舐め取りながら、佐藤さんは私を下からねっとりと睨め付けつつ言いました。
「私だって本来のパフォーマンスしたいし…星熊さんだってそうでしょ?」
「……それは…でも…」
「レベルの低い子に合わせるって方針がどうかと思う。下の子に足並み合わせて、私達の実力見てもらえないなんて悔しいじゃん。なんの為にアイドルやってんだって感じ」
佐藤さんの言い分はうちの事務所の方針とは違うだけで、多分正しいです。むしろ、大半の子はうちのやり方に対して「どうして?」と意見を口にするでしょう。
「田中さんに合わせるのやめようよ」
「……」
ですがその提案が、言葉以外の悪意を含んでいる事に気づくのは容易でした。蛇のような佐藤さんの眼差しが、奥に隠れている悪意を雄弁に物語っているのですから…
それでも、微かに空いてしまった心の蓋の向こう側から鎌首をもたげた不満は、彼女の手によってあっという間に引きずり出され、表層にまで這い出て来てしまったのです。
「実力ない子が消えていくなんて当たり前の事。私達は仲間である前にライバルなんだからさ」




